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篆刻ブログ 篆からの、贈りもの。

燕に、泣き笑い。(篆刻:燕)

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ツバメを見たのは去年より10日ほど遅かった。何羽かが3つある巣の品定めを
して、やっと番(つがい)が巣に入った頃、縁側から部屋に入った1羽がガラスに
ぶつかって畳の上に落ちた。私が縁側でタバコを喫っていたから、すぐ手の中に
保護できた。しばらくしたら、目をあけ、首も動かしたから、篆刻教室の生徒さんに
写真を撮ってもらった。空に放りあげたら、元気に飛んでいって、ひと安心。巣には
相変わらず2羽が出入りしていたから、事なきをえたと言っていいだろう。うれしい
話だから、フェイスブックに載せて、たくさん「いいね」やハートをいただいたのだが。

翌朝、猫のサバがツバメをくわえて入ってきた。追いかけて口からは離したのだが、
死んでいた。猫が跳びつけるほどに低く飛んだのだろう。それ以来、ツバメは入れ
替わりに何羽も飛んできて、物干し棹や看板にとまるのだが巣に入るのがいない。

死んだのは番の片方だったようだ。伴侶を無くしたツバメはどうなるのか。それでも、
また他の番が巣に入り、卵を産むだろう。卵は蛇に狙われる。卵が孵っても、ヒナは
カラスに狙われる。ヘビ除けに蚊取り線香を焚き、カラス除けに糸を張るが、去年は
2番目のヒナがこつ然と消えていた。毎年ツバメが来てくれるのはうれしいことだが
7月までこんな泣き笑いが続く。生も死もひっくるめて、これもまた風流、と考えよう。

アライグマ、闖入す。(写真:爪痕)

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写真はアライグマの爪痕。家の外壁には何か所かあるが、これは家の中のもの。
母屋と離れの間の土間には庭に出る引き戸があるのだが、猫が出入りする穴を
開けている。私が寝る前にフタを締めるのだが、その夜はそろそろ締めようかと
思った頃、そこでゴトゴトと音がした。いちばん大きい(猫の)カモが入ったかと
行ったが、カモはいないのでフタを閉めて、母屋に行きかかったら、猫穴のあたりで
ガリガリという音。さてはアライグマを閉めこんでしまったかと思った時、胴の長さ
50センチもの大きなアライグマが足もとをすり抜け、母屋の座敷を駆けずり廻った。

どこにも出口がないので、また猫穴に戻って、ガリガリやる。追い込んで反撃され
たり、引っ掻かれたりしたら大怪我をするから、裏の戸を開けて逃げ道をつくった。
外の空気が入ったのを察知して飛び出ていき、爪痕の置き土産で一件落着したが。

カミサンは以前、ガレージの前でファミリーを見かけている。隣の空き地の朽ちた
プレハブ小屋に住んでいるらしい。屋根裏に住みつかれて、フンをされたり、子を
産んだりした話も聞くが、我が家は何とか水際で撃退している。イノシシ、サルは
珍しくないし、狭川地区内ではシカの食害も出はじめた。若者は出て行き人間は
減る一方で、有害動物だけが増え続ける。自然は豊かだけど、悩みも多いです。

 

『梅ケ谷ゴミ屋敷の憂欝』は、面白かった。(篆刻:憂)

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『梅ケ谷ゴミ屋敷の憂鬱』はホラーサスペンス大賞特別賞を受賞したミステリー
作家・牧村泉の4冊目の本だが、帯には蛍光ピンクで「愉快爽快エンタメ!」と
ある。主人公・珠希は東京から大阪の夫の実家に同居することになったのだが、
その鉄筋2階建ての大きな家は粗大ゴミ置き場のよう。ゴミの種類はご想像に
任せるが、無数のゴミに負けじとガラクタのような人間が次々に湧いて出てくる。

その人間関係のもつれの主な原因は珠希が不倫によって離婚させた夫と元妻、
その娘。筆の向くまま登場させたような、とっ散らかった人間たちが後半になって
もつれた糸をほどき、切れた糸を結ぶように整然とつながりだす。読みはじめは
ミステリーよりこのジャンルの方がいいかもと気楽だったが、中盤は人間関係の
複雑さにうんざり気味に、後半で「愉快爽快エンタメ!」をひっくり返されて、これは
ミステリーではないかと舌を巻いた。おまけに東京から来た珠希の母が姑と会って
すぐ血走った目で逃げ帰った理由は、謎のままで残してあるという周到さなのだ。

