2010年2月

ふたつの、楽篆堂。(篆刻:楽篆堂)

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東京・豊島区立熊谷守一美術館(ギャラリー榧・かや)で3月31日からの
楽篆堂・田中快旺の個展は、タイトルを『ことば、花になれ。』として、「ことばが
よろこぶ姿を探す。ことばの想いを石に刻む。そして、ことばは花になる。」と添えた。
案内ハガキが出来たので、パブリシティで東京の出版社、新聞社などにも案内を
お送りした。同封の資料に、広告のコピーライターと書いたからか、宣伝会議の
月刊ブレーン4月号(3月1日発売)でも、篆刻の画像入りで紹介してくれるという。

三圭社という会社からメール便で、『楽篆』という隔月刊の雑誌52号が届いた。
かねてネット検索で、同じ名のそれがあることは知っていたのだが。その展覧会
情報のコーナーに私の個展をきちんと紹介していただいて、ありがたい限り。
しかし驚いたのは、その封筒に「篆刻の逸品 楽篆堂」とあって、丸かぶりなのだ。

早速、お礼のメールで「インターネットなど無い時代に思いつきで付けた号ですが、
長く使っていますので、いまさら変える訳にもいかず、 "Luck-Ten-Do"の違いで
お許しください。そちらのお名前に傷をつけないように精進いたします。」と書いた。
その返信には「両楽篆堂ともども、発展いたしましょう。ますますの『ご健刀』を。」
東京の楽篆堂さんは正統派の篆刻。無手勝流の奈良・楽篆堂も、頑張りま?す!

百人の、心。(書:花押)

花押
「太陽がいっぱい」でアランドロンが他人のサインを壁に投射して練習する
場面を覚えている方は多いだろう。契約などに実印が必要な日本では、
サインするのはカードを使うときぐらいだが。閣議文書の大臣の署名には
花押(かおう)というサインの一種がいまだに慣行として残っているらしい。

先日、その花押をつくって欲しいという依頼が東京から来た。ネット上でも
「花押つくります」というのがずい分あるというので見れば、○○流花押などと
称して、かなりの料金で驚いた。私も、花押は篆刻・印章の親類だから興味が
あったし、専門の本も手元にあったから、新しいテーマとお引き受けした。

実は花押のつくり方に決まりがある訳ではなく、漢字の草書体を基本として
独自の構成に工夫を凝らしたもので、時代によって流行があるに過ぎない。
ある大臣のそれはアルファベットにピリオドまでをつけ、筆で縦書きしている。

出来上がった花押は実印に準ずるものだからお見せできないから、ここでは
B案をご覧いただくが、名前の漢字の中から「百(たくさん)」「人」「心」を抽出、
構成した。会社のトップにある方だからだが、では多くの人の心をどうするか。
それはその方が考えるべきこと。形は決めたが、中味はその方がつくるのだ。

写って、いない。(篆刻:写)

写
明日は立春。もう春だから軽い話でもしよう。この前も友人と「日経新聞の
文化欄は、新聞の中でいちばん面白い」と話した。今朝は京都のカメラマン・
甲斐扶佐義さんの話。喫茶店をしながら町をぶらり歩いて撮った写真で
京都美術文化賞を受賞。しかし、結婚式で2度写っていないことがあったとか。
私も兄の結婚式で1枚も写っていない失態をしたことを思い出したのだが。

話は、30年ほど前のハワイ・ワイキキの砂浜でのこと。キャンディス・バーゲンと
瓜ふたつの女性を見かけた。急いでカメラにフィルムを入れて、砂浜の鳥を撮る
振りをして、肘をつき匍匐前進で近づく。横にはビヤ樽のような母親がいた。
何とかカタコトで話をして、写真もOKだったのだが、立ちポーズは嫌だという。
いよいよビヤ樽の母親が立ち上がり、彼女も後を追ったのだが。その姿には
唖然とした。上半身は完璧なキャンディス・バーゲン、下半身は母親と瓜ふたつ。

それでも、顔はキャンディス・バーゲンだから、日本に帰ってすぐ現像したのだが、
何も写っていない。これでは、ただのホラ話。残ったのは擦りむいた肘の痛みだけ。

篆刻は、シャッターのような「写=冩」。朝廟のウ冠と縁飾りのある靴・舃(せき・)。
履替えることから移、写になるが。ブログ300回目、こんな話でいいのだろうか。

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