2006年10月

明日は、白い思い出。(篆刻:明日)

明日

何だか美しからざる話が続いたから、きれいな話に戻したい。
篆刻は「明日」。明の日は、太陽でなく月の光が入る丸窓だけれど、あえて日のカタチ。
日が出て、月が出て、また日が出て「明日」だから。で、話は、昨日の昨日、土曜日の夜。
東京で、大学の同窓会があった。広告研究会というサークル。夏は合宿を兼ねて、
千葉の勝山海岸でキャンプストアをやった。学生だから、海の家の喫茶店版。

内装、モニュメント、チラシ、ポスターなどなどをすべて自作して、販促効果を研究する、
という建て前だったが・・・。我々は1年生で、先輩は怖かった。店は堤のヘリで、
すぐ前が砂浜。潮が引くと水たまりが残って、ゴミが浮く。掃除は、1年坊主の仕事。
上にいる先輩の指示でぬかるみを歩く。と、私のビーチサンダルの鼻緒が抜けた。
目の前に、すっと白いサンダル。「よかったら、履いてください、あした帰りますから」

見上げると、少し歳上らしき女性。しかも、白いビキニ。いや、ビキニでなかったとしても、
セパレーツ、断じてワンピースではない。ありがたくいただくことにしたが、お礼といえば、
店で何か飲んでもらうしかない。彼女が選んだのは、アイスミルク。東芝の先輩から
もらってきた、ホワイトレーベルのLPからは、加山雄三の甘ったるい声が聞こえていた。
「あした帰る君と別れのくちづけしよう アロハレイ」

万事、笑ってすませられますか。(篆刻:万事付一笑)

万事付一笑

NHKの「プロフェッショナル」という番組で、写真家・上田義彦さんの話があった。
広告代理店のディレクターに、「広告に向いていない」と決め付けられて、失意の日々。
そこに、ウイスキーの広告で作家のポートレート撮影の依頼が来る。その作家とは、
ドイツ文学者の高橋義孝先生。見るからに強面(こわもて)。互いに緊張して、
剣道でいう「居付く」という状態。いつまでもシャッターが押せない、という話だったが。

それなら上田さんに、この話をしてあげたらよかった、と思いながら見ていた。
『ある男が、狭いトイレで用を足した。拭いた紙が破れて、指にそれが付いてしまった。
さぞ臭いだろうな、と指を鼻に近付けると、これが臭いなんていうもんじゃない。
思わず指を振り払ったら、ステンレスのペーパーホルダーの角にぶつかった。
「痛っ」と叫んだ瞬間、指をしゃぶっていた。』

この話は、高橋先生から聞いたと山口瞳さんの本に書いてあったのだけれど、
それを電車の中で読んだ私は、笑いが止まらず困ったのなんの。あの気難しそうな
高橋先生、実はこのテの話が大好きと、撮影前に聞いていたら、あの傑作は生まれず、
上田さんも無名のままだっただろうか。篆刻は、昔の習作「万事、一笑に付す」。
そこで、質問です。この15行の文中に、「付」は何個あるでしょう。

道は、どこにありますか。(篆刻:道在糞尿)

道在糞尿

誰かに、「道はどこにあるのでしょう」と聞かれたら、なんと答えますか。
まあ、聞かれた場所にもよる訳で、道に立っていたなら、足もとを指差して、
「ここ」と答えますね。(そんなヤツは、おらんか) それじゃあ、どこかのお寺で、
お坊さんに、じっと目を見て聞かれたら、「この山門の外ですが」なんて、言う?
漢字は、時と場合で、意味が変わるから、ややこしい。(英語だって、そうか)

首は強い呪力を持つので、それを持って道を歩き、門に埋めて、悪霊を祓った。
それによって、人は安らかに道を行くことができた。そこから、人の行いを道といい、
道理、道徳の意ともなり、さらに人間・宇宙の存在の根源にある唯一絶対のものを
道というようになった、とか。そこで、悟りを開いた高僧と弟子の、定番のシーン。
「お師匠様、道はどこにあるのでしょうか」

この答えが、実にいろいろあります。思いつきで何でもいいのか、というくらい。
篆刻は、そのひとつで「道は、糞尿に在り」。人の後ろから米が出ているのが糞、
人の前から水が出て尿で、そのまんま。ところで、この奈良の東部山間でも下水道が
整備されて、来年から3年以内にはトイレを水洗にしましょうね、ということになった。
そうなれば、「道の中に、糞尿あり」。うーん、汚いオチだなあ。

道の首って、なんの首。(篆刻:道)

道

この篆刻は「道」。彫ったときのテンションが、あからさまでお恥ずかしいが。
シンニュウは龍の首のよう、首も闘鶏のとさかのよう。明らかに躁症状ですね。
しかし、道という漢字特有の高揚を表す点では、あながち間違いでもない。
古代、異族との戦いでは、勝利者が敵の長の首を持って、道を除霊したという。
勝ち戦さの儀礼の興奮は、お天気屋の浮かれ気分の比ではないはずだ。

