2007年1月

新しいのに、懐かしい。(篆刻:新懐)

新・懐

正月明けの仕事が一段落したので、デスク周りを片付けたら、昔の大丸神戸店の
企画書が出てきた。コンセプトは「新しいのに、懐かしい」。いまだに健在らしい。
レトロな面影が残る旧居留地と、神戸ファッションに代表される斬新の対比の中に、
神戸大丸らしさがあると考えてのこと。「Aか、Bか」という二者択一ではなく、
「AなのにB」、「AだけどB」という曖昧、混沌の中に真実がある、と思って書いた。

それは「オクシモロン」と呼ばれて、「公然の秘密」「ゆっくり急げ」のように、
対立する語句から新しく深い意味を探求する「撞着(矛盾)語法」だと、最近知った。
江崎玲於奈さんは、「組織化された混沌」を研究体制の理想形とおっしゃる。
部分としては自由奔放に、全体としてはバランスと秩序を、というオクシモロン。
私の勝手な「だけど理論」は、ノーベル賞受賞者と同レベルだったのだ。

さて、篆刻は「新と懐」。新は、神事のために斧で伐る新しい木に辛(針)を打つこと。
懐は、死者の襟元に涙(目と水)をそそぎ、哀惜する心。語源からしても、
めでたさと悲しみの間に真実はあるようだ。ということで、このブログ100回目が、
まことにアカデミックになったのは、よろこばしい限り。ではあるのだけれど、
「嫌よ、嫌よも、好きのうち」もオクシモロンだと気づいて、とたんに下世話になった。

無は、ゼロじゃない。(篆刻:無)

無

正月のNHK教育テレビだったと思うのだが、見ず知らず同士が生き方、考え方を
語り合う「一期一会」という、真面目な番組。東京で旅行プランナーを目指して
バイトしながら専門学校に通う20歳の男性が、福岡で18歳無職の女性と会う。
その彼女が万年床で起きるのは午後2時ごろ。夕方から出かけて、食事やカラオケは
友達のおごり。母子家庭らしく、母親は「少し甘やかせ過ぎですかネ」というばかり。

その彼女の言い分はこうだ。「理想を目指して頑張っても、きっと挫折するから、
努力なんかしない」、「無理して何かしても続かないから、何もしない」等など。
本人はちゃんとした理由を言っているつもりなのだろうが、ただの屁理屈。
「義務教育だから、給食費は払えるけれど払わない」とおっしゃる親も、同類同属。
それやこれやで、中学の英語の教本にあった、こんな話を思い出した。

「新しい家政婦が掃除をしない。理由を聞くと『掃除したって、また汚れるから』。
主人は言った。『ならば、私もあなたに食事はあげない。またお腹が空くから』と。」
篆刻は、「無」。巫女(みこ)が飾りのある両袖をひるがえして舞う形。舞いながら
無我の境になるからか、元来有無の意味は無い。屁理屈並べて、何もしないのは
無ではなく、ゼロ。いやマイナス。人一倍横着で理屈っぽい私が言うのも恐縮ですが。

気力の、出どころ。(篆刻:気力)

気力

戸川幸夫の『高安犬物語』から、もうひとつ『土佐犬物語』という話。
土佐犬は、闘争精神の旺盛な土佐在来の日本犬に、セントバーナードなど
体力と忍耐力のある洋犬を交配したものという。剣道の道場主に育てられたキチは、
父母が横綱で申し分ない血統なのに、体が小さくて、気後れして唸るという
致命的な欠陥があった。道場主は、稽古着に着替え、日本刀を持って庭に下りる。

「キチ、俺の気合を受け取れ、分からなければ・・・・・・斬るぞ」
それを境に闘犬となったキチは、横綱になり死ぬまで闘った。盲目になっても。
・・・という話から、いきなり私の剣道の話。30を過ぎて剣道を始めたくせに、
基本の素振りさえちゃんとやらなかったから、初段の試験でつまずいた。
2回落ちて、やっと一念発起。禁煙し、ランニングをし、試験場にも早く着いた。

道着に着替えて、会場におりると、窓から陽が差し込んで美しかった。
実技の相手に竹刀を構える。相手の面の中で、目がつり上っているのが見えた。
すっと間合いを詰めて、竹刀を振り下ろしたら、「ポーン」と面が決まった。
以来、私は、気力は自信から生まれると知ったのだが。篆刻は「気力」。
このふたつの話、落差があまりに大きすぎて、話をまとめる自信も気力もない。

犬が消えた、器。(篆刻:器)

器

話が、神がかりになってきたから、もう少しリアリティのある話に戻します。
「燃」という漢字で、日本には犬を食べる習慣がない、という話をした直後に、
たまたま戸川幸夫の『高安犬物語』を読んだ。その中の1編『熊犬物語』は、
熊射ち猟師の源次と熊犬シロの物語だった。高安犬とは、山形県高安の熊犬で、
その純血度の高い母犬に秋田マタギ犬を交配させて生まれたのが、シロ。

