2009年8月

健康って、何だ。(篆刻:健)

健
かつて健康ブームの加熱を横目に、「健康のためなら死んでもいい」と不謹慎な
言葉を思いついて笑ったりしたが。市役所から「特定健康診査受診」という
通知が来た。通称メタボ検診。保険でかなり安い人間ドックが受けられたのに、
医療費削減で中止にして、粗いフルイでメタボを洗い出そうという算段らしい。

メタボではない自信はあるが。以前から右の首筋にウズラの卵大のしこりがある。
加えて、最近、篆刻を押したりした拍子に、同じ右の頭がピリッと痛い。メタボの
検診予約でそれを話したら、すぐに首のCTを撮ってくれた。その部分は真っ黒で、
脂肪だろうという診断。きのうのメタボ検診のついでに、さらに頭部のCTも
撮ったが、中も外も異常はない。きっと神経か筋肉の加減だろう、という話。

メタボ検診の結果も、腹囲が少しオーバーだけで、他は問題なし。タバコは
止めるに越したことはないが、止めたら太るから、そのままでいいだろう、という。
「毎日ビールか焼酎を欠かさず飲んで、休肝日無し」と正直に言っても、適量を
越えなければ構わない、とのお墨付きまでもらった。さあ、そこからが問題だ。

まずもって健康に感謝するが。「それで、お前はどう生きるのだ。」 そんな声が、
どこかから聞こえる。心は健やかか。健やかであり続けられるか。それが、肝心。

是、またはイエス。(篆刻:是)

是
小学生の頃は、毎年8月20日になるとイヤな感じがした。誕生日だからといって、
誰かがケーキを買って祝ってくれる訳でもない。何より、夏休みがあと10日しかない、
という区切りのいい事実に暗たんとなった。当然のことに、宿題だって残っている。

そんな微妙な感覚を63歳になったいまでも覚えていることを「レミニセンス効果」と
呼ぶそうだ。記憶は時間がたつほど薄れるが、条件によっては時間がたった方が
記憶が鮮明で思い出しやすくなる、という現象。15?20歳の記憶が鮮明らしい。

年をとると時間の経過が速く感じられるのは、言うまでも無い。フランスの心理学者
ピエール・ジャネの唱えた「ジャネの法則」は、「心理的な時間の長さは、年齢の
逆数に比例する」というもの。10歳の時の1年は、6倍の60歳では6分の1の
2ヵ月にしか感じられないというのだから、まるで急な坂を転げ落ちるようなもの。

日経の日曜版のコラムは、「刺激のある生活を送る。これが老いを食い止める
カギ」と結ぶが。そんなにジタバタしなくたって、ペルペトゥール・モビーレ
(物理の永久運動、宗教の輪廻転生、生物の食物連鎖)にこの身を任せて、
何があっても「是」のひと言。「是」は、「日こそ正しい」ではなく、匙と柄らしい。
老いて箸も使えずスプーンになっても、是、イエスと、肯定肯定絶対肯定なのだ。

志村喬の、眼。(篆刻:眼)

眼
黒沢明の映画では、水が重要な役をする。『羅生門』では雨、『七人の侍』では
農村を囲む掘割。『生きる』では、集落のそばの泥水に苦しむ住民たちが、
市民課へ陳情する。その課長を演じたのが志村喬だった。(係長は藤原釜足) 
ミイラとあだ名されるほど無気力だったが、ガンで余命少ないのを知って、
一念発起。波風を嫌う関連部署を根負けさせて、どぶを埋めて公園にするが、
その公園のブランコで「命短し、恋せよ乙女」と、低く歌いながら死んでしまう。

『羅生門』では、誰の言葉が虚か実か混沌のなかで、彼も貧しさゆえに嘘を
つくが、捨て子を抱えて去る姿で人間の善を体現した。そして『七人の侍』では、
豪胆沈着なリーダー勘兵衛役。腰の据わりが尋常ではないと思ったが、
学生時代にボートと柔道で鍛えたそうで、歌も歌手になれと勧められたほど。

私の手元には『生きる』と『羅生門』のDVDがある。それを見て、気づいた。
志村喬は、演技のなかでまばたきをしていない。相手を射るように見つめる
ばかりでなく、伏目がちな演技も多い。それでも眼は見開いたままなのだ。

篆刻は、篆刻般若心経から「眼」。艮(こん)は、眼の呪的な力で悪霊を
退けること。昨今、眼で芝居できる役者がいるか。思い浮かばないのが寂しい。

お湯、ぬるま湯、水。(篆刻:水)

水(篆彩)
前回のP&Gの洗剤というのは、「全温度チアー」という妙な商品名だった。
もう30年以上前のことで、すでに市場から消えているから書かせてもらうが。
「オール・テンパラチャー」の直訳で、「お湯、ぬるま湯、水、どんな温度でも
きれいになります。全温度チアー」が、最後の決まり文句だった。15秒CMが
主流の時代なのに、これが時間をくうから、30秒にせざるを得なかった。

しかし、こんな昔誰が洗濯にお湯を使っているのか。我々代理店はもちろん
P&Gの日本人も不思議に思った。しかし、P&Gのマーケティングは、いまでも
世界最先端。その調査では、日本の主婦の多くがお湯を使っているというのだ。

ちょっと妙なスライス・オブ・ライフで注目を集めたから、花王やライオンの洗剤を
抜いて瞬間風速で1位になったりしたが。ある時、「お湯の不思議」が判明した。
お湯はお湯でも、日本の主婦が使っているお湯とは「お風呂の残り湯」だった。
残り湯も英語に直せば「湯」だが、冬の朝なら、残り湯は冷たい水になっている。
ただ、P&Gがすごいのは落語のような笑い話があっても、「お湯、ぬるま湯、水」の
決まり文句をやめなかったこと。失敗が明白になるまで、戦略を変えないのだ。

篆刻は、篆彩と名づけた「水」。生命の源だが、人間を困らせることも、また多い。

無言の、釜足さん。(篆刻:無)

無
かつて伊丹十三が、岸恵子の元夫イヴ・シャンピを駄目監督と決め付けた。
理由は、電話のシーンで映っている受け手が相手の話をなぞるから、だった。
会話以外の手立てを探る苦心を放棄して、最も安易な手法に逃げたのだろう。

私が、P&Gの洗剤の悪名高いCMをやったのは1974年前後。ライオンや花王の
CMが絵に描いたような世界とコマーシャルソングだったから、暮らしの1シーンを
会話中心で見せるスライス・オブ・ライフという手法をとった。それはそれで効果も
あったのだが、フィリピン人のプロダクトマネージャーがやりたがるシーンがどうも
嘘っぽくて、欲求不満が続いた。そこで「ポリデント」という入歯洗浄剤のCMで、
まったく会話がないスライス・オブ・ライフを企画して、プレゼンを通した。

旅館の朝の共同洗面所。藤原釜足さんがポリデントで入歯を見るみるうちに
キレイにする。それを横の老夫婦が覗きこむ。釜足さんが鼻歌で去る。それだけ。

黒澤明監督の「七人の侍」では百姓、「生きる」では市民課係長だった釜足さん。
もちろん名脇役のCM初起用だが、日本のスライス・オブ・ライフは会話無しでも
成立すると証明できて、P&GでワーストCMに選ばれたのも気にならなかった。
篆刻は「無」で、巫女(みこ)に神が乗りうつって舞う姿。無言でも、話は伝わる。

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