2007年4月

吹き飛ばせ、罪。(篆刻:息吹)

息吹

少し遅くなったが、連休を目前にして、鯉のぼりを揚げた。
この月曜日に天気が良くなったので、さぁ揚げようと出したら、吹流しが無い。
去年、丸太の先にからんで破れて処分したのを忘れていた。こういうところが、
行き当たりばったりの私らしい。ネットで注文しようとしたが、セットばかりで、
吹流しの単品に行き着けない。去年も子供の鯉を電話で取寄せたのを思い出す。

関西では有名な「人形のM」本店に電話した。相手は、年配の女性だった。
「吹流しの単品が欲しいのだが、最近の濃い色では古く色褪せた鯉に合わない。
さっぱりした色だとありがたい」と、こちらの希望を率直に伝えた。
在庫を探して電話をもらうことになった。「廃番のものですが、色はご希望に近い。
定価5,800円ですが、送料込みで3,000円。明日午前には届きます」

お願いします、と答えたのは言うまでもない。最近は、私も本の購入は、
アマゾンと決めているが、このテの話は、息づかいまでが伝わる電話に限る。
篆刻は、「息吹」。亀井武彦氏の書に触発されて、私ならどう彫るかとの試み。
ちなみに息吹戸とは、神が罪や穢れを息で吹き払う出口。笑いはじめた山々の
息吹を大きな口いっぱいに吸い込んで、鯉の家族が気持ちよさそうに泳いでいる。

「正よし」さんへ、贈りもの。(篆刻:正よし)

正よし

「『篆からの、贈りもの。』(の本)を読んでいて、いま、ふっと、思い出しました。
子供の頃 夜中に寝床で、軒先から、雨の滴がポトリ、ポトリ、と落ちる音を
聴くのが好きでした。心地よかったこと いまでも、憶えています。雨の滴の、
あの音色が記憶の奥から、蘇ってきました。」 「それに 自分の生きてきた、
これまでは さて、どうだったかなぁ?と ポツリ、ポツリと、思ったりもしました。」

件名が「ポトリ、ポトリ」という、詩のようなメールの主は、Nさん。そのNさんから、
篆刻の注文をいただく。名字をひらがなでと決まって、迷わず気持ちよく彫れた。
ところが、その後に「名前の『正よし』では、変でしょうか?」というメールが。
「変ではないけど、出来上がってます」と、印影の画像を添付した。
「ありがとうございます。スコンッと 音をたてて 心の栓が抜けました。(笑)」

Nさんは、それで納得されたのかもしれないが、こちらはそうはいかない。
こんな文字面におしたいので、と手書きのハガキを送ってくれたことでもあるし、
と思いながら彫ったのが、この「正よし」の印。でも発注はひらがなの名字だから、
参考までにとお渡ししよう。『篆からの、贈りもの。』に、心の奥で応えてくれた
詩人Nさんへの、篆からの贈りもの。ブログ120回目の、記念品でもあります。

要するに、腰。(篆刻:要領)

要領

晴れて剣道部員となってから、すぐに夏休み。四国の高知に家族旅行した。
桂浜で竹刀を振りたかった。いや、正確には竹刀を振っている写真を撮りたかった。
駐車場で道着になって、坂本龍馬の銅像の前から、桂浜に下り立つ。
裸足で、ぞんぶんに竹刀を振る。もちろん、その勇姿をカメラにおさめる。
車に戻って着替えたら、さあ、高知名物の「アイスクリン」を食べなくちゃ。

ふたたび銅像の前、アイスクリン売りのお爺さんのところへ。と、お爺さんが言う。
「あんたは、龍馬にゆかりの人か?」。きょとんとする私に続ける。
「と思ったのだが、花も手向けんし。この銅像は、高知の青年が募金で建てたが、
わしら金の無い者は勤労奉仕をした。彫刻家の本山白雲先生がおいでのたびに、
龍馬の話はよく聞いた。・・・で、そう思ったんだが」

