2008年5月

生きものたちの、輪。(篆刻:環境)

環境

●春のはじめ、コッコッと音がしたので見ると、栗の木の穴を鳥がつついていた。
図鑑によれば、キツツキの仲間コゲラらしい。枯れ木に穴を開けて営巣する、と
あるから、毎年大きな実をつけてくれる丹波栗の寿命が近いのだろうか。
●田植えが終わった夜の田んぼは、カエルの求愛の叫び声でかしましい。
カエルがいれば、ヘビがいる。草刈機で知らずにマムシを殺したことも、数回ある。

●朝早く目を覚ましたカミサンが、ふと庭を見たら、キツネが歩いていたという。
鳥も食べるというから、数年前ニワトリの首を奪ったのは、キツネだったか。
●毛のふさふさした野良猫が近所をのし歩いていて、タヌキと呼んでいたのだが、
いつしか我が家に住みついてしまった。「草むらに(本物の)タヌキがいた」と
とカミサンに話したのに、カミサンは猫のことだと思って、話がもつれる。

●5匹の猫のために、縁の下から台所へは出入りが自由。その餌を野良猫が
食べにくることも多い。数日前の夜、テレビを見ていたら、上がりかまちに
ヌッと首を出したヤツがいる。それは、間違いなくアライグマだった。7匹いた金魚が
突然2匹に減ったのは、何の証拠もないが、こいつの仕業だったかもしれない。
●篆刻は、「環境」。環は、2つの輪だけれど、生きものたちの輪は、和ではない。

あかりで、くつろぐ。(篆刻:寛)

寛

「遊口会」で京都に行って、ほろ酔いで覗いて歩いた、ある古道具屋。
ほとんどがガラクタばかりだったが、奥にいた古道具のようなおじいさんに
「麦わら帽子ありますか」と聞いた。「麦わらはないけど、イグサならあります」
それでもいい、と答えたら、突然シャンとして店の前の自転車に乗って出て行き、
すぐ帰ってきた。ほぼ新品もあったが、あえて日に焼けた古いものを買った。

その日はかぶって歩いたが、これは家の白熱電球の笠にするためのもの。
縁側の部屋の麦わらのそれが、陋屋にぴったりと好評だったが、風で揺れるので、
上の電線に当たる穴がボロボロになってしまった。その2代目という訳。
まあ、電球の笠は、帽子でも竹と和紙でも何とかなるけれど。その元の白熱電球が
温暖化対策で、むこう3年ほどで生産・販売が中止になる。これは、困る。

エネルギー効率でいえば無駄だけれど、政府がそこまで強制すべきことなのか。
谷崎の『陰影礼賛』を持ち出すまでもなく、あかりの明暗は心の奥深くに関わる
文化だ、ということを忘れていないか。それは、行政の効率のためだけに、
由緒ある地名、町名が消えていく現実とも重なる。篆刻は、「寛」。巫女が悠々と
歌い舞い祈る姿だが。蛍光灯ではくつろげない人間もいることを忘れてほしくない。

素夢子で、初。(篆刻:夢)

夢

歳を考えたら誕生日がうれしい訳でもないが。誰かの誕生月を口実にして、
食べたり飲んだりしゃべったりを5組の夫婦でやっている。名付けて「遊口会」。
この前の日曜日は、久しぶりに京都へ出かけて、昼の食事をした。結構な料理が
2000円と聞いて、かえって競争の激しさを思ってしまったのだが。腹がふくれて、
ビールでほろ酔い。バカを言いながら、ブラブラ古道具、骨董を冷やかして歩く。

最後にたどりついたのが、韓国茶カフェ「素夢子 古茶家(そむし こちゃや)」。
カミサンがポジャギという韓国風パッチワークをやっていて、その仲間では
あこがれの店なのだという。それぞれが柚子茶、生姜花梨茶などを頼んだが、
私は草刈の疲れをとるために高麗人参茶。皆が飲み終わった頃合いで
黄色い薬草茶のようなものが出た。とっさに「アマドコロですか」と言ったら。

