2008年7月

思い込みの、恥。(篆刻:恥)

恥
今朝の日経新聞の春秋欄。米ドルがなぜ強いのか、と小学生に聞いたら、
「思い込みでしょ」という答えだったとか。世界経済の雄アメリカを引き合いに
出すのも変だけど、歳とともに思い込みが激しくなるのは、私だけでなさそうだ。
たとえば、「捨て猫」のことを心配してあれこれ考えている時、横で「金魚」の話を
していたら、「近所の猫」と聞こえてしまう。これ、カミサンのことですけど。

百野草荘の文字を書いた時のこと。まず「草」を決めた。篆書では「艸」だけど
核としては芸がない。そこで「艸と艸の間に日」を入れた。これで草だと思い込んで、
いた。篆刻にして、看板も苦労して彫り、このブログにも写真まで載せた。
ところが、先日、久しぶりに大阪の大型書店に行って、篆刻関係の本をぱらぱら
見ていたら、「艸と艸の間に日」がある。しかし、それは「暮(くれ)」なのだった。

「字統」を改めれば、甲骨文でも金文でもないが「艸と艸の間に早」の字がある。
これが頭に残っていたようだが、「十」が抜けている。早速書き直して、篆刻も
変えたが、看板ばかりは時間がかかる。前のブログには、お詫びを入れた。
篆刻は「恥」。白川先生は「ものに恥じる心は、まず耳にあらわれる」と解説されるが、
私には意味不明。私の何かの思い込みが、素直な理解を妨げているのだろうか。

日と月と、庭。(篆刻:日月清明)

日月清明
朝食の後では、もう陽射しが強くて、庭の水撒きには遅すぎるから、大暑のきょうは
起きてすぐに済ませた。水をやれば雑草も伸びる。この季節、草刈、雑草取りの
庭仕事も、土日だけでは追いつかない。中間の水曜もやらざるをえないかと考えて
いるのだが。毎日朝5時に起きて9時まで小説を書き、その後はすべて庭仕事を
している、と読んで驚いた。朝日新聞社刊『夕庭』は、文・作庭 丸山健二。

帯には「ペンを鍬に持ち替え独力で造り上げた"至高の楽園"」とある。
雑草の間に、ちらほらと花が咲く我が庭とは、天と地の差。草1本も許さずと
まなじり決したスキンヘッドが目にうかぶが。埃ひとつない、いつカメラマンが来ても
撮影OKの応接間のようで。百野草荘主人には、どうも感情移入ができない。
そんな庭を造る人の、その小説とは、どんなものか。怖いもの見たさで、読んだ。

『日と月と刀』上下。室町時代を思わせる、荒唐無稽な男の一生で。段落ごとに
太明朝の短文。本文は延々と「、」で続き、波か風のように高揚と消沈、希望と
落胆を繰り返す。読み辛さに馴れる頃は、前人未到の冒険と認めざるを得ないが。
日と月の下では、小説も庭も人間すらも何ほどのものかという、叫びも聞こえた。
篆刻は、仏への懺悔・悔過(けか)の一節「日月清明」。ただ宇宙の清明を願うのみ。

ある薬草の、伝説。(篆刻:ゑびや)

ゑびや
開高健全集第12巻は、昭和38年から1年半にわたり週刊朝日に連載された
『ずばり東京』というルポルタージュ。文庫本のための「まえがき」「あとがき」も
ノン・フィクションとフィクションのはざ間で苦悩する心を吐露して名文だが、
ここでは置いて。「感傷がほしくなったので縁日を覗きにいった。」ではじまる
縁日の話の中で、ガマの油売りなどの大道芸人が消えてしまったと嘆いている。

その口上は、「さぁさぁお立会い、血止めの薬はござらぬか。あるよあるある、
ガマの油かオトギリソウ・・・」だったというが。オトギリソウは、弟切草。その昔、
ある鷹匠が鷹の傷を治すことで有名だったが、薬草の名は秘密にした。ところが
人のよい弟がその名を漏らしたので怒り、弟を切った。その血が飛び散って、
その跡が葉や花に残ったという悲しい伝説がある。いま、それが庭に咲いている。

朝開き午後には閉じる、小さく黄色い花には、確かに黒いシミのようなものがある。
漢方では小連翹(しょうれんぎょう)というらしい。篆刻は、東京の漢方薬屋さんの
「ゑびや」。この印に続いて、パッケージ用に冬虫夏草、高麗人参から黒蟻、蜂子、
水蛭まで約10点を書き印でお渡ししたが。果たして売上げ向上に貢献したのか、
どうか。弟切草・小連翹は扱っておいでなのだろうか。その効き目は、いかに。

※弟切草の美しい花の姿は「守田蔵 花ごよみ」をご覧ください。

雛は呼び、親つつく。(篆刻:?啄)

啐啄

玄関の軒下のスズメの雛は、1羽が圧死していたが3羽は巣立ったようだ。
隣の縁側のツバメの巣からは、3日続けて割れた卵の殻が落ちていた。
最初の卵の殻は、まるで3次元測定器で測ったようにきれいな割れ方だったが、
だんだん雑になった。脚立に乗って、手鏡で覗けば、まだ羽毛もなく丸裸の3羽の
雛が団子になっている。篆刻は、「?啄(そったく)」で、?は叫ぶ、呼ぶ、啄はつつく。

