2008年11月

武は、戦い。(篆刻:武)

武
今回の篆刻は、篆書体ではなく隷書体。中国・清時代の伊秉綬(いへいじゅ)の
「武」を模したもの。剣道のかなりの高段の先生でも、「武は、武器の戈(ほこ)と
止だから、戦いを未然に防ぐこと」などと、真顔でおっしゃやることがあるが。
この止は歩の略であって、武器を持ち前進すること。武は、まさに戦いなのだ。

運動嫌いだった私が、大学1年の体育を何にするか迷って、結局はウエイト・
トレーニングを選んだ。理由は、着替えがいらないから。週1回、ベンチで仰向けに
なって、1時間弱バーベルを挙げたり下げたり。3月で胸がモコっとなって、驚いた。

小さな頃から虚弱で、あだ名が「アオジロ」だった三島由紀夫が、ボディビルで
筋骨隆々になったのは、誰もが知る話。彼は剣道、空手など武道を熱心に続けた。
切腹をした時、脂が出てはぶざまだからと、腹筋をことさらに鍛えたらしい。

その三島由紀夫が、市ヶ谷の自衛隊で割腹したのが、38年前のきょう。
私とカミサンとその母親は、横浜の木造アパートにいたが、運び込まれたばかりの
嫁入り道具で足の踏み場もない。ラジオから実況が流れて、思わずふとん袋に
座り込んだ記憶がある。結婚式を3日後に控えて、カミサンは前途の波乱万丈を
予感したという。それは、まさしく徒手空拳の戦いの初日なのであった。

草、2題。(篆刻:山川草木)

山川草木
4年前の11月17日、奈良で小学生女児が誘拐殺害される事件が起きた。
17日の「子ども安全の日の集い」では、『幼い子どもを犯罪から守る』という
犯罪心理学・桐生正幸教授の講演。子どもに「道草はいけない。見知らぬ人に
話しかけられたら、逃げなさい」と教え込むことが、果たしてよいことなのか。

同じような話を韓国でした時、通訳をした韓国のお母さんが泣き出したそうだ。
「そこまでしないと、子どもが守れないのか」と。「地域の父親の参加が不可欠。
休日に校区を子どもと歩き、安全な道草コースを設けるのも一策」には共感できた。

もうひとつは、昭和天皇在位60年を記念した国際生物学賞受賞の米ミネソタ大、
デイビッド・ティルマン教授の仙台での講演。「熱帯雨林や草原を農地に転用して
生産する穀物ベースのバイオ燃料は、その過程で、生産された燃料がもたらす
温室効果ガス削減量の17?420倍の二酸化炭素を放出する」・・・やっぱり。
「廃棄物のバイオマスや放棄農地にはえる多年草が材料のバイオ燃料なら、
生物の多様性を低下させず、持続可能」・・・そうだそうだと、拍手しながらも。

豊かな自然(休耕田もちらほら)に囲まれ、奈良市内より格段にうまい空気の中、
歩いて数分の公民館の集会にも車で行く、私がいる。篆刻は、「山川草木」。

慶ぶべきか、裁判員。(篆刻:慶)

慶
先日、自治会の関係で、奈良の地方裁判所に裁判員制度の研修に行った。
制度説明の短いビデオの後、裁判の傍聴。覚せい剤売買と拳銃所持で、
求刑8年。唐突にヘビーな場面で困惑したが、その後、現職裁判官への
質疑応答になった。私は「裁判員制度で冤罪は減るのでしょうか」と聞いた。
裁判官は「それについては、何とも言えません」との答え。・・・やっぱりそうか。

私の真意は、「裁判員の参加は第一審だけ。それでは、問題の多い冤罪の
解消に役立たないのでは」だったのだが。今朝の日経新聞の1面に、
「最高裁が裁判官だけの控訴審では、よほど不合理でない限り一審を尊重すべき
との報告」の記事があって、少し安心した。裁判で思い出すのは、武田泰淳の
小説『ひかりごけ』。難破船の船長が、仲間の人肉を食べたという裁判劇。

食人した者の首の後ろには光の輪が現れるが、それをした者には見えないという
仕掛け。裁判長、検事、弁護人、傍聴者にも見えない。誰もが、食人に等しい
罪を犯しているという主張だった。篆刻は、かなり造形のきつい「慶」だが。
古代の神に問う裁判で勝訴した時、神の恩寵を受けたとして、羊の胸に心字を
入れて喜びを表すこと。現代でも、人を裁けるのは神のみでは、と私は思う。

志、あれば。(篆刻:有志在形)

有志在形
篆刻は、「有志在形」。NHKで女優の佐久間良子さんが座右の銘と話していて、
いい言葉だなぁ、と彫ったもの。映画監督が演技の心得として使うことが多いようで、
まず役の心に成り切る。そうすれば、おのずと表情、仕草が生まれてくる、という
意味なのだという。形から入るな、という戒めでもあるだろう。演技ばかりでなく、
すべてに通じるのではないだろうか。まずは、心から、志から、なのだ。

奈良・学園前の「ギャラリー藍倉」さんから、何度も個展の誘いをいただいていた。
奈良では3年に2回、野の花と遊ぶ「花の会」との共同展をしているので、とご辞退し
続けていたが。とうとう、この11月1日から8日まで、旧作に新作少し約50点を
展示し、前半3日は、お名前のかな一文字を彫る篆刻ワークショップも試みた。
それに、メールでのお申し込みがあって、聞けばホームページを通じてだという。

和紙の染色をされているOさん。「篆刻」でいろいろ検索し続けて、私の篆刻に
出会い、このブログのファンにもなってくださったとか。どこのどなたが見ているか、
雲をつかむようなホームページ、そしてブログなのだが。それでも、こうして確かに
つながっているという実感があった。心あれば、志あれば、結果はいつか必ず
こうして形になって現われる、という私の「有志在形」。まず心、そして志の持続。

ページ上部へ