2007年5月

仰天、楽篆堂。(篆刻:LuckTenDo)

LuckTenDo

何かの拍子で、短期集中連載になった「私的環境論」も一段落したから、
しばらく休憩しようと思っていたのだが。1秒ごとに変化するwebの世界の
瞬間的事実なので、急ぎご報告。数時間前の、きのう。仕事が終って
夕食までは時間がある。暇つぶしにGoogleで「篆からの贈りもの」を検索。
「比較検索 SEO-CRM」なるものの「『篆』で検索した結果」を見て、びっくり!

YahooとGoogleが、お行儀よく並んで表示されている。左のYahooは約5万8千件。
その5番目が、このブログ「篆からの、贈りもの。」、6番目がホームページの
「篆刻の楽篆堂 田中快旺」。それだけでも腰を抜かしそうになったのだが、
右側の Googleでは、約12万6千件中の、なんと1番目で、仰天!!
しからばと、Yahooで「篆」を検索しなおすと、件数は約56万2千に増えていて。

順位は同じ5番、6番。続いてGoogleの「篆」の方を見れば、さすがに件数が
約145万件。この1番目も「篆刻の楽篆堂 田中快旺」で、びっくり仰天!!!
ロボットのGoogleでも、人のチェックが入るらしいYahooでも、このランクなら、
カンヌのグランプリ、ミス・ユニバースに続く快挙と、私は思うが。(アホな・・・)
でも「篆刻」で検索したら、なかなかたどり着かないことも、正直にご報告します。

カタツムリの、歩幅。(篆刻:蝸牛)

蝸牛

いまや環境問題は地球規模、グローバル化した。しかし、この奈良市東部山間の
下水道整備と水洗化だって、われわれ地域の住民には大きな環境問題だ。
我が家は、長い間簡易水洗だった。用が済んだら水を流すが、量が少ないので、
水鉄砲で狙い撃ち。おかげで、グアム島の射撃場では「スーパー・エキスパート・
ナンバーワン」と認定され、キーホルダーをもらった。そんなことは水に流して。

NHKの「サイエンスZERO」で、バイオエネルギーの話があった。トウモロコシを
エタノールにするなんてモッタイナイ。生ゴミ、木屑、雑草を、という研究が
5年もすれば実用化される、と聞いてひと安心。その続きで、陶器メーカーが
カタツムリの殻に注目。汚れ落ちのその先、汚れが付かない便器の開発話が
あった。科学も、最後に頼る先はやっぱり自然なのだ、と妙に得心した。

我が家の環境問題に話を戻せば。便器の汚れの洗濯よりも、便座の選択。
人感センサーでふたが開くなど論外で、まずはお尻が洗える便器にすべきか、
どうか。浄水場が完成したのは、この4月。水洗化は3年以内にすればよい。
篆刻は、「蝸牛」。カタツムリの歩幅はどう測るか知らないが、急がず、あわてず
考えよう。このブログだって、あんまり飛ばすと息切れする。ぼちぼちと、参ろう。

見えなかった、恵み。(篆刻:恵)

恵

ダンボール・コンポストのテキストを送ってくれたところに、メールで聞いた。
答えは、こうだった。「まず、発酵しないからと、生ゴミ投入を止めたのが間違い。
微生物が分解、発酵するのにも栄養が要る。生ゴミは栄養です」。なるほど。
「急いで栄養補給するには、米ぬか、天ぷら油などを」。我が家は自家精米だし、
もちろん天ぷらも揚げる。「水分も必要です」。そういえば、カラカラだった。

言われた通りにしたら、分解はしているようだけれど、それでも温度が
上がらない。(温度計も買ったのに) 最高でも50度止まり。釈然としない。
はてさてと思いながら、本棚を見れば、『土と堆肥と有機物』という本がある。
買ったことも忘れていたが、科学的かつ分かりやすい、素晴らしい本だった。
そして、やっと気がついた。ダンボールなんか要らないじゃあないか、と。

土に穴を掘って、生ゴミを入れる。土をかぶせる。それを繰り返せばいい。
畑のひとウネで、その穴を移動していけば、堆肥たっぷりのウネになる。
そこに刈った草を乾かして混ぜれば、もっといい。草刈が大変だ、それを
燃やすのも面倒だ、と文句ばかりだったのだが。刈った後からすぐ生える
草は、限りない恵みなのだった。篆刻は、「恵」。心を、花のようにしてみた。

生ゴミの、生きる道。(篆刻:道有)

道有-新

電球を蛍光灯に変えなくても、我が家の環境負荷は、相当に小さいと思う。
一時は、家族4人で車も4台だったけれど、いまは夫婦で1300CCのフィット1台を
やり繰りしてる。SOHOだから、通勤によるエネルギー消費は、ゼロに近い。
夏は短パン、タンクトップでクールビズ、冬はセーター、ダウンベストで
ウォームビズを率先実行してる。さて、それ以上に出来ることはと、考えたら・・・

