2006年6月

幸いの都には、よろずが具わる。(篆刻:幸都萬具)

幸都萬具

この「幸都萬具」の印の話をしておきたい。これを彫ったのは、1980年頃。
大阪・ミナミの長堀通り、銀行の隣の地下に、「SIDEBANK」という名のバーがあった。
コシノヒロコさんの店と聞いた覚えがあるが、そのマスターが仕事仲間の親戚だった。
篆刻をかじりたての悪い癖で、「この店の印を彫ろうか」なんて酔った勢いで
言ったに違いない。語呂合わせも仕事のうちだから、漢字はすぐに決まった。

デザインも、ほぼ定石通り、上の画数が多いから下に伸ばせる線をみんな流した。
初心者だから彫るのは多少時間がかかったけれど、苦労したという記憶はない。
榊莫山先生に取材したとき見ていただいたら、「おもろい、おもろい」と言っていただき、
亀井さんの目にもとまった。いま見れば稚拙極まりないが、私の篆刻歴の原点である。
実はこの「SIDEBANK」こそ、私が会社を、広告をも辞める決心をした現場だった。

大阪のホテルに1ヶ月も泊まりこんで、やっとのことで、1本のCMが完成した。
そのCMを見た営業が、「その他大勢をあんなに呼んだのに、それほど映っていない」と
陰で言っていることを聞かされた。すぐに店を出た。家に帰って辞表を書いた。
命を削ってまで広告ができるかと。その後、職業訓練校に通い、大工の勉強を始めた。
幸いの都に、何が吉か凶かは分からないが、すべて具わっている、のは本当だった。

水のしずくで、石を彫る。(篆刻:滴水)

滴水

「三游会(さんゆうかい)」が、終わって、もう1週間。テーマは「滴(しずく)」。
近鉄奈良駅から徒歩約10分、博物館の向かい、知事公舎の隣という恵まれた場所。
かつては興福寺の建物だった旧世尊院という江戸時代の建物を会場に、
野の花と遊ぶ「花の会」と共同展を続けて、もう9回目になった。
陶芸の尾崎円哉さんが現在休止中なので、正確には二游会なのだけれど。

絵巻にあるような蔀(しとみ)戸や杉の板戸。障子越しの柔らかな光。黒光りする床。
伝統的な日本建築と野の花、篆刻の相性が良いからだろうか、
毎回の開催を心待ちにしてくださる方も多い。春、翌年は秋、その次の年は休んで、
また春という順で、今年は春の年なのだが、緑濃い初夏にチャレンジ。
3日間で800人を超えるご来場をいただき、普段SOHOの身は目まいがするほど。

さて、「滴水(てきすい)」は案内のはがきに印刷した「滴」の姉妹作。
これを含めて印の数は30顆、額装して25点。ただ闇雲に3週間で一気に彫ったので、
何の自覚もないけれど、三游会の常連の方からは新境地、飛躍というお声がチラホラ。
篆刻をよくご存知の方には、型にはまらない自由さを「可」としていただいた、ようだ。
石を水滴でうがつような歩みだけれど、この篆刻でよかったのだとうれしかった、です。

鳥急ぎ、ご報告。(篆刻:鳥)

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半分、広告。半分、篆刻。「半広半篆」といっても、まだまだ広告が主ななりわい。
広告も篆刻も、好きで続けていられるけど、その中にも嫌いなものがある。
広告では、ネーミングが大嫌い。篆刻では、彫りあがった印を押すことが面倒くさい。
この16日に迫った「三游会」の作品を1日がかりで押し終わって、裏打ちに出した。
さて、広告もちゃんとやらなきゃ、と取り掛かったのが、ネーミングの宿題。

ネーミングという作業には終わりがない、正解もない。だらだらと続く。
昼を食べ終わって、まぶたも重い。ウトウトしかかったところに、カミサンの声。
「ツバメの子が、巣から落ちて、それを猫がガブっとやって!!」
首がすこし曲がってはいるが、目には力がある。巣に戻そうと手を伸ばしたら、
他のヒナがいっせいに飛び立った。おーい、試験飛行なしで、ダイジョブか?

というのが、きのうの話。けさ、見れば、その首曲がりのヒナもいない。
7つの卵は、すべてかえって、何とか無事に巣立っていった、というご報告。
で、この印は「鳥」だけど、右上が欠けている。ツバメも巣から落ちるくらいだから、
石の印も手から落ちる。落ちて欠けても、味のうち。・・・で、ネーミングは、どうなのよ?
胸張って世に送りだせそうなのが、まだひとつもないのが現状。とり急ぎ、ご報告。

亀は、どこにいるか。(篆刻:亀図象)

亀・図象

先々週の土曜日。久しぶりにドライブをした。この印を手渡すために。
京都・和束から宇治田原へ、万緑のなか笹百合の蕾みを横目に、山越え。
そして滋賀県大津、琵琶湖、瀬田の唐橋を越えて、「数寄和」の新ギャラリーへ。
江戸は戸越在、亀井武彦氏、号・玄亀阿仁摩の「墨描展」の初日だった。
印は、亀井さんデザイン。私は、それを無心に石に刻んだ。補刀はない。

篆刻をはじめて間もない頃、病み上がりで年賀状を印刷する気力もない。
官製はがきに「御慶」と大書して、「幸都萬具」の印を、ポンと押した。
亀井さんからの電話。「この印、誰?」 「私です」 「へェ、僕のも彫ってよ」
それから「玄亀」「阿仁摩」「亀笑庵」、また彼独創の図象印と、いくつかを彫った。
誰かの印を続けて彫る、というのは篆刻人にとってうれしく、励みにもなる。

さて、墨描展。ひたすらに墨が生命をはらんで、うねっている。理屈は、ない。
大きな文字も文字の意味も、バッサリと断ち落とされて、ただの紙と墨になる。
しかし、朝日が、残照が、木漏れ日が、そして龍が、確かにいる。これが「アニマ」か。
墨の生命に囲まれながら、「篆刻は方寸の中で、理屈のかたまりだなァ」と思う。
「ま、難しく考えず、気楽に、ぼちぼち行こうや」と、印の中で亀が笑っている。

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