先の芥川賞『異種婚姻譚』も夫婦の葛藤を描いたもので、夫婦はだんだん似て
くるというよくある話をもったいぶって書き連ね、最後は夫が山芍薬になってしまう。
「譚」に名を借りた安直さでも芥川賞だという、それの方がよほど憂欝ではないか。

※篆刻「憂」は、頭に喪章の麻ひもを巻いて愁える人の形。

10R(トアール)ワイナリーの上幌ワイン。(篆刻:上幌ワイン)

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奈良の「酒食市場エポック」藤井善徳さんから、10Rワイナリー・メーカーズディナーの
お誘いがあって、一も二もなく参加した。篆刻の入った最初のワインが出た2014年、
奈良ではエポックだけに、確か24本入荷したのだが、藤井さんが10Rを訪ねていて
篆刻は奈良の楽篆堂だとお聞きだったから3本も譲っていただいたのだが、お会い
したのは初めて。もちろん、代表兼醸造責任者のガットラヴ・ブルースさんとも初対面。
依頼は奥さんの亮子さんからで、ワイン造りでお忙しくすべてメールのやりとりだった。

どんなラベルで、どんな使われ方になるかも聞かず彫った訳だが。初めて見た藤澤
農園のラベルは水彩の緑のグラデーションに茶色の細い線、上は白。きっとこれが
10Rすべての統一ラベルと思ったけれど。今回出逢えたのは、その藤澤農園に加えて
木村農園、自社畑の「森」と「風」、それぞれ異なった水彩画だったので、「なるほど、
そういうことか!」と感心した。ブルースさんは「この水彩画を描いたのはデザイナー
ではないのに、こちらの気持ちを感じとって素晴らしい形にしてくれる。それはあなたも
同じだ」と流ちょうな日本語で言ってくださった。あァ、篆刻家冥利に尽きるではないか。

ココ・ファーム時代に2回のサミットで世界のVIPを唸らせたブルースさんが一念発起
して開墾した畑、設立した醸造所。なぜ私に篆刻を依頼したのかは、いまだに謎のまま。


※今回の「篆からの、贈りもの。」は、おかげさまで500回目。
愛読くださった方に感謝申し上げます。今後ともよろしくお願いします。

運気、好転。(篆刻:円転)

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暮れから正月にかけて、電気製品のそれも回転するものが続けて壊れはじめた。
まず洗濯機。ホームベーカリー、そしてCDラジカセ。洗濯機は逗子で買ったもので
10年以上経っているから、とっくに寿命なのだが。乾燥用のフタが外れて、それでも
ガタゴトうるさいながらも洗濯と脱水は曲がりなりにやっていたけれど、とうとう脱水が
出来なくなった。カミサンと電器屋に行って注文し、ついでにCDラジカセも買った。

翌日、洗濯機は2時から4時に配達の電話があったが、2時きっかりに来てくれて、
排水口のゴミ掃除までしてくれて設置が完了。早速洗濯してみたら、音が静か過ぎて
終わったのが分らないくらい。ホームベーカリーは中の羽根が動かくなったのだが、
有料で延長保証をしていたので引き取りにきてくれて、洗濯機の翌日に直ってきた。

こうして一気に3つが立て続けに円満解決して快適になったのだが。それにはちゃんと
訳がある。洗濯機を買ったのが3日の節分の日。届いたのが4日の立春。その立春の
朝に、私は「立春大吉」のお札を新調して玄関に貼っている。お札は立春大吉の後に
「日急(口ヘン)急如律令」とある正式なもの。ただちにそうせよという厳しい命令的
呪文だから、さすがに霊験あらたか、効果抜群だった(としか考えられない)。ちなみに
篆刻の「円転」は物事にこだわらないこと、その様子。いっぺんに丸ァるい春が来た!

