2006年9月

メドハギは癌に効く、はず。(篆刻:蓍)

メドハギ

この篆刻が、「蓍」。易の祖である孔子の墓にも植えられているという。
『牧野和漢薬草大図鑑』にも「夜関門(やかんもん)」の名で、咳や痰に有効とある。
グーグルなどなかった頃だから、電通のマーケの友人にデータ検索してもらった。
慶応大学の先生が砂漠緑化のためにメドハギを研究して、微量成分を突き止めた
という新聞記事が見つかった。直接電話したら、ご親切に答えてくださった。

乾燥した砂漠では、夜に葉を閉じるメドハギが水分を蒸散しにくい、との着眼だが。
葉の開閉をつかさどる成分のほかに、多量のポリフェノールを含んでいるという話。
「ということは、癌にも?」 「当然、癌にも何らかの効果はあるでしょうね」
やはりメドハギは、ただ茎が真っ直ぐで筮竹に便利、というだけではなかった。
しかも、気がつけばメドハギはどこにでもあった。土手の土止めの定番だったのだ。

早速、弁理士に「メドハギ」の商標登録を頼んだ。夢がふくらむ。休耕田で村おこし、
第2の「杜仲茶」か、と。だが、特許庁からの返事は、一般名称につき登録不可。
私の熱は、一気に冷めたが。興味のある方は、グーグル・イメージで。ちょうどいま時分、
花の頃が刈り時。茎と葉を乾燥させ、刻んでお茶のように飲む。ほのかに甘い。
きっと癌の予防になる、はず。ただし、利尿効果があって、トイレが近くなるのが難。

タダモノではない、萩。(篆刻:萩)

萩

篆刻は、「萩」。このほかにも、「葛、女郎花、桔梗、尾花、撫子、藤袴」がある。
秋の七草シリーズ。漢字として読めて、かつそれぞれの花の姿を写すという試み。
7点を散らして軸装したら好評だった。色紙にも、何とか収まる。絶滅危惧種ともいう
藤袴を含めて、すべてが我が庭に咲いてくれるのは幸せなことだ。気を良くして、
「篆刻・春の七草」もと思ったが、断念した。どれも似たような草で、サマにならない。

赤紫の宮城野萩が、いま満開だ。数種の萩を植えたが、残ったのは宮城野萩だけ。
残ったどころか、大いに茂って道をふさぐ。根こそぎ取って、数箇所に移植した。
その先々で大いに茂って見事だが、元の場所でも、以前と変わらずに茂っている。
奈良にも白毫(びゃくごう)寺を筆頭に萩の名所を謳ったお寺がいくつかあるが、
境内を萩で満たすのに苦労はない。と憎まれ口を叩いたら、バチが当たる、かな。

当たるも八卦、という易と関係が深いのも萩。豆科、萩属のメドハギという植物。
目処萩は当て字で、「蓍(草冠に老と日)」のひと文字で、メドギともいう。
古くから易の筮竹(ぜいちく)の材料であったが、筮竹こそ、神が降る神聖な依り代。
白川先生の『字統』には、「蓍の百茎なるものは、その上に常に青雲があり、
下には神亀がいて、これを守る」とある。こりゃタダモノではない、と思いませんか。

口ベタだけど、仕事は早い。(篆刻:言訥敏行)

言訥敏行

運命の炭焼き職人・熊さんは、竹炭を作るのは好きだが、売ることに熱心ではない。
あちこちのフリーマーケットへ軽トラに積み込んで出店するが、彼の興味と熱意は、
行き帰りの荷台にいかに効率よく物が積めるかであって、商売ではない。
販売担当の奥方「マーヤさん」はやきもきするが、竹炭は増えるばかり。竹は太くて、
インテリアになる。湿気を取り、消臭する。割れたら燃料。ご希望の方、いませんか。

熊さんは、内装職人だった。関空の天井は俺が張った、という。その一部分だろうが。
兄弟の会社だから、大阪の倉庫に行っては、ありとあらゆる道具をいただいてくる。
内装前には解体もするから、我が家の土間や庭の椅子は、どこそこのレストラン出身
だったりする。水道の蛇口だけでも、10個以上ため込んである。おんぼろ古農家、
我が家の便利屋さん的存在として、我々の尊敬を一身に集めている。(あ、ヨイショ)

職人は、口ベタと決まっている。何かをしゃべり始めても、最後まで聞いた覚えが無い。
言いたいことは大体わかるから、問題もないのだが。竹炭を委託している店に
テレビ取材が来た。熊さんも作家としてしゃべったが、番組にそういうカットはない。
篆刻は「言訥敏行」。言葉は訥々(とつとつ)としているが、行いは俊敏。こんな人って
いるかなと、彫りながら思った昔の習作だが。竹やぶの中の熊だったとは、驚いた。