高安犬の重厚さと秋田マタギ犬の俊敏さを兼ね備えたシロは、雪の山中で
50貫もの手負いの月輪熊を追い詰める。だが吹雪で見失い、山小屋にこもるが、
ついに9日目、源次を含む男5人の食料が尽きる。源次は、シロを連れ出す。
小屋の裏手で一発の銃声が響く。しかし、その翌日は、うって変わって快晴。
しかも、その小屋からいくらも離れていない渓流で、大熊は死んでいたのだった。

篆刻は「器」。4つの口は、神事に用いる祝器の「さい」。犬を犠牲として、
その血をもって清めた器だから、それに囲まれているのは大ではなく「犬」。
太古から犬は人間のかけがえのない友であり、友であるから犠牲ともなった。
日本から犬の純血種が消えるとともに、常用漢字の器の中から犬も消え去って、
器の浅い漢字になりはててしまった。白川静先生は、それを憂えていた。

呼ばれて、パンクした。(篆刻:呼)

呼

シンクロニシティ(共時性)といえば、私の結婚式の前の晩のことだった。
独身最後の夜だからと、大学時代の友人ふたりと銀座の裏で酒を飲んだ。
実に楽しい酒だったが、私はまだほとんど酒が飲めなかったから、したたかに酔った。
友人が会社のハイヤーを呼んでくれたが、「横浜の金沢文庫まで」と言ったまま
寝込んでしまった。「パンクしたんで、ちょっと降りてください」という声で目が覚める。

しかし、気持ちが悪い。ちょうど目の前に公衆便所があった。吐いて、スッキリした。
周りを見回したら、どうも見覚えがある。市電の停留所で、「久保山」だった。
そこには、私が生まれる前、戦争中に死んだTという兄の墓地がある。
そのTと私はよく似ているそうで、そのせいか、母と一緒によく墓参りに行った。
しかし、結婚に浮かれていた私は、墓に報告に行くのをすっかり忘れていた。

タイヤには5寸釘が刺さっていたという。「そんなこと、よくあるんですか」と聞いて、
「それじゃ、商売にならないですよ」と答えられたのは、確かに記憶にあるのだが。
どう考えても、銀座から金沢文庫まで行くのに、久保山を通るのは変な回り道。
でも、なぜその道を通ったのかは聞かなかった。兄が呼んだに決まっているからだ。
篆刻は、古代文字の「呼」。乎(こ)は、鳴子板の形。それを鳴らして呼ぶのは、神。

共に感じる時が、ある。(篆刻:共)

共

カメラマンのSさんは、阪神大震災でご両親を失った。
二世帯住宅で、Sさんたちがいる2階が、ご両親がいる1階を押しつぶした。
その後、スタジオで撮影中に、背後に人の気配を感じたが、誰もいない。
そこにお兄さんから電話がかかってきた。「親父が、いま、そっちに行っていないか」
この話、あなたは信じますか。私は、信じているのだが。

息子の遊が、鈴鹿のレースで事故を起こし、病院で息を引き取った。
家に連れて帰る寝台車の助手席で、ふっと「Oさんにも電話しなきゃ・・・」と思った。
その1、2分後に、私の携帯電話が鳴った。Oさんからだった。
「いま、スーパーの駐車場で家内を待ちながら、NHKのニュースを見ていたら、
『奈良の会社員、田中遊さんが事故死』と聞いた。遊くんなのか」と。

先日、そのOさんから、このブログにコメントがあった。
「白川先生のご長女、津崎 史さんから、お便りが来たとのことですが、
史さんのご主人の津崎幸博さんは、実は私の高校の担任の先生なのです」
私は、これも「シンクロニシティ(共時性)」と考えるのだが、あなたはいかが?
篆刻は「共」。左右の手に持つものを神に奉げる形。時もまた、神の領分である。

春よ、来い。(篆刻:春)

春

12年前のきょう、1月17日。夜中に、犬がはじめてベッドに乗ってきた。
午前5時46分、家全体が揺れて、目が覚めた。4人の家族は、無事だった。
すぐつけたテレビも、はじめは被害の大きさをとらえきれてはいなかった。
しかし、時間がたつにつれて「とてつもない地震」だと知れた。止めどなく流れる
ニュースに、一瞬だったが、見慣れた「大丸」のゆがんだ看板が映った。

休日明けのその日は、好評だった神戸大丸のシリーズ広告の2年目のために、
新デザインのプレゼンだった。昼前、やっと宣伝課長のMさんに電話がつながる。
「それどころではない、神戸の大丸が存続できるかどうか」と聞いて、消沈した。
それでも、その年の4月、店は被害の少なかった部分だけで、営業を再開する。
大晦日、神戸新聞朝刊に、神戸の大丸4店連合で1ページの新聞広告を出した。