以来、私はますます龍馬のファンとなり、高知県人を尊敬するようにもなったが。
龍馬と見まがう男の桂浜での写真は、言うまでもない。言ってもひと言、ヘッピリ腰。
篆刻は、「要領」。要は女性の腰骨、領は首のこと。ともに人体の最も重要な
部分だから要領という。そして二十有余年、私の剣の道は、その道の何たるか、
いっこうに要領を得ないままに終わった。要するに、腰らしいのだが・・・

いきなり、形から。(篆刻:形)

形

Dという広告代理店にいた頃、剣道部の練習場は5階の会議室(!?)だった。
剣道部のF君が、練習前、リノリウム(!?)の床を掃除していたので聞いてみた。
「あの映写室(!?)に吊ってある道着、着てみていい?」。臭かったけれど、
結婚式以来の袴姿をよろこんでいたら、剣道部の主将が入ってきて、言った。
「お、似合うじゃないですか。剣道始めたら?」。 

兄は柔道をやっていた。姉も陸上部だった。私といえば、33歳のその時まで、
運動なんぞしたことがない。だが袴の様式美というものが、運動嫌いを駆逐した。
その翌日には、会社から遠くない武道具屋で道着と竹刀を買っていた。
ふつう新入部員はジャージ姿で素振りだけを3ヵ月はするというのに。
袴は敵の目から足さばきを隠すもの。袴で素振りの練習など、していないに等しい。

いつかのテレビで「これからは心の時代」という意見に、「いや、形の時代です。
心は揺れ動く。形を心の器として、先にきちんと決めなければ」という話を聞いた。
かの孟子さんも「形は修養によってはじめて完成する」とおっしゃったらしい。
では、修養のない形は、どうなるか。篆刻は、「形」。左側が実で、右側が虚という
構成なのだけれど。またまた形ばっかり・・・、という声が聞こえる。

下半身に、難あり。(篆刻:上虚下実)

上虚下実

さて、剣道のなくなった土曜日にしたのは、畑づくりであった。この時期になると、
野菜の苗をいろいろいただくから、否が応でも畑らしきものを用意せざるをえない。
3月の初め、ミニ耕運機で土を起こして、石灰を撒いたまま放っておいた。
堆肥をばら撒いて、もう1回耕運機で掘り返し、かき回し、それから鍬で畝を立てる。
昼に缶ビール1本飲んで昼寝するから、10坪あるかないかの畑で1日仕事になる。

続く日曜日は、何年も植木鉢に植え放しだった大王松、壇香梅、大手毬、
衝動買いしたままだった姫シャラ、鉄線などなどを、やっとのことで地植えした。
普段は、パソコンの前か篆刻用の机で座ったまんま。腕だけしか動かさない身体で、
土日に急に働くことになった筋肉。夕方に一段落してケジメのビールを飲めば、
それまで嫌々付き合っていた筋肉がいっきに不平を言い始めて、収拾がつかない。

つねづね庭から向かいの畑で鍬を振るお婆さんの仕事ぶりを見て感心するのは、
無駄な力を使っていないことなのだが。鍬でも竹刀でも、無駄な力を抜くには、
それこそ百錬しながら、痛い辛い苦しい思いの中から自得するしかない。
篆刻は、「上虚下実」。下がしっかりしなければ、上はしなやかになれない、という
すべてに通じる真理だが。私の虚ろな足腰では、とうに日暮れて道見えず。

百錬すれば、自得するけど。(篆刻:百錬自得)

百錬自得

おとといの土曜の午前は、のんびりカミサンと園芸品店に堆肥の買出しに行った。
本来ならば少年剣道の春休み明けの練習で、小学校の体育館にいるはずだったが。
「狭川少年剣道クラブ」は、17年度の10人をピークに、卒業生が抜けるまま
18年度は8人になり、今年度は3人しか残らない。新入生が増える見込みもない。
父兄と相談して、残念ながらクラブの長い歴史を閉じることにした。

