2008年3月

春の、妖精たち。(篆刻:春)

春

あっという間に河津桜が満開になった。冬の終わりに剪定した啓翁桜の枝を
そのまま挿しておいたら、一輪がほころんで、まだまだ続けて咲きそうだ。
山野草の花壇では、いよいよ妖精たちが年1回の短期公演の幕を上げた。
スプリング・エフェメラル。"ephemeral"は、短命な、束の間の、はかないこと。
夏を待たずに姿を消すものが多いからだが、花はなかなかにしぶとい。

キクザキイチゲは3月15日に2輪咲いて、さすがに濃い空色は褪せてきたが、
まだ咲き続けている。去年1輪だったカタクリは2輪に増えて、こちらも6日目。
その間には、強い雨や風もあったが、花びらを閉じてしのぎ、陽が差すとまた
花びらを躍らせて、カタクリ独特の舞いを始める。ヤブイチゲも、小さな葉の間を
よくよく見ればしっかり蕾をつけて、次の出番を静かに待っている。

日銀の総裁が空席になろうが、ガソリン税の暫定税率延長がどうなろうが、
茨城で8人が殺傷されようが、イラクでアメリカ兵の死者が4000人になろうが、
チベットでデモ隊に中国の官憲が発砲しようが、大リーグの開幕戦で松坂大輔が
登板しようが、エンデバーが帰還の途につこうが、そんなことはどこ吹く風で、
春の妖精たちは約束を律儀に守って、定期公演をきっちりとこなすのだ。

水の、こころ。(篆刻:水心)

水心

さて、春らしいぽかぽか陽気の土曜と日曜。ここで掘らなきゃ掘る日はないよ、と
好天に後押しされて、湿地と畑を分断する溝掘り作戦は敢行された。
まず、ミニ耕運機で真っ直ぐルートを作りながら、黒い表土を柔らかくしていく。
それをスコップで畑側に放り出す。その下は粘土層。茶色、灰色、青と、まるで
粘土の見本市。先を研いだスコップで削りながら、これは湿地側に放り出す。

50センチも進まぬうちに、40年喫煙を続けた肺が悲鳴をあげる。ならば一服、と
またタバコをすう悪循環。そうするうちに昼。とにかく、缶ビール。食事で腹が
ふくれて、マッサージチェアで昼寝。そんなズボラな働き方でも、初日15メートル、
翌日10メートルを掘った。幅30センチ。深さは30センチだが山側の深いところは
80センチ。ざっと計算したら2立米以上もの土を掘りあげたことになる。

さすがに日曜の夕食は、疲労困憊で食が進まなかったが。一夜明けても、
筋肉、関節など異常なし。水路も、じわじわとしみ出た分の水は流れている様子。
これで長年の気がかりは片付いた。篆刻は、「魚、心あれば、水、心あり」の
「みずごころ」。相手が好意を持てば、こちらもそれに応ずる用意があること。
私の奮闘にむくいて、水気の多かった畑はすっきり乾いてくれるのだろうか。

水には、困った。(篆刻:水)

水
山口瞳さんが、「家のことでは、思い屈した。」という永井荷風だかの文章の
書き出しを絶賛していた記憶があるのだけれど。それにならえば、私の場合は
「水のことでは、思い屈している。」となる。ここ数日の春めいた陽気で、
フキノトウも出始めた。草も急に伸び始めるだろう。そろそろ畑の土を起こして、
野菜の苗を植える準備をしなければならないのだが。事は、そう簡単ではない。

家の上の畑を含む400坪ほどは借りている土地だが、いくつかの石垣で
段々になっている。狭いところには桜、梅、椿、ビワなどを思いつくまま植えて、
いちばん広いところを畑(らしきもの)にしているのだが。みな田んぼだった土地で、
底が粘土質。水はけが悪い。あちこち穴を掘ってみたら、どの穴にも水が溜まる。
山からの水が表土と粘土のすき間に滲みて出ているようなのだ。

畑の山側に植えた花しょうぶが、少しずつ畑の方に広がってきている。
今年こそ、湿った土地と畑の間に溝を掘って、水を絶たなければならない。
30センチ幅、20メートルの手掘りに挑戦するが、それで水が分断できるという
保証はない。近所のおばあさんが言う。「水は、いくら道を変えようとしても聞いて
くれないんや」 水五訓にもいう。「常に己の進路を求めて止まざるは水なり」

大空に、遊ぶ。(篆刻:游心)

游心

『ヒトとサルのあいだ 精神(こころ)はいつ生まれたのか』を読み終わった私は、
空海の「遊心大空」という書を思い出した。そして、ひとつの疑問が氷解した。
吉田脩二先生は、なぜ50代前半に「こころのクリニック」をやめて、精神科医療の
現場を離れたのか。患者とともに地を這うことに背を向けたのは、なぜか。
それは、神の視座を獲得するためには、欠かせない決断だったのではないか。

人類七百万年を大空から見渡しつつ、原初の母の胎内にまで肉薄して、
ついに構築したのは「理論精神学」という壮大な仮説だった。人間の脳の
肥大化で早産される未熟な赤子が生き残るために獲得した「全能因子」。
それを核に、意識と精神の誕生、言語の獲得の謎を解いて見えてくること。
人間の歴史は発達でも滅亡でもなく、ただ「全能因子」の活動の歴史なのだと。

「現在の世界状況からいえば、嘆いたり絶望したりするよりも、まず人間とは
何かを知るべきでしょう。」 それは楽観でも悲観でもない。臨床医として接した
多くの苦悩を知るがゆえに、それに捉われず、それをも翼として、大空の高みで、
人間と精神を想いながら飛翔することこそ、「遊」の極みといえるだろう。
篆刻は、旧作「游心」。ウツ病で吉田先生にお会いできたのは、天恵だった。

心が、生まれた時。(篆刻:心)

心

吉田脩二先生の年賀状に「2月に本が文藝春秋から出ます」とあったので、
何回かアマゾンで検索したけれど。2月も最後の29日の新聞広告で見つけた。
書名は、『ヒトとサルのあいだ 精神(こころ)はいつ生まれたのか』。
ちょうど福岡伸一氏の『生物と無生物のあいだ』を読み終わりかかっていたが、
奈良へ出る用があったので、本屋に行った。その本は、確かにあった。

『生物と無生物のあいだ』の太い帯には「科学ミステリー」とあって、
『ヒトとサルのあいだ』の帯も太く、「科学サスペンス」とある。明らかに出版社は
ベストセラーの『生物と無生物のあいだ』を強く意識したようだし、
吉田先生もしぶしぶそれに押し切られたのではないか、と勘ぐってしまったが。
そんなことをしなくとも、『ヒトとサルのあいだ』は『生物と・・・』を凌駕している。

なぜか。吉田先生は「人類の歴史はまだまだ新しく展開される可能性を秘めている
かもしれないのです。」と書き終わる。私も心からそう信じた。目頭が熱くなった。
数時間後、その興奮がおさまって、『生物と・・・』の最後の数ページを読んだ。
福岡氏のエンディングは、「結局、私たちが明らかにできたことは、生命を機械的に、
操作的に扱うことの不可能性だったのである。」 これは、単なる報告書でしかない。

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