2009年10月

居場所が、ない。(篆刻:居)

居
NHK教育テレビは、たまに見るとおもしろい。「青春リアル」は16~29歳が対象で、
テーマは「居場所がない」だった。親に言われたとおりに生きてきたのだが、空しい。
自分の芯が見つからない。自分の居場所が見つからないと悩む。スキルを身に
つけなければと焦る。そんな若者たちがいた。一発芸のように突然坊主刈りにして、
会社の同僚から喝采を受けた。しかし、彼はそれを3ヶ月周到に計画したという。

「居場所」とは社会の中での存在感、アイデンティティーのこと。それが見つからない
原因は、子どもの時からの親の過保護、過干渉。笑われるのを承知で言えば、
私たちの世代の親は家族を食べさせるだけで精一杯、子どもは放りっぱなしだった。
子どもは自分で遊び仲間を探し、いじめ、いじめられながら、何とか自分の存在を
確保せざるをえなかった。そうしながら、自分とは何かを否応なしに知らされた。

ここの中学は自転車通学だが、雨の日は全員が親か祖父母の車で送り迎えを
してもらう。少子化と3世代同居、山間部特有の様子だろうが、私の息子たちが
通った時には考えられなかったことだ。篆刻は、「居」。祖先の霊を祭るため墓所に
居ること。いまは、祖父母と両親が揃って、子どもの居場所を見えにくくしている。
少子高齢化が、子どもたちの首を真綿で絞めている。未来は、あるのだろうか。

山、動く。(篆刻:山)

山
日経新聞の「文化往来」によれば、能登演劇堂での仲代達矢主演の無名塾公演
「マクベス」は、自然と一体になった演出で裏山の森が動く。バックの大扉が開き、
地元高校の演劇部やボランティアが木を持って舞台に前進してくるのだという。

小学校6年の学芸会で。担任の先生が私に、芝居を選んで演出せよ、と言った。
図書館で小学生用の脚本から選んだのは「杜子春(とししゅん)」。杜子春という
若者が手持ちのお金の多寡で友人が増えたり減ったりするので、人間に愛想を
尽かして、仙人に術を教えてもらうという話。場所は、洛陽門前の人ごみの中で。

杜子春が、梨の種を見るみるうちに芽を出させ、木にして実を生らせるシーン。
図書館の横に樫の木があったので、枝をいただいた。その枝を店の台に隠して、
驚いて観衆が覗き込む時に枝を出し、驚いてのけぞる時に見えるようにした。
それを2、3度やって、最後は実をつけた枝にすり替えた。こんなことにクラスの
皆がよくも付き合ってくれたと思うし、子どもながら上出来の工夫だとは思うが。
だからといって、この演出で講堂が割れんばかりの拍手に包まれた記憶もない。

篆刻は、75ミリ角の「山」「川」「草」「木」4顆セットのひとつ。仲代達矢は76歳、
私は63歳。山は動かせないが、石に想いを刻んで天に飛ばそうと、本気で思う。

もし、笑ったら。(篆刻:if)

if
NHKの爆笑問題の番組で、東京女子医科大学(早稲田大学連携)先端生命
医科学研究所の細胞シートをとりあげていた。心臓の細胞を培養した薄いシートを
何枚も重ねると心臓になる、という恐るべき研究。太田光が「人間つくれちゃうんじゃ
ないの」と気味悪がっていたが。その研究所のある場所は、元フジテレビだった。

このフジテレビに、大学1年の頃、アルバイトに通った。近所の日大芸術学部に
通うお兄さんから紹介された。仕事は視覚効果といって、水、雪、霧、風、火から
背景の電飾までが守備範囲。例えば「三匹の侍」では、太い竹をノコギリで切って
テグスで吊り、刀で切ったタイミングで離せば、ばっさり切られたように倒れる。
顔すれすれに飛ぶ手裏剣は、顔の横にテグスを張っておいて、ループを付けた
手裏剣を滑らせる、というような単純な仕掛けもやった。その「三匹の侍」のセットで。

ブルーシートを敷き、発泡スチロールの岩で囲って大きな滝のセットが組まれた。
流れる滝の水はスタジオの消火栓のホースで、その栓の開け閉めが私の担当。
滝の上の岩影でスタンバイする私の背中に、ぽんと何かが当たった。振り向くと、
三匹のひとりが私を見上げて、ニッコリと笑っていた。篆刻は、旧作の「 if 」だが。
もし私が笑みを返したら、彼によって、いまとは違う人間がつくられていただろう。

男子、厨房に。(篆刻:厨)

厨
私は、結婚以来、男子厨房に入らぬ主義を貫いているが、我が家の構造上、
厨房のある土間を通らないとトイレにも風呂にも行けない。カミサンが料理好きで
主義を貫いても支障はない。30代半ばに、広告代理店を辞めて、職業訓練校で
大工の勉強をしたときは、カミサンが友人の花屋を手伝いに行ったので、やむなく
炊事・洗濯・掃除をしたが、献立はカレーや親子丼の繰り返しでしのぎ通した。

さて、ふたり目の孫が予定より2週間も早く生まれて、カミサンは大阪に行ったまま。
残された私は、厨房に入らざるをえず、さりとてワザワザ買い物に行くのも面倒で、
冷蔵庫・冷凍庫にある食材でなんとかやり繰りした。豚肉の生姜焼きや親子丼は
まあまあの出来。ひき肉とナスを炒めたが、新しいスチーム・レンジで肉の解凍が
よく分からない。冷凍のひき肉をフライパンに入れて炒めてから、その後にナスを
入れたから、ナスが食べ頃になるまでにひき肉は粒つぶコリコリ。不味かった。

ヌカ味噌のキュウリだって、毎日素手でかき回して1本ずつ、文字通りに消化した。
篆刻は「厨」で、正字は廚(くりや)。尌は豆(とう)という足つきの食器を手で持つ形。
カミサンの留守も1週間ほどと分かっていたから、何とかマメに自炊もできたが、
男ヤモメは、やっぱり侘しい、味気ない。で、死ぬならばカミサンより先、と決めた。

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