この狭川は津本陽の『柳生兵庫助』にも出てくる狭川新三郎の在所。
兵庫助が刀傷を癒すために狭川の別荘に逗留し、鯉を素手で獲る話などもあった。
新三郎は柳門四傑のひとりで、狭川派新陰流は仙台藩の御家流となる。
昔から剣道が盛んで、古老からは、県の南北大会で優勝した自慢も聞いた。
私の息子たちも、このクラブで習ったので、未熟ながら指導をお引受けしたのだが。

週に1回子供に剣道を教えることで、かすかに続いていた私の剣道も、
ついに終わってしまった。原因は加齢だという、ごく軽い頚椎のヘルニアを口実に、
少し値の張った防具もインテリアになった。行き止まりの3段の免許状も、
額に入れて飾ることにしようか。篆刻は、むきになって3段を目指していた頃の
旧作「百錬自得」だが、私の場合は「百錬せず、ゆえに自得せず」と読む。

野に、恥じる。(篆刻:野)

野

今年の桜は、本当に花の数が少ない。のだが、奈良東部山間が満開のここ数日は、
好天が続いているから、花の楽しみの総量は、去年と変わらないようだ。
おとといは、野山の花と遊ぶ「花の会」のお花見に混ぜてもらった。
缶ビールのほろ酔いで、山道の花材探しにも同行した。楽篆堂と「三游会」を催す
「花の会」だから、楽篆堂のホームページでお仲間として紹介するために。

日陰の土手で、ショウジョウバカマはやっと花を付けたが、まだ首は短い。
ユキノシタの仲間のチャルメルソウの蕾は小さいが、軸をつんつん出して準備万端。
山水のせせらぎには、シロバナネコノメソウが控えめに花を咲かせている。
イワタバコは、岩にしがみついて、やっと葉を広げはじめた。見上げれば、
ヤブツバキ、ダンコウバイ、クロモジの花、ウリカエデ、モチツツジの新芽などなど。

早春ならではの野山の息吹を全身に感じて、みそぎをしたような気分になった。
そのおおらかに流れた1日は、ホームページに新設の「楽篆堂のお仲間たち・
花の会」をご覧いただくとして、篆刻は「野」。里は田と社をあらわす土で、
野の別字「埜」は林の中の社であるという。まあ、それはともかく、この篆刻。
森羅万象の巧まざる造形を目の当たりにした後であれば、何ともはや小賢しい。

花か、華か。(篆刻:花)

花

「年々歳々花相似たり」とは、まるでこの季節の枕言葉。花の形は変わらないが、
よく見れば「歳々年々庭同じからず」。まず、今年の我が家の桜は花が少ない。
冬の寒さが足りなかったか、去年調子に乗って、今年はひと休みなのか。
ひと株植えた一輪草の仲間・空色ヤブイチゲは、天晴れにも5株に増えて、
すべてが花を咲かせてくれた。カタクリは、株を増やしたが、花は一輪だった。

さて、劉希夷(りゅうきい)という人の「年々歳々花相似たり」の漢詩。
続きは「歳々年々人同じからず。」 「言を寄す 全盛の紅顔子、まさに憐れむべし
半死の白頭翁。」。高橋睦郎さんが読み下すと、こうなるそうだ。「くる年くる年
花は同じく若々しいが、めぐる歳めぐる歳 人は様変わり年寄っていく。聞いてくれ、
いまを盛りの若い君たち、この死にかけの白髪爺をふさわしく憐れんでくれ。」

数年前、京都の寺町でお見かけした高橋さんの頭は白に近かったけれど、
私の頭もそこそこの白さになった。篆刻は「花」。正字は花の象形の「華」であって、
花は音の化を当てた比較的新しい文字。朝夕で、陽の当たり加減で、
また見る人の心の持ちようで変化する花には、「化」の方がふさわしい。
散る桜 残る桜も 散る桜。人も、また。

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