難題に、燃える。(篆刻:猫的のぶ)

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今年の篆刻初彫りは「打ち上げ花火と名前」だった。三河の花火の伝統を引き継ぎ
つつ革新する方が、色紙に文字を書くので落款用にというご依頼。お気に入り花火の
写真を送っていただき特長を出したのだが。ご希望の2センチ角では無理なので、
色紙には大き目の3センチ角にさせていただいた。それでも線は0.1ミリほどだった。

年明け初の注文は学校の先生から。猫に似ていると生徒に言われるので、名前の
「のぶ」と猫の要素を自然石で、というご依頼。電話では「猫の形の中に、ひらがな
でも」と言ってくださったが、それでは安直すぎる。猫の姿態は毎日見慣れたものだ。
ふは曲線の文字だから猫っぽくなるし、ぶの点も耳になる、と出来上がったのがこれ。

いま彫りかけの住所印が終わったら、次も漢字のフルネームに弓の要素を加える
もので、学校の先生で弓道部の顧問をされている息子さんにお母さんが贈る篆刻。
なぜか最近は単なる文字だけでなく、「重」を五輪塔風にとか、ダルマさん型にフル
ネームをなどと応用問題が増えている。イラストに文字を添えるなら簡単なのだけど、
あくまでも文字が優先で、絵的な要素は文字を引き立てるようするのが楽篆堂の
ポリシーだから、脳ミソもその分余計に汗をかくことになる。最初はどうしたものかと
唸るけれど、道はかならずある。さあ、今年はどんな難題をいただけるか、楽しみ!

スマホが、叱る?! (篆刻:叱)

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去年、一日篆刻教室に来たお母さんが1歳半の子を連れてきた。最初は少し騒がし
かったけれど、突然静かになった。見ればお母さんのスマホの幼児用らしいアプリで
夢中で遊んでいた。そんな使い方もあるのかと感心したが。そんなことは序の口で、
「おにから電話」がアプリランキングで子どものしつけ、子育て部門の第1位だという。
「おに」は鬼で、言うことをきかない時、寝ない時には、鬼などが叱ってくれるらしい。

私だって「言うことを聞かないと鬼が来る」と言われた記憶もかすかにあるし、秋田の
なまはげは「悪い子はいねが~」と入って来る。探偵ナイトスクープでも《ガオーさん》に
扮したタレントが現れた。それと同じなのか、どうか。いやいや違うでしょ。鬼が来ると
言うのは親、なまはげやガオーさんは親が人に依頼している。ただ子どもにスマホを
見せるのとは違う。将来、子を叱るためにロボットを買いそうな親がいるのは恐ろしい。

このホームページはスマホに連動していたが、小さな画面のスマホ用に構成を作り
なおした。チェックのためにスマホが要るかと思ったのだが、パソコンでスマホの
画面を見る方法を教えてもらったから、替える必要がなくなった。ケータイにしても、
デスクに置いたままで、仕事が終われば電源も切っている。私もカミサンも、ずっと
ガラケーのはず。孫だって、自分で叱りますよ。(甘いから叱りはしませんけど・・・)

不常識『篆刻講座』 10:甲骨文を知らなかった篆刻家たち。

2015121911449.jpg 「写真:亀甲(部分)」
今回は篆書体の話ですが、中国の篆刻家にも関わることなので興味のない方はスルーしてください。
さて、写真は亀の腹甲に刻まれた文字で、3200年ほど前、古代中国・殷の王が天の啓示を占った記録。牛の肩甲骨もあるので甲骨(亀甲獣骨)文と呼ばれます。劉鶚(りゅうがく)が1899年に発見し、1903年には資料集を出版したけれど、科学的に発掘されたのは1928年からのこと。それに参加した董作賓(とうさくひん)によって初めて甲骨学が大成されたけれど、彼は甲骨文の原形はさらに1500年前に遡るだろうと言っています。

ここから篆刻の話です。戦国時代に始まった印章や始皇帝が定めた官印などはパスして、北宋の米芾(べいふつ)を開祖とする文人が自ら刻んだ篆刻のこと。明の時代に彫りやすい石の印材が知られて、一気に広まった篆刻は、18世紀になって丁敬を祖とする浙(西冷印)派が興り、優れた篆刻家を輩出します。さらに清時代には鄧石如が革新を行って、呉譲之、徐三庚、趙之謙などが育ち、清末期には呉昌碩、黄士陵、斉白石など次々と優れた篆刻家が現れた、となるのですが。

