2014年11月

不常識『篆刻講座』 7:天皇御璽は、端正です。

20141126125736.jpg「天皇御璽(90×90ミリ)」
この21日、伊吹衆院議長が解散詔書の「衆議院を解散する。御名・・・」と読んだところで「万歳!」が叫ばれて、続く「御璽(ぎょじ)」が言えなかった。この詔書に押されていただろう御璽は、明治7年に秦蔵六が鋳造、印文は小曾根乾堂、彫刻は安部井櫟堂による金印(18金)で、今日まで改刻されず使われているのだそうだ。

これを榊莫山先生は「正面きった篆書体の文字を斉正典雅に掘りあげて、表情は端正である。だがややシンプルにすぎて風韻に欠ける」と評しています。確かに風韻には欠けている。でも御璽は印章・篆刻の最高位として風韻など、下世話に言えば面白みなどハナから求めていないのだから仕方がない。

篆刻の風韻といえば、御璽の対極にあるのが日展・篆刻部門の入選作の数々。なぜかほとんどが「漢銅印の風韻にならう」とかで、銅が錆びてボロボロ、ザラザラになった具合を再現(?)しようとしてか、印刀でガリガリ、ゴリゴリ。大きくても23ミリ角程度の漢銅印を日展用の大きな石で真似れば、銅印のザラザラが縦挽きノコギリの刃のようになったりする。「風韻にならう」ことも度を過ぎれば、油絵にコーヒーを塗って古色を装う贋作づくりに限りなく近いと思うのだが。もっと大事なことは、銅印のほとんどが官印だから錆びる前、作られた時は典雅で端正だったことを忘れてはいけない。

再び莫山先生の話。美術評論家の池田弘という人が篆刻を好んで作ったが、篆刻家の園田湖城が初期の作に「池田君の刻は、刀が切れすぎる」と言った。その後「30年に近い歳月は、池田の刀の冴えをゆるやかに沈潜へと向かわせた。刀は方寸の世界を自在に駆けめぐっているが、切れ味は緩急ほどよい響きをみせる」と結んでいる。

私は、ここに篆刻をする者の正しい道程を見るのです。まず、文字の骨格のもっとも美しい姿を、端正すぎることや面白さに欠けることを恐れずに、真剣に追及する。刀の切れすぎを恐れて、曖昧に走ってはいけない。それを続ければ、時と時が生み出すその人の味が、いつか得も言われぬ篆刻の味になる、と信じている。私の場合、日暮れて道遠し、ではあるけれど。

 

子どもたちの、太鼓踊り。(篆刻:鼓)

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奈良市立興東中学の校区は、この狭川と東里、大柳生の3地区。大柳生の夜支布
(やしふ)山口神社には1年毎に神の分霊を当家(とうや)が祀る廻り明神という
宮座制度があり、夏祭りは当家の植栽を取り払った庭で太鼓踊りと相撲が奉納された。
30年前、私も相撲に飛び入りで出て、小結になり立派な御幣をいただいたことがある。

奈良県で唯一の太鼓踊りは室町幕府三代将軍・足利義満が武門の門出を祈ったと
いう伝承で700年続く県指定無形文化財だが、少子高齢化、踊り手の青年の減少で
2012年を最後に休止されてしまった。ところが、この太鼓踊りが意外な形で復活した。

11月1日、校区地域教育協議会主催の「興東里山まつり」で、幼稚園児3人を含む
小・中学生たち全員が、会場の野外活動センターのホールで見事に演じきったのだ。
2週間毎日練習を重ねたという。太鼓を叩きながらひた向きに踊る姿に、皆が心から
感動した。踊り終えた中学の生徒会長は女の子だが、皆の前で「私たちが引き継いで
いきたい」ときっぱりと宣言した。私たちもそうしてくれることを願う。その心意気や
あっ晴れだが、本当にできるのだろうか。青年男子に限るという垣根は無くなったし、
大柳生在住にこだわらず、他の東里、狭川の子どもも参加した。それでも太鼓踊りを
受け継ぐということは、この地区に住み続けるということ。彼らに、できるのだろうか。

 

富士山の合力、近藤さん。(篆刻:富士山と合力)

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待ちかねた『ぼくの仕事場は富士山です。』(近藤光一著、講談社)が届いたので、
早速読みはじめたが、ちょっとコワゴワでもあった。というのは、その近藤さんから
「富士山登山ガイドをしている、社名の合力(ごうりき)と富士山の篆刻が欲しい」との
問合せがあった。合力のHPを見るうちに、富士山と合力という文字が融合した
デザインが出来たのでメールして、ぜひ彫らせてくださいとお願いした。近藤さんは
「彫ってください。本を送りましょうか」と言われたが、篆刻が届いたらサインに押して
送ってくださいとお答えした。本を読めば違うイメージに変わるかもしれないのに。

合力は最後の強力と呼ばれた小俣彦太郎氏の言葉「自分を鍛えようと登る人に《力を
添え合わせ》目的を果たさせる男たち」にちなんだという。人と人、人と自然、訪問者と
地域の関係が力を貸して助け合い生まれる新しい社会を築きたい、という近藤さんの
願いが込められている。少人数、しかも通年のガイドという、エコツーリズムのまったく
新しい扉を開いた近藤さんの熱い想いと、紀元前から現代まで続く信仰の歴史や近藤
さんの一人ひとりに寄り添うガイドで富士山に登る人たちの数々のドラマを読むうちに、
この篆刻のデザインには富士山に手を合わせる、祈りのカタチがあることに気づいた。

近藤さん、先走ってデザインしましたが本の読後も篆刻は変わりません。正解でした。

 

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