?は卵の内から雛が鳴いて生まれ出る意を告げること。啄は、すかさず親鳥が
殻をつついて雛を出すこと。?啄同時ともいい、逃すべからざる絶好の機会。
禅宗では、悟りかかった修行者とそれを助ける師との呼吸や気の合一すること。
で、話は変わるが。何年も前に伊豆から送られて植えたままの日本水仙が、
今年は葉ばかり伸びて、花が少なかった。そこで、いよいよ球根を掘り上げたら。

球根に混じってアブラゼミの幼虫が出てきた。安眠を破ったことを詫びながら、
プラ容器に土と入れておいたら、自力で土の上まで出てきた。それならばと、
南天の木にとまらせる。ゆるゆると葉の軸に移動する。が、数時間後には
姿が見えないし、抜け殻もない。産卵から5年とも7年ともいう羽化のその時、
セミは土の中で呼び、私は土を掘り、かくして飛翔していったのだと、信じよう。

苦しみを、抜けて。(篆刻:抜苦与楽)

抜苦与楽

全22巻の『開高健全集』を、奈良県立図書情報館で2巻ずつ借りて読んでいる。
嫌な感じを「酸」といい、電車を「古鉄の箱」という、彼独特の例えが違う作品にも
何回も出てきて辟易することもあるけれど。いくらフィクションの形をまとっても、
これは彼の生の真実だろう、本音だろうとしか思えないことが、多々ある。
小説もルポルタージュも、すべての作品は自己の表出で、全集は分厚い履歴書だ。

亡くなったMさんの奥様から冊子が届いた。Mさんが大学時代に出していた
同人誌が、彼の病気を機に37年ぶりに復刊されたという。激しい痛みのなかで
書いた小説が巻頭にあった。「晴れた日は、岸壁沿いを歩くと気分がいい。
神戸の港が好きだ。」で始まり、「私はピンクの魔法瓶からはじき出された。
魔法の国よ、永遠なれ!」で終わる。痛みなど感じさせない現代のおとぎ話だが。

南米の小国という、魔法瓶の中のような珍妙な世界は、癌という名状しがたい
世界を彼独特のユーモアで反転したのではないかと、うがった読み方をした。
最初の1行に、すべてが凝縮されている。最後の「永遠なれ!」の後に、
「さぁ、大好きな神戸に帰るのだ。」という声が聞こえる。篆刻は、「抜苦与楽」。
宗教の役目と聞いたことがあるが、Mさんとは宗教の話をした覚えがない。

放任の、蓮。(篆刻:蓮)

蓮

ここ数日、蓮のつぼみがふくらみ続けて、女性の臨月を思わせるようだった。
きのうの朝、いよいよ開きかかったから、デジカメを用意して待っていたけれど、
昼前には花を閉じてしまった。そして、今朝、曇り空の下で、やはり神々しいとしか
言いようのない完璧な花の姿を見せてくれた。隣のつぼみも少し開きかかって、
これは明日の朝、咲くだろう。それにしても、この蓮の開花は去年より1ヵ月も早い。

去年の開花は、きっちり8月のお盆に合わせてくれたのだが。植えたばかりで
根着くのが遅かったか、今年は煮干を何回か土に差して、油かすもやったからか、
正確なことは蓮に聞かなければ分らないが。それでも確かなのは、冬に株分けを
サボったせいで、花数は多く、花びらの大きさも変わらないのに、花芯が小さい。
種の数は7つ、去年11だったのに。鉢の底で、蓮根がひしめいているに違いない。

越して来た頃から毎年咲くのに実を付けなかった桃が、今年初めて拳大になった。
美味しかったが、放任の枝の先でハシゴが要る。ビワも植えてから10年以上で
やっと袋をかけるに足る実がなったが、高いところばかり。25年間の物臭さと放任の
ツケが庭のあちこちからどっとまとめて押し寄せてきた。今年の暮れから春先は
剪定、株分けに忙しくなりそうだ。篆刻は、蓮好きのOさんのご注文印をお借りした。

スズメの、お宿。(篆刻:雀躍)

雀躍

縁側のひさしからツバメが4羽巣立ったが、その隣の少し小ぶりの古い巣に、
他のツバメが卵を2つ産んだ。入れ替わりのご入居、ご出産だから、大家として
よろこばしい限りだが。同じ頃、玄関口に、スズメノカタビラやヒメコバンソウの
枯れ草が散らかり放題。見上げれば、3つ目のツバメの古巣から枯れ草が
2、30センチも垂れ下がっている。ずいぶん巣作りの雑なツバメ、と思ったが。

朝、玄関の戸を開けると、そこからスズメが逃げていく。縁側のツバメのように
交代で卵を温めているようにも見えないのだが。まさかと思いながら手鏡で
中を見たら、いるいる。スズメの雛が4羽もいて、親が来たのかと、口を開けて、
餌をねだる。かすかに鳴き声もする。スズメの巣は、屋根瓦のすき間とばかり
思っていたが、スズメの世界でも2×4的な新工法が流行りはじめたのだろうか。

子どもの頃、時々遠征して遊びに行った鶴見の総持寺。大きなお堂のひさしの
下に、巣から落ちたスズメの死骸が点線のように並んでいたのを思い出す。
篆刻は、欣喜雀躍の「雀躍」。目の前の田んぼでは、稲が順調に伸びている。
来月の末には黄金の穂が垂れるだろう。きっと大きく育って、巣からも落ちず、
猫にも捕られず、実ったお米をたらふく食べろ。生あることをよろこび、躍れ。

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