2009年7月

真実、らしさ。(篆刻:眞)

眞
もう30年も昔のことだから、時効なのだろうが。新幹線においてある雑誌だと
思うが、伊集院静のどこかの紀行文があった。足元に菱の実を見つけて
「周りを見回したが、菱の木はどこにもなかった」と書いてあった。菱は水草、
それも知らない文章家は信用できないと、以来彼の文章は読む気にもならない。

6月の半ばに、映画『斜陽』(秋原正俊監督)の切符をいただいて見にいった。
冒頭に、マムシの卵を焼く話がある。太宰は、マムシが卵を腹の中でかえして、
子ヘビで生むこと(卵胎生)を知らないのか? 私は太宰の全集を読み始めたが、
初期作品で嫌になって止めたので、『斜陽』は知らない。先日、大阪で酔った癖で
古本を買った。原作では、近所の娘に卵の大きさを聞かれて、うずらの卵くらいと
答えると、「それじゃ、ただの蛇の卵。蝮の卵じゃない」と教えられるのだが。
卵の大きさで判別しようとしたなら、やはり卵胎生を知らなかったのではないか。

私は、小説の良さは真実らしさだと思うから、田舎の常識も知らないのは致命的。
篆刻は、真の元字の「眞」。死者の匕(か)と首の倒形の県で、これ以上化すこと
のないのが真。生誕100年の死者に鞭打つようで悪いが、「小説家は森羅万象に
多情多恨であれ」は武田泰淳の言葉。真実を知ってから、美しい嘘をついて欲しい。

緑の、ため息。(篆彩:緑)

緑
窓の外は、一面の緑。万緑の候、という時候の挨拶があったはずと、広辞苑で
「まんりょく」を引いたのだが、ない。それもそのはず、「ばんりょく」であった。
見渡す限りの緑のことで、草田男の「-の中や吾子の歯生えそむる」の句がある。

篆刻は「緑」だが、白文で赤くなるところを色変換して、「篆彩」と名づけたもの。
視界の無数の緑色から、いくつかをはめ込もうとしたが、自然のグラデーションの
奥深さにかなうべくもなく、これで手をうった。軽い遊びとご笑覧いただきたい。

さて「グリーンマイル」という映画の話。民放の洋画劇場でもやったそうだが、
私は遅ればせながらケーブル・チャンネルで、たまたま見た。グリーンマイルとは
刑務所の独房から死刑執行室へ通じる緑色のリノリウムの床のこと。電気椅子の
執行を見世物にする、消防ホースや拘束着で体罰を科するなど、むごいシーンは
多々あるのだが、敵役の看守と囚人を除いて、死刑囚さえも善意の人々なのだ。

実は無実だった大柄な黒人死刑囚は、本能的に人の善悪を察知し、不治のガンの
病巣でさえ吸い取れる超能力者。刑務所を舞台にしたおとぎ話に違いないのだが、
こんな大人の童話なら、大いに結構。それにしても、日本の映画の薄っぺらなこと。
ひょっとしたら、この日本自体の底が浅いのでは、と万緑の中でため息をつく。

大仏の、一歩。(篆刻:太)

太
新型インフルエンザの感染者が奈良県にはいつまでも出なかった、あの頃。
良いことだけれど、奈良が近畿圏で人の交流もない僻地のような感じで、
妙な気分だった。しかし、きのうの奈良市長選挙で、まったくの無名の新人
仲川げん(本名元庸)氏が保守系の元市長・国会議員鍵田忠兵衛氏を破って
当選した。奈良も捨てたものじゃない、奈良から新しい風が吹く、かもしれない。

鍵田氏は市長の時、いくつかの問題があったのに辞任せず、議会を解散した。
その鍵田氏を破って当選した前市長は任期満了だが、たった1期だけ。
遷都1300年祭を来年に控えて、ホテル誘致に失敗したのが続投断念の理由、
という情けない話。その後、鍵田氏は郵政選挙で国会に滑り込んだのに、
今度の衆院選は自民不利と見て、またぞろ市長返り咲きを狙ったのだが。

奈良市民も、それを許すほど甘くはなかった。仲川新市長は、33歳の若さで
政治の経験ゼロ。それでも、それに賭けなければならいほど、奈良市は
追い込まれている。で、篆刻は、「太」。別ブログ「百野草荘 花だより」の
ペンネーム・太郎用にちょこちょこと彫ったものだが。太の点が、座ったままだった
大仏がやっと歩き始めた、その記念すべき足跡に見えないこともない。

猿登り、人落ちる。(篆刻:登)

登
まったく猿には腹が立つ。せっかく赤く実りだしたヤマモモにファミリーが襲来する。
道沿いにトタン屋根があって、その横に実がなっているのだから、採ってください
というようなものだが。トタンの上をドタドタ歩く。猿同士でいさかいをして鳴き叫ぶ。
ヤマモモの枝はもろいから、ボキボキと折れる。BB弾のピストルを撃っても、
いっとき山に逃げ込むが、またすぐ戻って乱暴狼藉。糞の置き土産まである。

今年は桃がたわわに実った。傷んだのを棒で落として、残したのが熟したら
さぞウマかろうと楽しみにしていたのに。今朝、木の下はかじった実が無数に
落ちている。見上げれば、実はゼロ。市の農林課でもらったロケット花火で
脅した。当分来ないだろうと思ったが、いま、もうトタンの上でゴトゴトやっている。

さて、私は。土曜日、後ろ向きに草刈をしていたら、仰向けに崖の下に落ちた。
日曜の夜は、公民館に原付バイクで行ったら、登り坂でガス欠、急に失速して
草むらに落ちた。猿が木から落ちることは、まず無い。落ちるのは、人なのだ。

篆刻は、私も初心者の頃、こんなのを彫っていたという「登」。恥をしのんで
お見せするが、どれほど進歩したのか、していないのか。反省だけなら猿でも
できるし、反省はいつでもできるから、いまはロケット花火をぶっ放しに行こう。

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