「アマドコロと当てた方は、初めて」と驚かれて、マスターまでがお出ましになった。
実は「花ごよみ」の蔵さんにナルコユリと渡したのが、アマドコロだったことがある。
アマドコロの茎には稜があり、ナルコユリは丸い。それが「アマドコロのたちどころ
判別法」。ちなみに「素夢子」とは、物性から解き放たれた自然の秘密の影だとか。
脳の秘密の回路が、たちどころにリンクしたらしい。篆刻は、鳥のような「夢」。

百野草荘の、新顔。(写真:銀蘭)

銀蘭

連休中は草刈に追われて、百野草荘の看板は彫りかけで放りっぱなしだった。
一応完成したので、咲き初めの紫蘭をバックに、このブログでは初の写真公開。
「快」の篆刻も入っているので、篆刻と雑文というルールには適っている。
さて、草刈途中の5月5日は子どもの日だというのに、朝から小雨模様。
これはいい骨休めと縁側の前の草を引いているところに、守田さんが見えた。

「二人静や白糸草がちょうど活け頃、花は人間の都合を待ってくれないから」と、
こちらからせっついたのだが。帰りしなに、隣の空き家の土手に咲いている藤が
欲しいとおっしゃる。手を伸ばせば自分で採れると言われたが、カミサンが
高枝バサミを持ってついて行き、私も用水路にそって土手の上を歩いて行った。
藤娘のような枝を積んだ守田さんの車を見送って、用水路にそって帰ったら・・・。

足元に白い花のようなもの。「これは、銀蘭じゃないか!」 カミサンを呼んで、
数えれば大小あわせて10本もある。井手上げの草刈後に伸びて花を咲かせたか。
初めて見た山野草、野に置きたいが、また刈られて絶えてはと、保護した。
かくして、百野草荘に新顔の参加。まさしく「守田蔵 花ごよみ」のお陰だから。
翌日守田さんに、いちばん大きく、姿のいいのをお届けしたことは言うまでもない。

※お詫び:まことにお恥ずかしいことですが、
楽篆堂の勘違い・思い込み(7月29日の「恥」をご参照ください)で、
看板の篆書「草」が「暮(くれ)」になっていました。
看板の彫り直しには、少し時間がかかりますので、それまでギンランの写真で
ご勘弁ねがいます。

祝、百野草荘。(篆書:百野草荘)

百野草荘 筆文字(訂正)
これが篆刻「百野草荘」の元の文字。友だちの木工作家にケヤキの板を
分けてもらって、看板制作にかかった。その堅さに彫刻刀が悲鳴をあげている
ところに、守田さんからの電話。「花をもらいに行っていいですか?」
「どうぞ、どうぞ」 守田さんは、いつものように花入れのガラス瓶を指から
麻紐でぶら下げているが、両の手には何やら角ばった包みがあった。

「これ、どうぞ」 「え、何でしょう・・・」
包みをほどくと、桐箱。ふたには「太郎」の銘。裏には「祝 百野草荘」とある。
「エエッ・・・」 中には、ほっこりとした姿、ほど良い大きさの黒楽の茶碗。
掌で包んで、ためつすがめつ見惚れれば、うっすらと文字が見える。
それは、百、野、草の3文字。「エッ、これ、わざわざ・・・」 「ええ、昨日・・・」

守田さんとは、京都の南、浄瑠璃寺のほとりの吉祥窯・守田蔵(くら)さん。
無釉の黒信楽(しがらき)によって、白洲正子から「貴重な陶工」とたたえられた人。
冬に長く入院して、この春から生きる証しにと『守田蔵 花ごよみ』というブログを
開始。百野草荘の雑木雑草が、その舞台に上げてもらうだけでもうれしいのに。
まな板荘と呼ばれようが、いよいよ看板がないと辻つまが合わなくなった。

※賢明な読者はお気づきでしょうが、銘「太郎」は、「ものぐさ太郎」なのですね。

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