熊が、出る。(篆刻:熊)

熊

我が家には、場所柄いろんな動物が来る。裏の元の田んぼが荒れたままの時は、
葛の茂みに、野うさぎの巨大な糞があった。畑の生ゴミ捨て場では、狸に睨まれた。
去年は、家の前のぬかるみに、イノシシの足跡があった。今年はヤマモモの実を狙って、
猿のファミリーが何回も押しかけてきた。蛇は、石垣の隙間を根城にしている。
お隣では、屋根裏にムササビが定住して、夜中ガリガリと家をかじる音に悩まされた。

さすがに鹿は来ないが、熊は頻繁に現れる。それも、ちゃんと弁当を持って。
通称が熊さん。家に孫が来る土日を除いて、ほぼ毎日、朝から夕方までのご出勤。
我が家の敷地の端に小屋を建てて、作業場兼竹炭アートの展示場にしている。
炭焼きの窯もすぐ近く。笹に覆われて放置されていた村の炭焼き窯を修復した。
孟宗竹も真竹も小屋のそば。他人の山だが、切れば切るほどよろこんでくれる。

竹を切るのは寒い時がいいから、そろそろ準備シーズンになる。窯に入るほどの
長さにして、節に空気抜きの穴を開け、乾燥させて、それから炭焼きにとりかかる。
「西狭川炭焼倶楽部・熊炭」というブランド名を持つ、竹炭職人なのである。
この「熊」の印はラベル用。「能と火」で、「よく火をつかう」という意味になっている。
炭焼きを始める前から熊さんだったから、炭焼きは運命であったのかもしれない。

座布団を、どうぞ。(篆刻:仁)

仁

秋篠宮家に男のお子さまが生まれた。まずもって目出度いとして。
名前は「悠仁(ひさひと)」と決まった。マスコミはこぞって「悠」の意味を伝える。
白川静先生の『字統』から、「みそぎを終えて、心の伸びやかになった状態」だと。
「仁」については、儒教で人の最高の徳目とすることから、長く男子の二文字の下に
使うのが慣例として、それ以上字源にまでさかのぼることはないようだ。

以下、『字統』では。孔子も孟子も「仁は人なり」と人に同じとしたが、金文などの仁が
人の下に二を置いた形であることから、二を敷物と解釈する。敷物を人に施すことが
仁の本来の意味で、そこから広がって、親和・慈愛となり、さらに最高の徳にまで
高められた、とのこと。漢字の御本家中国が文化大革命などでゴタゴタする間にも、
自らの大学の紛争にも動じず、30年間漢字の生い立ちを探り続けた先生の説だ。

7、8年前、犬の散歩中に足をぐねって、骨折した。自損事故で、犬に罪はない。
1ヵ月間、ギブスと松葉杖(古いなァ)で通勤。奈良までは運転、近鉄、地下鉄に乗る。
さて、そこで質問。「1ヵ月間で、何回席を譲られたでしょうか」。正解は「1回」。
はるかなる未来の「悠」も結構だけれど、足元の「仁」は、ただ人気の人名漢字。
座布団だって、「笑点」の小道具、お寒い笑いの採点法にすぎないのかもしれない。

いつか、必ず。(篆刻:必)

必

9月も10日過ぎ。放っておいたこのブログ、続きを始めよう。60回で一段落して、
気が抜けた訳ではなく、版下づくりで忙しかった。このブログを本にしようと、
自分で表紙や本文124ページ分の版下を作った。それも、ウインドウズのワードで。
最近ネットでも、ワードの版下で本をつくるシステムは、かなり増えた。見積もりも
即座に出る。が、私は、赤と黒2色ですむのに、4色扱いになる。融通が利かない。

昔、電通賞のためのポスターの企画。商品はM電器のヘアフォーム、電気櫛です。
女性の顔と流れる髪の線画を白い紙に切り込みした。切った部分を浮かせると
陰影が現われてきれいなのだが、湿度で浮きが安定せずに、ポスターにならない。
試行錯誤を繰り返して、ついに固定するのに成功した。リンスを塗って、ドライヤーで
乾かすという方法。必ず出来るはずだ、という一念。ポスター電通賞をもらった。

リンスの発見は、秀光印刷の竹内さん。この本も、2色で出来る、と答えてくれた。
マックで出来るならウインドウズでも出来るはずだと、システムを工夫したという。
それも簡単ではなく、面倒なのだが、しかし出来るのだ、と言ってくれた。
言葉を扱う人間だから、いつか必ず1冊の本をという願いが、おかげで形になる。
篆刻は「必」。彼は昔から、リンスやドライヤーが必ずいる人、ではなかったのだが。

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