2006年4月

染井吉野が、咲いた。(篆刻:咲)

咲

咲いた、咲いた、桜が咲いた。この奈良の山里でも、染井吉野がとうとう咲いた。
前座の河津桜や啓翁桜は散りはじめて、いよいよ真打、染井吉野の出番。
いま、五分から七分咲きで、きょうの強い風雨にゆさゆさと揺らぐ姿も魅惑的だ。
この機を過ぎると、派手すぎず地味でもない、絶妙の桜色が峠を越えて褪せていく。
桜の満開には素直に感動するが、咲き尽くすことに全精力を絞って、痛々しくもある。

先の日曜日、庭での花見に誘っていただいた。道路にそった敷地の斜面に
何本もの染井吉野を植え育てて、それは見事な春爛漫、至福の光景だったけれど、
惜しむらくは、その中に濃い紅の花桃がちらほらと混ざっていたこと。
どうせ混ぜて植えるのならば、なぜ山桜にしなかったのかと、かの西行さんも
歯ぎしりをしているのではないか。桜は、一に染井吉野、二に山桜だと、私は思う。

日本の和歌や俳句で、花といえば桜のこと。でも、中国で花とは菊のこと。
「咲」という字だって、ご本家中国では「笑」の俗字で、花が開く意味に使うのは
日本だけとか。この「咲」は、桜がついに咲いたよろこびを形にしてみたのだけれど。
こういうときに言う「御一笑を乞う」は、だから「御一咲を乞う」とも書いていいし、
そのお答えが「へへ、笑っちゃうよ」なら、ぴったりの模範解答になる訳ですね。

蕾みが、ふくらんだ。(篆刻:蕾)

蕾

蕾(つぼみ)は、草カンムリに雷。その雷に雨がついたのは、ずっと後のことで、
元の字は「田」が上ひとつ下2つの「ライ」。ライは重なる意味だから、棚田から
生まれた文字のようだ。稲光は何本もの線で、文字も田を稲妻でつなぐ形に変化する。
草カンムリをつけて花の蕾としたのも、いっぱい重なるようにつくからでしょうね。
でも、この蕾には田が4つ。3つがあれば、4つもある。太古の人は、おおらかだった。

庭の白梅は散りはじめたが、その根もとに、日本桜草が10本ほど。
どれもまだ葉は小さいけれど、そのうちの1本に、もう白い蕾がふくらんでいた。
そんな庭からの向かいの眺めは、何段もの棚田。その畦のひょろ長いクヌギの木に、
むかし雷が落ちたこともある。と書いたとたんに、春雷が鳴り響いた。本当、ホント。
ウーン、この「棚田、雷、蕾」の三題噺の苦しさに、天もイライラしているらしい。

気をとり直して、棚田です。用水路の掃除、井手上げが終わったから、5月の連休には、
もう田植え。田にはった水に青空が映り、田植え後の田毎の月を見て、黄金の秋まで、
庭の指定席から緑の連続ドラマを堪能する。しかし、それも、もう10から15回ほどかな。
25戸ほどのこの村に、次の代も確実に農家を続けるという家が、1軒もない。
農家あって、田んぼあり。土あって、花あり。蕾がなければ、花も咲かない。

友がいたが、もういない。(篆刻:友有)

友有り

「友有」は、「友あり」。右から、手がふたつ重なる「双」の変形が「友」。
いまでも婚礼などで手を重ねて誓うが、そのようにした者同士のこと。
「有」は、これも手に肉(肉月)があること。で、「友有」は、手が3本並んでいる。
私の友のひとり、Kさんが2月15日に亡くなった。
そして、きょう4月2日は、Kさんが好きだった音楽で送る「お別れ会」だ。

大阪の「ライト・ゲージ」というカントリー・ウエスタンが好きな人が集まる店だった。
ある女性客が酔って暴れた。ママが困っているのを見かねて、私ともうひとりの
お客さんで店から出して、タクシーに押し込んだ。その同士がKさんだった。
私の篆刻の展覧会にも、奥さまと何度も来てくれて、いつもにこにこ嬉しそうだった。
1月23日消印のハガキには、「近々御一緒したいですね」と、しっかり書いてある。

きょう、私も1曲歌わせていただく。「涙そうそう」のハワイアン・バージョン、
「カ・ノホナ・ピリ・カイ」を歌うことにした。日本語のあの歌詞では、最後まで歌い通す
自信がない。カタカナなら、目で追うのに夢中になるから、何とか歌いきれるだろう。
Kさんの前で、まともに歌えた記憶がない。きょうも、下手のままでいいよね。
「この世を去った人々は 美しい思い出になり いつまでも褪せず 輝いている」

桜見るなら、五分咲きで。(篆刻:華看半開 酒飲微酔)

華半開

奈良公園の桜が、やっと咲きだした。氷室神社のしだれ桜は、もう満開らしい。
市内から15キロのこの山里では、もう少し待たなければならない。
ここ数日、春寒が続いて、つぼみがふくらんだまま開かない。
きょうか、あすか、と桜を見上げる。日本こその、春ならではの気分を楽しもう。
で、「華看半開 酒飲微酔」 桜を見るなら五分咲きを。酒を飲むならほろ酔いで。

東京にいる友人から、昔の篆刻の額装を依頼された。それが、これ。
大阪に家族を残しての単身赴任。ひとり暮らしではつい酒量が増えてしまう、
その自戒に、とあった。東京の花見は、この土日がピーク。額が届くころは、
桜も散っているだろうが、彼にとって「酒はほろ酔いで」は四季を通じて有効だ。
それに印は捺して、乾かし、さらに裏打ちする。と、ここで言い訳をしておこう。

田舎では、さほど広くない敷地だが、それでも桜は14本。2月に咲くという伊豆の
河津桜は、まだ若く、やっとつぼみがチラホラ。桜で唯一挿し木できるという
啓翁(けいおう)桜は、鉢植えを戴いた。20年ほど前に植えて、毎年見事に咲いた
八重桜の1本に元気がない。冬の間、落ち葉を敷き、石灰や鶏糞をやったが、
枝にもつぼみにも力がない。無事「サクラサク」になったら、ビールでほろ酔いだね。

ページ上部へ