そうそう生ゴミ処理がある。少し前は、農家が冬の田んぼに生ゴミをまくのを
見かけたけれど、最近はみんな「燃えるゴミ」として市の収集に任せてしまう。
我が家では、もう食が細いのに、なぜこんなにゴミが出るのか、というほど。
そう思っているところに、テレビで「ダンボール・コンポスト」なるものを知った。
ダンボールにピートモスともみ殻薫炭を3対2で入れて、生ゴミを投入する。

言われる通り、虫よけにTシャツを縫ってかぶせ、ゴムで止めて、日なたに
置いた。さあ、これで我が家の生ゴミが、見る見る堆肥に変身するのだ。
篆刻は「道有」で、「無駄」との対。無駄に捨てていた生ゴミにも、
生きる道が有った、と思ったのだが。送ってもらった700円のテキストには、
発酵して湯気が出る、とある。2月に始めて、5月末。湯気など見たことがない

無駄でも、電球派。(篆刻:無駄)

無駄-新

私たちが「デビュー、いきなり名球会」と、M電器の電球型蛍光灯を広告したのは、
もう20年ほども昔。いまでは『不都合な真実』で「自宅の省エネ法」の筆頭だし、
安倍さんの「50年までに温暖化ガス半減のための具体策」にもなる優等生だ。
(50年まで?! 1本勝負の途中で負けそうだから、3本勝負に変えよう、みたい。
「美しい日本」なら、まず1本勝ってから、次は3本勝負でお願いしますでしょう。)

しかし当時は、あまりにも値段が高すぎた。消費電力が安いから結局はお得と
説得しても、なかなか売れなかった。最近では、安く、小さく、軽く、電球色もある。
それをぐるぐるネジって、スパイラルの電球型蛍光灯まで現れたのだけれど、
口金が電球と同じというだけで、どこが電球型なのか。よしんば照明効率抜群だ
としても、どこの誰があんなウ○コのようなものを頭の上に付けるのだろう。

かくして我が家では、照明の95%以上が白熱電球。エアコンも似合わないけど、
この家に蛍光灯はもっと合わない、いくら電球に見えても蛍光灯、と蔑視している。
これこそ偏見なのだろうが、ライフスタイルとは、その家で暮らす人の独断と
偏見、思い込みとかが堆積した形。「地球のためにライフスタイルを変えよう」と
叫ばれても、なかなか変わらない。篆刻は、「無駄」。無駄でも、私は電球派なのだ。

空調の、空振り。(篆刻:空)

空

大阪・茶屋町の事務所は、エアコンが自前だったが、移転した堂島のビルは、
天井埋め込みのエアコン付き。外したエアコンは家の土間に置いていたが、
捨てるのはもったいない。家電店に取り付けを頼んで、全部が土壁だと話したら、
まず下見をと、大阪から業者が来た。歳の頃は、30代半ばだったろうか。
ここはどうか、あそこに付けられるか、とあちこち見てもらった後、彼は言った。

「こんな家に、エアコンなんて付けちゃだめです」。ア然とする私に、続けて言う。
「僕、こういう家があこがれなんです。いつかは、こういう家に住みたいんです。
だから、こういう家にエアコン付けて欲しくないんです」。横でカミサンも、
「ほうらネ」という顔をする。エアコンは止めにして、お茶を飲みながらの話。
メカ、それもモデルガンが好きで、アメリカに勉強に行ったこともある、という。

それじゃあと、壊れたモデルガンをみてもらう。1時間以上もかけて、修理完了。
出張代、交通費など一切いりませんと、爽やかな風のように去っていった。
残されたエアコンは、近所にもらわれた。かくして、夏の夜もガラス戸を閉める、
網戸なし、風呂上りには扇風機(さすがに最近はその出番が増えたが)という
ライフスタイルは、25年間変わらない。篆刻は、「空」。空調、空振りの一席。

出したり、吸ったり。(篆刻:吐納)

吐納

環境問題という乗りかかった船だから。この家に越してきた時は、湯船はまだ
五右衛門風呂だったという話。焚き口は、薪を燃やすが石油のバーナーも
付いた新(?)型だった。薪は友人の製材所で出る木屑をもらっていたが、
ゴミも燃やす。ゴミにはビニールも混ざっていて、鉄製のバーナーがやられた。
石油の給湯器に代わり、湯船はステンレス、ジェットバスの付録まで付いた。

製材所の木屑だってバイオマス燃料なのに、いまの法律では産業廃棄物扱い。
焼却できないし、処分には費用がかかる。製材所のそばで温室栽培を
したくても、石油が必要になる。一方では、食料のはずのトウモロコシから
作ったバイオエタノールが、車の燃料として海を渡ってやってくる。
二酸化炭素を出すが、排出量としてはカウントされない、という方便で。

