2012年1月

日本の、寒い話。(篆刻:寒)

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最近は、朝まで風呂桶に水道をチョロチョロと出し続けている。石油給湯器は凍結
防止のために、ときどき風呂の水を循環させてくれるのだが、取説により安全の
ためと書いてあったからだ。ところが1月29日、福島第一原発では汚染水浄化
装置や冷却装置の14ヵ所で水漏れが見つかったという。この影響で4号機の冷却が
2時間弱停止した。「東電は気温の低下で水が凍結して膨張し、配管のつなぎ目が
緩んだり破損したのが原因とみている。主要な設備の配管に保温材を巻く対策を
進めているが今回漏水が見つかったのは、まだ作業ができていない場所だった。」

奈良県北東部で並みの人間がやっている凍結防止が、東北・福島の原発でできて
いない。仮設住宅でも、いま壁や床に大慌てで断熱材を張っているという。たしか
避難所の目の前に仮設住宅が出来上がっているのに、仮設住宅の協会の検査が
済まないからという理由で、うんざりするほど入居を待たされたのではなかったか。
検査とはこの仮設で人並みの暮らしができるかではないのか。背筋が寒くなる話だ。

古代中国でうまれた「寒」という文字は、屋内の人が敷物の上で草を積んで寒さを防ぐ
ことだというのに。いまこの国では寒ささえも、まともに防げない。いま日本を覆って
いる閉塞感の根源は、「こうすれば、こうなる」という想像力のあきれるほどの欠如だ。

生き延びた、子どもたち。(篆刻:少年志気)

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朝食の最中に、いきなり「閉経」とか「セックスレス」の話が始まるNHKには面喰う。
どうも最近のNHKは変なのだが、それでも「クローズアップ現代」は、毎回ほとんどが
優れた内容だ。先日の「大津波を生き抜いた子どもたち」は30分の感動巨編だった。

あの3月11日、海から1キロほどにある釜石小学校の生徒180余人、その全員が
地震から30分後、15メートルの津波に襲われながら生き残った。糖尿で目の見え
ない祖母を連れて逃げた子がいる。義足の子は、友だちに命をあずけた。そうして、
すべての子どもたちは生き延びた。みんなはすでに下校していたが、外で働く親は
子を信頼して、探しに行かなかった。子も親の無事を信じて、自らの判断で行動した。

学校は常日頃から地震と津波には、とにかく高台に逃げることを教えていたという。
相手は自然だ、人が作ったハザードマップを過信するな。そんな教育が固定観念を
持たない子どものピュアな判断につながった。まずひとり一人がちゃんと生きること。
それがお互いの信頼の基本になる。結果として、守りあうことにつながるということだ。

今日の朝刊には、石巻市立の小学校で全校児童の7割が死亡・行方不明になった
ことを人災だったと謝罪した記事があった。子どもを生かすのも殺すのも大人なのだ。
篆刻は旧作「少年志気」。少年の志気を大人が妨げてはいないか。伸ばしているか。

寿信さんの、住所印。(篆刻:寿信)

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喜多村寿信さんの住所印には、往生させられた。弟さんからの依頼で「俳句を
やるので」と名前を彫らせていただいたのだが。まず、これに苦しんだ。自分では
80点をやっと超えたと思い、彫ったのだが。その礼状の住所印が素晴らしかった。
軽妙にして洒脱、しかも深淵。こんな住所印を持つ方に、あんな篆刻を送ったことを
悔いたが。「寿信」の印は、いずれ再刻させてもらおうと、自分の中で勝手な整理を
して。自分の住所印が無かったから、寿信さんの住所印を目標にあれこれ試みた。
結局は足元にも及ばず、「暮らしの手帖」まがいの書体でお茶を濁すことになった。

東京の個展に来てくださり、会社を退いたので「これは名刺代わり」といただいたのは
『刑事コロンボ』の文庫本。「翻訳:喜多村寿信」に、またまた驚かされた。CM界では
大先輩と聞いていたが、もうこれは敵わない。住所印は、ご自分で書いたものを
彫ってもらったと知って、ただ平伏するしかない。そんな寿信さんが暮れに亡くなった。

すっかり気落ちした弟さんに聞くのもはばかられるので、検索した。ちょうど私より
10歳上。レナウンの、あの名作CM「イエイエ」を手掛けている。大林宣彦の映画に
役者としても出て、演劇界でも活躍した多能の方だった。何で、そういう人が70歳
半ばでこの世界から消えてしまうのだろうか。消えてはいけない人が、消えていく。

見果てぬ、夢。(篆刻:日出男)

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森日出男さんは、うつ病が治った時にお世話になったアルチザンの社長だったが、
その会社とは上下関係が嫌いな森さんが考えだしたフリーばかりの株式会社だった。
家賃、電気代、事務員の給料など必要経費を引いた残りをそれぞれが給料として
取ってしまうので、会社の利益が毎年プラマイゼロ、税務署が困る変な会社だった。

焼き鳥屋で挨拶兼面接みたいなことをしたが、基本的に来る者は拒まず、去る者は
追わずだったから、森さんからはイエスもノーも聞いた覚えがない。森さんの紹介で
大きなプロジェクトをもらい、結局はそれを持って独立した時だって、良いとも駄目だ
とも言わなかった。森さんはまるで宮崎駿のアニメの、霧の森の中の湖のようだった。

でも、森さん。深く、広く、大きな湖のような心で、関わったすべての人を受け入れて、
何があっても許して、すべてを飲み込んだのだろうけれども。誰からも敬愛されて、
だからお別れの会にあんなに多くの人が集まったのだけれど。まだ70歳そこそこじゃ
ないですか。背中が痛いから整形外科に通ったのに治らない。あんまり痛いからと
近所の医者に行ったら、「大変だ」と病院に搬送されて、末期のガンだったなんて。

迷惑をかけたばかりで、何の恩返しもできなかった私が言うのもおかしいけれど、
人が善いのにも程がある。死んだら、あなたの夢も、見果てぬ夢になったんだから。

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