2011年4月

鈍くても、きっと。(篆刻:鈍)

鈍
昨夜、風呂上りに寝酒を飲みながらNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」を
何気なく見ていたら、その水戸岡という名に覚えがあった。確か80年代、イラスト
レーション年鑑の常連で、華麗な建築パースを描いていた人ではないのか。しかし、
いまの彼は九州新幹線を造った工業デザイナー。時々映る車内の完成予想図は、
まぎれもなくあの特長あるイラストだった。イラストレーターから工業デザイナーに?

建築不動産の広告をやる知人に聞くと、以前イラストを頼んだこともある彼も、その
変身ぶりには驚いているという。がWikipediaによれば、それはこっちの誤解だった。
彼は元々工業デザイナーで、イラストレーションは身過ぎの業だったのだ。それでも
卓越した技量で、グラフィック社から数冊の本も出している。1988年福岡市の「ホテル
海の中道」のアートディレクションを機に、JR九州の列車などのデザインに関わった。

「プロフェッショナル」は、九州新幹線の全線開通に合わせて3月放送予定だったが、
東日本大震災で延期され、彼が参加予定のイベントもすべてが中止になったという。
彼の子供の頃のあだ名は鋭冶ではなく「鈍冶」。ドーンデザイン研究所の名前も「鈍」
からではないか。「いつかはきっと」とつぶやきながら、ひたすら親子シートのデザインを
描き続ける。「いつかはきっと」という言葉は、震災からちょうど1ヵ月の夜、心に沁みた。

春風に、花笑う。(篆刻:花笑春風)

花笑春風
この前のコメントに「次は、勇気や元気の出る話を」と書いたが、なかなかそんな気に
なれない。最近のマスコミの調子は少し変わってきて、「日本の底力」だ「スゴ技」だと
元気に火をつけようとするが、続いて流れるニュースは、政府と原子力委員会、安全・
保安院、東電のモグラ叩きの惨状。おまけに谷垣某がヘラヘラ笑いながら大連立を
もてあそぶかのような有様で。地震、津波は天災だが、その他すべては人災なのだ。

芥川賞作家で福島県三春町の福聚寺の住職・玄侑宗久氏がNHKで「人間は龍を飼い
慣らせると思い誤っていた。所詮人間は地球の上に仮住まいさせてもらっているのに」
と語っていた。小説の中で魂の重さを本気で量ろうとする玄侑氏は、ブログで放射能
線量のよりきめ細かな測定と公開を要求している。また仮設住宅を広い敷地に一律に
業者が造るのではなく、小規模集落の原点と雇用対策にする提案を県知事にしている。

きょうは日本全体が一日中晴れで、こんな日は滅多にないらしい。どんなに科学が進化
しても、科学で日本中を晴天にすることなど出来ない。ここでも例年よりずっと遅い染井
吉野が開きはじめたが、桜の開花さえ人智を超えている。玄侑氏の背中に掛かっていた
「花笑春風」の軸は誰のものかは分からないが、けれん味のない颯爽とした字だった。
篆刻はその「花笑春風」。こんな時花見などするなと、都知事ごときに指図されたくない。

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