ビジュアルにかえて、ヘッドコピーの「春よ、来い」を、私自らの筆で大きく書いた。
「街は姿を変えてしまったけれど、この神戸が好きだったことを実感しました。
季節は寒かったけれど、心がどんなに暖かいものかを知りました。」と書き出し、
「さあ、みんなで、来年へ。春へ。」で結んだ。いくつかの喫茶店などが、この広告を
ガラス窓に貼っていた、と聞いた。篆刻は「春」。動く、輝くという意味がある。

それって、実話?(篆刻:実)

実

マクドナルドの2006年の売上が4415億円となって、5年ぶりに過去最高を更新。
創業者の藤田田(でん)さんがトップだった時代をしのぐ水準に回復したという。
最近は、もうほとんど行くこともないけれど、「味なことやるマクドナルド」のコピーで
広告の立ち上げに参加した者としては、よろこばしいことには違いない。
その藤田さんから、ハワイへ行く飛行機の中で直接聞いた話なのだが・・・。

終戦後、東大在学中から藤田さんは外車のブローカーなどでかなりの蓄財をした。
パンツの中に、歩きにくいほどの数の印鑑を隠していたそうだ。そして、相場を張る。
その種のことに私はうといのだが、最終的には一騎打ちという形になるらしい。
「今日、相手が俺より1円でも多く持っていたら、負けだ」と玄関で奥さんに言って、
家を出た。だが、藤田さんは勝ち残って、誰とも知れない相手は破産した。

数年後、ほとぼりが冷めて、相手の名前と所在が分かった。訪ねてみると、
その男はバラックで大きな鉄鍋の中をかき混ぜながら、こう言った。
「これで私は、いつか必ずあなたに勝ってみせる」。その男とは、この1月5日、
96歳で亡くなった即席ラーメンの父、安藤百福さんだった、という話。
篆刻は「実」。ホントに実話?ともう一度聞きたいのだが、おふたりは、もういない。

それは、メラメラと燃えた。(篆刻:燃)

燃

1月8日は、我が村では「とんど(どんど、左義長とも)」の日だった。
小正月(1月15日)の行事だが、以前は成人の日でもあったから、今年は8日。
正月に神を迎えたしめ縄や門松などを燃やして神を送る火の祭りだ。
持ち寄った竹を縄で組み立て、なぜかワラでタコの足を8本付けて、点火する。
書初めを煙に乗せて、天高く上がれば書道が上達すると、歓声が上がる。

竹とワラがほど良く赤黒いおき火になったところで、竹に刺した丸餅を焼く。
酒を入れた竹筒で燗をして、青竹の盃で飲む。無病息災、家内安全の予感がする。
茂木健一郎さんなど脳科学者によれば、焚き火を囲んで同じ火を見つめることは
ジョイントアテンション(共同注意)といって、アイコンタクト(見つめ合う)とともに、
人のコミュニケーションの土台という。とんどが続く間は、村の共同意識もまだ安泰。

朝からのとんどがつつがなく終わって、昼からは新年会になる。
宴会といえば定番はすき焼きだったが、いつか出前の折詰めパックになったのは
時代の流れというべきか。さて、篆刻は「燃」。篆書体は、火偏のない「然」で、
肉月と犬と火だから、もとは犬の肉を焼くこと。犬の肉を食べる習慣のない日本人は
ギョッとするし、犬好きの方には怒りがメラメラと燃え上がる漢字なのであります。

新年は、めでたい光で始まった。(篆刻:光)

光

2007年の3ガ日はのどかに流れ去って、きょうは4日、仕事始めの朝。
曇り空から陽が差した。縁側からの冬景色をスケッチしていたカミサンが叫ぶ。
「見て、太陽がふたつある!」。確かに太陽の右側に、もうひとつの淡い輝き。
よく見れば、反対にも、もうひとつ。左右の光は、短い弧となって、太陽を囲んでいる。
偶然両側に雲の薄い部分があったからだろうが、これぞ瑞光、吉祥とよろこんだ。

話は変わって、毎月第1水曜は、分別ゴミの収集日。空き缶、ペットボトル、瓶類、
その他の不燃ごみを分けて公民館の横に出す。だが、3日までは清美公社が休み。
年間の収集日一覧表に1月は4日とあったので、年末の集会で伝えたのだが。
その一覧表は去年のものだった、というお粗末。正しくは、来週の水曜10日という。
だが、1月8日成人の日の朝は、とんど焼き。昼からは公民館で、新年会の予定。

ゴミの山を横目に、新年の行事をする訳にもいかない。身から出た錆びならぬ、
自治会長のミスから出たゴミなのだから。「公民館の裏にでも置いたら・・・」という
カミサンの声を振り切って、軽トラの荷台に山盛りのゴミを清美公社まで運んだ。
篆刻は「光」。頭上に火を戴く人で、神聖な火を司る聖職者の象形だという。
めでたい光で始まったきょうの私は、ゴミを司る清掃者。ああ、実に私はオメデタイ。

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