2009年11月

テンテン、という猫。(篆刻:点)

点
猫の肉球と爪で「点」という字を書いてみた。猫のテンテンは、白い体に点々と
濃い灰色があるからだが、きょうの夕方、私とカミサンが見守るなかで亡くなった。

15年ほど前、カミサンが犬の散歩で小さな紙袋を拾った。中に生まれたばかり、
目も開かない猫がいた。大きさは百円ライターほど。獣医にミルクをもらってきて
スポイトで飲ませた。目が開いた時、ミルクをやっていたのが私だったから、私を
親だと思っていた。数年前まで、私の耳を吸ったから、耳たぶがカサカサになった。

テンテンは、自分が猫だと思っていない、自分は特別だと思っているようで、他の
猫に馴染まなかったし、お客さんにもなつかなかった。毛が印泥に入るので
仕事場に猫は入れなかったが、テンテンは許した。奈良から逗子へ越した時も、
テンテンと犬のトノは連れていった。狭いマンション暮らしがストレスになったようで、
毛を歯でむしった。リードをつけて公園を散歩させたが、ダメだった。奈良に帰っても
直らず、舐めて肌が赤く見えるほどになった。老衰で体力が落ちてからは、それも
出来ず、死んだ時は元のきれいな毛並みでいたのが、せめてもの救いだった。

仏壇の前に置いて、カミサンと般若心経をあげ始めたが、ふたりとも出だしで
息を詰まらせてしまった。明日の朝、仕事場の窓から見える場所に埋める。

LUCK、ふたつ。(篆刻:運)

運
これを幸運と言っていいものかどうか。Kという会社の新聞広告が、ある広告賞で
部門の3位になった。5年ほど前に始めたシリーズで、すでに小さな賞も貰ったが、
それを他の新聞に転載してのもの。新聞社は同じ原稿の再掲載でも、掲載料は
しっかりもらっている。我々の制作費は、このご時世だから当初の1回分だけ。
東京の受賞式に出席したが、新人コピーライターの頃の先輩がその部門の審査員
だったり、パーティーでかつての広告仲間に会えたから、やはり幸運なのだろう。

話は篆刻のホームページに変わるが。IBMのホームページビルダーでつくった
『篆刻の楽篆堂:田中快旺』は、新作を作るたびに更新して、作品ギャラリーとして
働いてくれているのだが。篆刻で検索していただいても、なかなかたどりつけない。
何とかしなければと考えているところに、Yahooの関連会社から電話があった。

その提案を受けて、新しく立ち上げたのが『篆刻アートの楽篆堂』という
新HP。しかも、これがJWordの「篆刻」というキーワードを代表するサイトとして、
きょうから表示されはじめた。ネット世界に無数にある篆刻関係のサイトを代表
するなどおこがましいが、無数の提案相手の中から何かの偶然で私が電話を
受けたのは、運。これを文字通りの"LuckTenDo"にできるかは、もちろん私次第。

雀、百まで。(篆刻:まごいずみ)

まごいずみ
恥ずかしながら、私は中学、高校で演劇部に片足をつっこんでいたことがある。
演劇部員が女子ばかりで、きっと大道具で困ったのだろう、男子がかりだされた。
中学では、『リヤ王』で何とか公爵の役でタイツをはいて舞台に立ったこともある。

そのときの部長M.E.さんが、まごいずみ。大学で英語を教え、翻訳をし、
脚本を書き、銀座の博品館などでひとり芝居も続けている現役の女優さんだ。
奈良にいて、その舞台を見る機会もなかったのだが、ついに大阪能楽会館での
公演、シェイクスピアの翻案喜劇(狂言)「フォルスタッフ(法螺吹衛門)」があった。
彼女は狂言師やオペラ歌手の中でたったひとりの舞台女優。多勢に無勢の中、
よく頑張って、文字通り狂言回しの大役を務めていたのは、見事だった。それよりも、
彼女が中学の頃から、演劇ひと筋の道を歩み続けていることに、頭が下がる。

お祝いに花束でもないだろうから、この篆刻をお渡ししたのだが。彼女のサイトを
見ても名前のいわれが分からないままで、何とかひらがなばかりの構成をしただけ。
むしろカミサンの作った袋の模様が「竹に雀」で、雀百まで踊り忘れず、への敬意。

10?12日が東京、13日が名古屋の公演で、HP掲載のお願いに答える暇もない
だろうから、新HP『篆刻アートの楽篆堂』に袋とともに無断掲載しちゃいます。

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