2007年2月

変な気は、写る。(篆刻:写)

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人間の気が電気・磁気に影響を与える。と私が信じているのには理由がある。
少なくとも光学的な証拠がある。それもかなりの数の、超常現象的写真なのです。
心霊番組などでお馴染みの「オーブ」という白く丸いものも多いけど、それは序の口。
オーブは、空中の小さなチリや水蒸気などがストロボに反射しただけのもので、
デジカメの小口径レンズほど写りやすいと、ネットで得意げに解説する御仁もいる。

しかし、私の写真はすべてフィルム。カメラはコンパクトあり、一眼レフもあり。
昼間でストロボなしも、多い。場所は和歌山の竜神温泉だったり、竜眼木という
木の根で作った椅子を撮った時だったり。白い帯状のものが画面をうねって走る。
3枚続きだってある。ルーペで見ると、ウロコのようなものがあるから、龍にも見える。
確かに、これが写る時、私のテンションは高い。はたが迷惑気味な時が多い。

超常現象の本を調べたら、気功師が香港で撮った写真に同じようなものがあった。
で、篆刻は「写」。元の漢字は寫。レンズの絞りのような「せき」は、儀式用の
縫い取りのある靴。ウ冠が示す廟中で、靴をぬぎ替えることから、移す、写すという
意味になった。このブログでは写真を使わないからもどかしいが、ご希望ならば
龍の画像をお送りしよう。こちらからあなたに画像を移すことなど、いとも簡単だから。

気が、変な日。(篆刻:気)

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2月の始め。朝の歯磨きでのこと。フィリップスのソニッケアという電動歯ブラシの
スイッチを押したのに、振動が止まらない。こういう電気系ってやつは、
目に見えないから、一瞬軽いパニックになる。スイッチのある本体と
磁石の入ったブラシ部分を離しても、本体でまだかすかな電気音が聞こえる。
その状態で何回かスイッチを押し続けたら、やっと止まった。歯ブラシの反乱か。

その日、奈良に用事があって、クルマで出かけた。奈良の市内に入る手前で
タバコを吸ったから、窓を全開にしてから閉めようとしたら、窓が閉まらない。
何度やっても、ガラスが上がらず、下から1/3ほどで止まってしまう。
今度は電動ウインドウの反乱だ。寒いのに、窓を開けたまま用事を済ませて、
ホンダに行った。窓枠のゴムかゴミにセンサーが反応した、とういうのだが。

夕方、家に帰っても、体が芯から冷えている。食前に焼酎のお湯割りを飲んで、
食後は堀ゴタツに首までめり込んだけれど、体が温まらずに、風邪をひいた。
相次ぐ電動歯ブラシと電動ウインドウの乱調。ここ2、3年ひいた覚えのない風邪。
それらの原因は、この日の自分の気の乱れだと、私は確信している。
篆刻は、「気」。人間の気は、電気にも磁気にも影響を与えられると、信じている。

日本語に、ご用心。(篆刻:用心)

用心

私の大学の後輩で、作家であり大学教授でもある馬場啓一氏から、
何冊か著書を頂戴していたので、『篆からの、贈りもの。』の本をお送りした。
内容はさておいて「本のタイトルに句読点があるのは珍しい」とのご指摘があった。
そう言われればそうですね。私の言葉の常識などは、その程度のもの。
たとえば、去年の末、仕事である会社の創立20年誌をまとめたのだけれど。

校正するたびに、同じ語で漢字とかなが混在していたりで、関係諸氏に
ご迷惑を掛けた。自分の日本語力についた疑問符を引きずっていたところに、
ジャストシステムがWebで「第二回 全国一斉!日本語テスト」をやっていると知った。
コピーライター歴かれこれ40年近くのこの私が、平均以下だったらどうしようかと、
恐る恐る30問に答えてみたのだが。結果は、「よくできました」の80点。

「あなたの日本語力はなかなかのものです。どの分野もまんべんなく高得点ですが、
自分の使う言葉に対しても、もう少し意識的で、用心深くあったほうがいいでしょう。」
とのご親切な講評。マナーや敬語では満点なのに、不注意、ケアレスミスが多い。
日本語テストというより、よく当たる占いのようで、実に恐れ入ってしまった。
篆刻は「用心」。用は柵の形だが、篆刻も作者同様すき間だらけで、用心が悪い。

その水は天国か、地獄か。(篆刻:一水四見)

