2008年4月

物臭そうな、家。(篆刻:百野草荘)

百野草荘-新
我が家の染井吉野が満開の頃。あるご夫婦がみえて、開口一番こうおっしゃった。
「いやあ、うちの桜自慢に寄ったんだけど、ここには負けたわ」
たしかに、下の道から見上げる我が家は、染井吉野に続いてしだれ桜、八重桜が
咲き始め、雪柳、山吹、椿、ぼけ、石垣には芝桜と、1年で最高の光景では
あったけれど。これを聞いて、カミサンとふたり、きょとんとしてしまった。

そうか、世間には庭や草花で勝ち負けを考える人もいるんだ。しかし、我が庭は、
これが自分のそばで咲いてくれたらいいなと思うまま植えた、ただの成り行き。
由緒正しい園芸種よりは野草に近く、数からすれば、雑草の類いの方が多い。
そこいらのことをひと様にもちらっと表明しておこうかなぁ、という気になった。
そこで思い出すのは、やはり白洲次郎の「武相荘(ぶあいそう)」という命名。

武蔵と相模の境と示しながら、そこに住む主人の気骨、風貌までが伝わる。
それを超せないまでも、近い線を狙ってひねりだしたのが、この「百野草荘」。
住む者の、いかにも物臭そうな様子が伝わると、気に入っている。篆刻の次には、
この連休に看板づくり。連休が明けたら、我が家は「楽篆堂」、「Highest High」、
「百野草荘」と、板だらけ。「まな板荘」と呼ばれないかと、恐れてはいる。

春の風、のように。(篆刻:春風接人)

春風接人

山菜といえば、10年以上も前だと思うが。岩手県の花巻にPRビデオの
ロケハンに行ったときのこと。予算も無かったから文句は言えないのだけれど、
その宿がひどかった。焼肉屋の2階が名ばかりのビジネスホテルで、階段から
臭いも客の声も上がってくる。安眠どころではないので、朝早く代理店の人と
連れ立って、喫茶店を探した。聞けば、薬屋さんの中にあるのだという。

昔からの大きな薬屋らしいのだが、その一角が喫茶店。常連さんに混じって
コーヒーを飲んで、やっと人心地。話が宿のひどさになるのは、仕方ない。
するとカウンターの中のおばあさんが、奥から何かを持ってきた。皿にのせて、
「まあ、お食べなさいな」と出してくれたのは、ワラビを薄い塩で漬けたもの。
少し醤油をかけただけで、歯ざわりがやわらかく、味の奥深いこと、絶品。

ふたりの満面の笑みを見ながら、おばあさんは言った。「せっかく来てくれた
花巻が悪い印象で終わるのは残念だから。いい思い出も持って帰って
ほしいから」と微笑む。毎年山菜の季節になると、この朝の至福を思い出す。
篆刻は「春風接人」で、春風のように人に接する。以前の「秋風自慎」との対。
夏だったが、私の花巻の記憶には、いつもあたたかな春の風が吹いている。

伸びる、山菜。(篆刻:申)

2017127171248.gif
春に3日の晴れなし、というが、きょうばかりは日本全国が晴れ。
ここ奈良の東部山間も、快晴。こんな日にこそ、と鯉のぼりを揚げたのだが、
ほとんど無風で、吹流しと鯉の家族は、食べ忘れた目刺しのように垂れ下がる。
その下では、2日ほど留守をした間に、「こごみ」が伸び放題になってしまった。
アクがなく、さっと湯を通すだけで、醤油でもマヨネーズでもおいしいのだが。

炭焼きの熊さんが、山菜に目が無い。どこかから持ってきて植えてくれたのが、
湿った土手の居心地がいいらしく、どんどん増えた。それほど沢山食べられる
ものでもなく、カミサンが買物に出るついでに、友人に配って歩く。畑の「ウド」も、
熊さんが近所の笹ヤブから移植してくれた。囲いをしてモミ殻をかぶせたが、
そこから芽が出た。手を入れると、ずいぶん伸びていて、そろそろ食べ頃。

何本かある「タラの芽」も食べ頃。「タケノコ」も、伸びはじめて、いまが掘り時。
ということは、草刈シーズンの開幕でもある。で、篆刻は「申」、神や伸の元で、
雷の光が屈折して走る形。鯉のぼりを揚げたら、武者絵のぼりを家に飾る。
仏間には、加藤清正と虎。階段から土間へ垂らすのは、義経の八艘飛び。
カメラマン福田ノブ(匡伸)さんのコレクションを形見としていただいたものだ。

甘い、雨。(篆刻:甘雨)

甘雨

奈良市内に遅れること1週間ほどで、東部山間もいよいよ染井吉野が満開に
なったが、きのうは強い雨に叩かれた。曇り空に、花びらが下を向いている。
この花曇りを養花天(ようかてん)、花に降る雨を養花雨(ようかう)と呼ぶと
知ったのは、日経新聞の「春秋」欄。その中で、養には風雨の意味もあると
書いているけれど、正しくは日光・雨露など自然の恵みの意味、とすべきだろう。

楽しみにしているメールマガジンがある。『美人の日本語』の著者、山下景子さんの
「夢の言の葉」。月曜から金曜まで、美しい日本語をそっと手のひらにのせて、
やさしく差し出してくれる。朝一番、迷惑メールを屑カゴに捨てて、明窓浄机の
心境で読むのにおすすめだが。きょうは、お釈迦さまの誕生日にちなみ、「甘雨」。
草木をうるおし、成長を助ける雨、天の恵みの雨で、慈雨ともいうと教えてくれた。

あるある、私の習作にも「甘雨」があると、引っぱりだしたのが、これ。
水野恵著『印章篆刻のしおり』の巻頭を飾る「天皇御璽」(大和古印)の端正な姿に
見惚れた勢いで、55ミリの石で真似てはみたものの。雨がそれこそ涙雨に
見えるほど、無残な結果。「無礼者、不届きにもほどがある、下がりおろう」と
門前払いを食らって、しっぽを巻いた。さすがは、印章の頂点。甘くはない。

苦厄の、一切を。(篆刻:度一切苦厄)

度一切苦厄

ここ数日、ラッパ水仙が満開になっている。それは、30年以上も昔なのだが。
私たちは横浜の京浜東北線山手駅にすぐの借家に住んでいた。その大家さんが
お花の先生だったからか、さほど広くない庭にもかなりの種類の草木が
植えられていた。冬の終わり、花壇のすみに植えた覚えもない水仙が芽を出した。
3月31日にはつぼみがひとつ大きくふくらんで、咲かんばかりになった。

その夜、大阪の友人からの電話。奥さんが子どもを連れて自殺した、という。
正月には、家族で来てくれて、同じ年頃の私の子どもと遊んでいったのに。
水仙は、彼女の残した命かとも思えた。翌日、水仙を切り、つぼみを薄紙で包んで、
大阪に向かい、お棺に入れた。彼は東京に転勤になり、数年後には再婚した。
子宝に恵まれ、出世もしたのだが。いまは、ガンと戦う日々を送っている。

いま、私の知る何人かがガンになっている。しかし、私にはなすすべがない。
何を言っても救いにならないのではと、言葉もない。せめてもと、昔彫った
『篆刻・般若心経』の55顆を楽篆堂のホームページに載せた。篆刻は、
そのひとつ「度一切苦厄」。観世音菩薩は、皆空と悟られて「一切の苦厄を度し
たもう(救う道を示された)」。「無有恐怖(恐怖もない)」の一節もあるのだが。

ページ上部へ