とにかく言ってることとやってることが、チグハグ、バラバラ過ぎないだろうか。
篆刻は、「吐納」。吐は吐く、納は吸う。広辞苑にはないけれど、道経の修練で、
腹の中の悪い気を吐き出し、新鮮な気を吸い入れる呼吸法。吐くこと吸うことが
循環・連続して、はじめて健康な心身ができるという考え方だと思うが。
あっちで出し、こっちで吸いでは、美しい日本はおろか、環境立国も無理ですよ。

環境情報の、裏おもて。(篆刻:表裏)

表裏

別に民放のテレビばかりでなく、NHKも視聴率を無視できないし、出版界だって
過酷な生存競争に必死。『不都合な真実』が売れれば、『環境問題のウソ』のような
本も出る。極地の氷が融けると、海面が上昇する。いや、アルキメデスの原理で
氷が融けても海水は増えない。それより海水に大量の真水が流れ込むと、
深層海流が変化して寒冷化する。というところに落ち着いたか、と思ったら・・・。

きのう5月22日の日経は、「グリーンランドの氷河が融(日経は「解」)けても
気候の変化ない」の見出しで、東大と海洋研究機構のスパコンでの解析を載せる。
「地球温暖化によって気候激変が起きるとする有力説を覆す研究成果」とあるが、
そうあっさり覆すと決めてしまっていいのかなあ。まあ、日経は産業、経済に
軸足を置いているから、こういう研究には真っ先に飛びつくのだろうけれど・・・。

AといえばB。甲があれば乙もある。環境の情報に振り回されそうになったら、
「地球の資源は有限」という原点に戻って、その情報を見直そう。というのが
私の学習成果。篆刻は、「表裏」。どちらにも衣。情報の裏をよく見ると鎧が
あることが多い。日経の記事は「映画(デイ・アフター・トゥモロー)のようには
ならない」で終わるが。だから二酸化炭素が増え続けても構わない、ではない。

リサイクルという、妄想。(篆刻:莫妄想)

莫妄想

PETボトルを手にした男の子の写真に、「お父さんが着るんだね。」というコピー。
10年以上も前に私がつくった、PET再生繊維の新聞広告。小さな賞をもらったが、
さてPETボトルが繊維になる量は、大きいのか小さいのか。2005年は、6万4千トン。
PETボトルの生産量が53万2千トン。再商品化した量は、14万3千トンだから、
10本のうち約2.7本が何かに再生され、繊維になるのは1本ちょっと。これ、大きい?

PETボトルリサイクル推進協議会のホームページは、リサイクル状況の説明には、
回収率65.6%しかあげていない。リサイクルの説明が、すべて収集、回収の話に
すり替わっている。再生PETの用途と量の統計で14万3千トンの数字はあるが、
再商品化率はない。普通ならリサイクル率は再商品化の割合のはずだけど。
都合のいい数字ばかりで、実情を正直に伝えようとしていない、と思われないか。

リサイクルという考え方は良い。だが、完全リサイクル社会になったら、と想像しよう。
どんどん買って、次から次に捨てないと、社会も経済も廻らない。実際PETボトルは、
リサイクルの優等生とされて、生産量は10年で3倍になった。3倍石油を消費して、
省資源に逆行したのは、事実。篆刻は、「莫(まく)妄想」で、妄想するなかれ。
完全リサイクル社会は、回収業者以外にとって妄想であることは間違いない。

知ってて、言ってる?(篆刻:言者不知)

言者不知

テレビ朝日の「報道ステーション」もニュース・エンターテインメント番組だから。
「水戸黄門」とまったく同質同根なのだけれど、そのキャスターが視聴率を背にして
社会正義の旗手を気取るのは、何とも鼻持ちならない。「率直」と話しているのに、
スーパーでは「素直」と出る。漢字の脳トレ・ゲームでもやれば、と言いたいほどの
恥かきミスがいちばん多いのは、この番組なのにと、揚げ足をとりたくもなる。

国民投票法の「テレビは賛否両論を伝えるべし」の部分に食って掛かっていたが、
それは放送法でも決められていることで、それすら守っていないことが露呈しただけ。
で、環境問題なのだが。「最近地球が温暖化している」ことは、ほぼ正しい。
しかし、「現在は過去1000年間で最も温暖化している」、「現在の温暖化が異常だ」と
断言するのは間違い、らしい。確かに、二酸化炭素の「温室効果」は存在する。

代表的な温室効果ガスと言われるけれど、本当の代表は、水蒸気。温室効果の
75?90%にもなる。でも、水蒸気では雲をつかむような話だから、人為的で
通説になっている方の二酸化炭素を悪玉にする。何しろ、水戸黄門なんだから。
篆刻は、「言う者は知らず」。老子大先生の「知る者は言わず」に続く言葉だが、
テレビでは「(真実を)知る者(の話)は(面白くないから)言わせない」のです。

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