ここで名をあげた篆刻家のなかで、趙之謙までは甲骨文が発見される前に亡くなっているから、その存在すら知らなかったのです。私が好きな黄士陵は金文を巧みにしたけれど、1908年没だから甲骨文発見を聞き、資料は見たかもしれない。呉昌碩は1927年没だから本格的発掘の成果はもちろん、その解読研究も知らないのです。

いま篆刻をされる方々が誰を尊敬し、誰の作風に習おうとご自由なのですが、甲骨文という文字が生まれたときの生き生きした姿とそれにまつわる物語の存在すら知らなかった篆刻家やその作品にどう向き合うべきなのか。彼らに非はないし、尊敬もするけれど、土の奥深く埋もれていた原初の文字を知らないまま、体系化、様式化されてからの秦や漢の篆書体とそれを刻んだ作品を、私は手放しで素晴らしいとは言えません。いかがなものでしょうか。

田中遊のホームページ。(篆刻:ASOBU)

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田中遊をネットで検索すると演劇の同姓同名の方がほとんどで、やっと出てくるのは
「ニュースで楽しむ掲示板・街の灯」の99年12月5日23:57の記事だけだ。「5日
午前10時5分ごろ、三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットで、アマチュアのオートバイレース
「鈴鹿サンデーロードレース」の競技中、奈良市の会社員田中遊さん(27)のオートバイ
が転倒、コース左の壁に衝突した。(後略)」 楽しむというのには違和感があるけれど。

遊の死後に知ったのが親としては情けないが、「ハードコアレーサー 田中遊」という
ホームページをつくり、公開していた。当時は、まだ電通でもPCを全員が持っていな
かったのではないか。誰でも簡単にホームページをつくれる時代ではなかったから、
専門の手引書でプログラムしながらだろう。全ページが黒バックで、写真がたくさんの
凝ったもの。まさにレースやバイク仲間との青春グラフィティで、いかに遊がレースを
謳歌していたかを思い知らされた。十三回忌ではバイク仲間に集まってもらったのだが、
その頃プロバイダーを変えたし、みんなの心の中に残ればいいとネット上からは消えて
しまったが。現在のネット社会をみるにつけ、丸16年も前の先駆的な行動はスゴイと
思う。カミサンに話したら「初めて遊をちゃんと誉めたね」と言われたが。ホームページは
遊びと割切り、自分の会社のアピールにと考えなかったのが、いかにもあの遊らしい。

山茶花は、サンサカだった。(銅印:茶)

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昔、女性下着のCMで「素肌にきいてみてほしい。」という訳の分からないナレー
ションを書いて、スーパーにも入れようとしたが、漢字は「聞いて」か「聴いて」かと
迷って、国立国語研究所に電話で問合わせた。「日本語は絶えず流動変化する
ものなので、お答えできない」と言われて、ならばと「聴」にしたような記憶がある。

我が百野草荘の山茶花は胴回り40センチほどの大木だが、満開も過ぎて根元は
散った花びらでピンク一色になっている。「山茶花」はサザンカなのだが、本来は
漢字の通りサンサカと呼んだと、毎日新聞の『余禄』にあった。サザンカの英語名も
言い間違いのまま「sasanqua」になっている。「舌つづみを打つ」が「舌づつみ」と
間違えたりする、音の入替りをメタセシスというらしい。「新し」は古くは「あらたし」
だったが、「あたらし」になって定着してしまった。正しさよりも言い易さの方が強くて
拡がりやすいのだ。(中国では山茶はツバキを指し、サザンカは茶梅というらしい)

隣りのOさんは「体」のことをいつも「カダラ」と言う。カラダと言いにくいそうで、笑い
ながら真似をすると「カダラ」は確かに言い易い。もう10年もしたら、この狭川地区で
体はカダラになり、50年もたてば日本中がカダラと言うようになるのが楽しみだが、
それまで生きていられない。カダラ、いや体も流動変化し、ついには消滅するから。

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