お米の出荷も終わって、農村では道づくりシーズンの開幕だ。あちこちの田で、
畦(あぜ)の修理に忙しい。予算がないからと、2期に分けた市道の拡幅工事も、
再開になる。隣の村へ通じてはいるが、ほとんど人も車も通らない道をなぜ、
と思うのだが。その道の両側の地主さんに買収の同意の印をもらいにいったのは、
12年前にも町会長だった、この私。まだまだ市にもお金があった頃の話。

金余りの時代に決まった事業を、金欠の時代になってやっと実施する。
地元の我々も、「いやあ、お金がないなら、中止でもいいですよ」とは言わない。
議員さんへの陳情も、かつての金余り時代のような効果はなくなったけれど、
それでも地元の議員さんは、完成の暁には、鬼の首でも捕ったように胸を張る。
むかしは敵の首、いまは鬼の首。道と首とは、切ってもきれない。

幸せの、カタチって・・・。(篆刻:幸)

幸

個人印の注文をいただいたら、印に添えて、為書きというものをお渡ししている。
半紙の半分、右上に「為○○様」と書いて「無為天成」の関防印をおす。ここから中は、
楽篆堂の世界、というまあ結界のようなもの。印をおして、クルッと筆で丸く囲む。
その下に、印にした文字を楷書で書いて、それから文字の語源や意味を書くのだが。
はてさて、この意味をそのまま書いてもいいものか、と悩む漢字が少なくない。

たとえば、この「幸」。白川静先生は、拷問の手かせの形である、と断言される。
刑の執行にも報復にも、幸があるでしょう、と。それがなぜ、まったく逆の意味に
なったのか。中間段階として、幸は僥倖(ぎょうこう)で、思いがけない幸運のことだった
という。手かせから、偶然の幸せ、そして幸運へ。さらには天皇の旅行、行幸にまで。
幸とは、地獄からはい上がって、幸運を極めた、数奇な運命の漢字だったのです。

で、この篆刻。かなりのデフォルメに見えても、古代の文字、手かせの形をむやみに
変えてはおりません。直線は、場合によってうねることもあり、弧を描くこともある、
という約束ごとを大胆に実行したまでですが。これを阪急デパートで展示した時のこと。
あるご婦人が、まじまじと見入っている。そばの私に言うともなく、つぶやいた。
「幸せって、やっぱり、あのカタチ・・・」

悲あれば、楽あり。(篆刻:楽)

楽

ほら、やっぱりだ。
どんな悲しいことがあったって、その後に、きっとうれしいこと、楽しいことがあるんだよ。
「人間万事塞翁が馬」。塞翁という人の馬が逃げた。でも、駿馬を連れて帰ってきた。
喜んだ息子が、それに乗ったら落ちて足を折った。おかげで、徴兵されずに長生きした。
「吉凶は糾(あざな)える縄の如し」。いいことも、悪いことも、ちゃんと交互にやってくる。

亡くなったAくんがいたのは、大阪のデザイン会社。そこはプロバイダもしているので、
Aくんには、ネットやパソコンのことで、とてもお世話になった。粘り強く、誠実だった。
デザイナーの長男がいなくなって、私のデザインのほとんどは、そこにお願いしている。
次男がデザイナーになった時も、そこで修行させてもらった。(何と狭い世界・・・)
Aくんのことで、その会社もかつての仲間たちも、大きな悲しみに包まれた、と思う。

そして、その会社とつくっている広告が賞を獲った、という連絡。日経産業新聞広告賞、
部門の優秀賞だが、突然の訃報から、まだ1週間もたたないうちの朗報だ。
篆刻は「楽」。神の前で、巫女(みこ)さんが神を楽しませるために舞う、その手にある
柄のついた鈴の象形という。体育の日は、村の神社のお祭りで、町会長として
子供神輿(みこし)の介添えをした。神輿についた鈴の音が、届いたのかもしれない。

ただ、念ずるばかり。(篆刻:念)

念

先週の金曜日の午前中は、うれしいことが続いた。
まず、このブログの本の試し製本が2冊届いた。版下のすべてを自分で作ったから、
当然拙いのだが、想像よりは出来がよかった。200部の製本にかかるよう頼んだ。
そこに、篆刻の注文の電話が入る。個人印が気に入ったので、友人のプレゼントにも、
というご依頼。よろこびの数珠つなぎ。こういうおだやかな広がり方が、いちばんいい。

しかし、その後の電話がいけない。
8月の流しソーメンに来たAくんが、亡くなったという。長い間、うつ病が治らなかった。
うつ病の先輩として気になっていた。6月に会ったとき、毎日パソコンが相手、と聞いて、
田舎のいい空気でも吸わなきゃ、と誘ったのだが。生まれて初めて竹を切りましたと、
静かに興奮していたのだが。「来年も誘ってください」と、メールをもらったのだが。

大阪から奈良に出かける気になったこと自体、少し元気になっていたのだろう。
うつ病で死にたいと考えるタイプの人は、元気になりかけた時が、もっとも危ない。
死ぬ勇気につながってしまうことがある。はたしてAくんは、生きることの苦しみから
見事に脱出して、安楽の世界へのワープに成功したのだろうか。
ただ「念」ずることしかできない。来年の夏も、流しソーメンをやるから、きっとおいでよ。

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