一水四見

篆刻は「一水四見(いっすいしけん)」。仏教の言葉らしいけれど、
同じ水を見ても、天人は宝石を散りばめた池と見る、人間は水、餓鬼は膿んだ血、
そして魚は自分の住む家と見る。「一処四見」とも言うし、岩國哲人さんの
ブログ《一月三舟》も同じ意味。人の心の外には事物は存在しない、という
難しい話なのだそうだが、要は何事も見る人の心の持ち方次第。

私の子が幼稚園くらいの頃、風呂に入りながら、こんな話をした覚えがある。
「ご馳走が食べ放題の国があってね。でも、人はみんな手を後ろに縛られている。
目の前にあるのに食べられない、これは地獄だ、と泣き叫ぶ人たちは、
ガリガリに痩せている。でも、まるまる太って、天国、天国と笑っている人もいる。
その人たちは、自分で食べられなくても、お互いに食べさせっこをしているのさ」

心の持ち方じゃぞ、と偉そうに言うより、具体的な行動を示すおとぎ話の方が、
よっぽど気が利いている。高齢者用リハビリ施設で、車椅子に座るか、
ベッドで横になるかしか出来ない私の母は、後ろ手に縛られたのも同じだけれど、
3度の食事におやつも出て、風呂にも入れてくれる。それは天国か、地獄か。
しかし、母に「後ろ手の国」の話をしたことはない。93歳では、もう手遅れだろうな。

神さまが訪れる、音。(篆刻:音)

音

へーッ、これで92歳とは、と目を見張った。肌はつやつやで、シワだって少ない。
話しながら、コロコロとよく笑う。少女のようなその人は、映画「サウンド・オブ・
ミュージック」のモデルになった、トラップ・ファミリーの次女マリアさんだ。
NHKのドキュメンタリーで、彼女が語る思い出は、厳しかったことの方が多い。
ドレミの鍵盤ほどの子供を残して母が亡くなり、家庭教師マリアが新しい母になった。

父のトラップ大佐が海軍の英雄だったがゆえに、ナチを逃れてアメリカに亡命。
バスで各地を巡り、合唱団として名声を得ても、多くの富に恵まれたわけではない。
こうして靴下は自分で編んだ、といって指を自在に動かす。練習だから撮らないでね、
と言いながらアコーディオンをよどみなく弾き、澄んだ歌声にも衰えがない。
血がつながらない同じ名の母の、闊達で音楽好きの気質を受け継いだかのよう。

篆刻は、「音」。音は、神へ誓いである言の口(さい)に一を加えた文字。
祝詞に神が感応して、器が自ら鳴る音づれが「訪れ」の語源なのだそうだ。
マリアさんのように、神はつねに訪れていると自覚できる高齢者は、どれほどか。
編み物が好きだったのに、もう編み目が見えない、手だって動いてくれない、と
遠い地のリハビリ施設の車椅子でつぶやく、大正2年生まれ93歳の、母を思う。

春だから、大吉。(篆刻:大吉)

大吉

きょうは、早くも2月4日、二十四節気のひとつ、立春。
太陽の黄経が315度なのだそうだが、天文は北斗七星が分かる程度で、
黄経などはちんぷんかんぷん。何はともあれ、きょうから日本中が春なのだ。
うれしいね、めでたいねと、謹賀新年のような意味合いで禅寺の門に貼るのが
「立春大吉」。そういえば、私の父親の名前は吉次郎(きちじろう)だった。

篆刻は、「大吉」。吉は、祝詞(のりと)を収めた祝器「さい」の上に、
やはり神聖な祝器である「士」という鉞(まさかり)の刃の部分を置いて、
祝詞を悪霊から守ること。詰めるという漢字に「吉」があるのも、そのため。
吉田という友人から名刺のデザインを頼まれて、我が吉田の吉は、「士」ではなく
「土」だと言い張るのだが、上が土なのは、字書では俗字のひと言で終わる。

だって、祝詞を入れた器に土をかけたら、呪いの言葉みたいになって、
吉祥どころではないのだが、先祖代々そう書いてきたと言われれば、
分かった分かったと作字をせざるを得ない。上が長ければ神聖な刃物や戦士、
短ければ土。線の長短で意味が違うなんて、世界で漢字だけでしょうね。
それはよい文化とすべきだけど、よいは「良い」「善い」「佳い」のどれがよいかな。

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