2012年6月

雑草を、刈る。(篆刻:雑)

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「雑草という草は無い」というのは昭和天皇の有名な言葉だが。5月27日の日経
新聞に、「岡山大学の資源植物科学研究所の野生植物グループが、雑草を中心に
野生植物の種を100年以上収集し、昨年11月末で約5500種、3万点を超えた」と
ある。この研究所の前身は大原奨農会農業研究所で、倉敷紡績の2代目社長
大原孫三郎が、ドイツに留学させた近藤萬太郎の進言で大正3年設立したもの。

私が制作したクラボウの企業広告シリーズ《やる可(べ)し、大いにやる可し》でも
果物王国岡山の基礎を築き、宇宙ステーションで大麦の発芽生育に世界で初めて
成功したことなどを紹介した。このグループによれば、雑草とは「耕地など人の手が
常に入る土地に意図せずに侵入して生える植物」をいうそうだが。私としては、以前
書いた農薬会社の人の「農業は反自然的行為の最たるもので、雑草や虫はそれを
元に戻そうとするごく自然なこと」という言葉を支持したい。百野草荘を名乗るから
には、雑草は嫌いではない。それでも止むなく、草刈という反自然的行為を、草刈機
という凶暴な機械で、土日で足らずに水曜日まで、汗水たらしてやっているのだが。

篆刻は「雑」。色彩のある織物を組合わせることから純の対語となったが。世界の
真の姿は雑多と混沌だと雑草を刈りながら想う、・・・なんていう余裕はまったくない。

拙にして、劣。(篆刻:拙)

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大飯原発のある大島半島は、剣道を初めた頃、夏の合宿で2回行った。小さな市街
から車で半島に入ると細い一本道。海添いの民宿に泊まり、大島小学校の体育館で
練習をした。ランニングは田んぼの間を走った。太刀魚の刺身をはじめて食べたが、
大きな漁港があるわけでもなく、半農半漁という感じ。大飯原発の操業開始は79年、
ちょうどその頃らしいが、原発反対の看板もなければ、原発で潤った様子もなかった。

政府は明日にも再稼働を決定するという。総理は安全とは原発ばかりでなく、国民の
生活、経済の安全を含む、ゆえに関西では大飯原発の再稼働が必要だと言ったが。

ネットで福井新聞の記事を読めば。国の原子力安全委員会が防災対策の重点実施
地域を半径30キロに拡大しながらも具体策は放置状態、事故のオフサイトセンターも
海抜2メートルのまま、国の防災道路の複線化整備の完成は8?10年後と、不安は
尽きることがない。にもかかわらず、県や町が再稼働を認めたのは、原発に依存する
しかない悲しさゆえの苦渋の決断だ。総理は「国民全体の安心のため地方の不安は
無視する」と言い切ったのだ。篆刻は「拙」。出は、人の足(止)とかかとの跡の曲線を
加えた形。大飯が再稼働に踏み出せば、他もなし崩しに再稼働になるだろう。政府の
やり方が拙劣と非難するのはたやすいが、問題の根はあまりにも深い。そして暗い。

またの名を、百椿荘。(篆刻:百椿荘)

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すっかり日本という国がいやになってしまった。だだ、情けない。怒りをここで書く気力も
なくなった。仕方ないから、罪のない「椿の話」でも書こう。息子の「遊」が無くなってから
カミサンが供養にと椿を植えた。この地区で名の通った椿の苗屋の、糊こぼし、西王母、
胡蝶侘助、白玉、草紙洗、待ち人、朴伴など30本ほど。土が悪かったのか、なかなか
花をつけなかった小磯なども咲くようになった。それまでに、ざっと10年はかかったが。

2008年の夏、椿の苗が300鉢もやってきた。炭焼きのクマさんの友人が引越した家の
庭に置き去りになっていたのを引き取った。私は、そんなに沢山どうするんだと、ただ
あきれて見ていたが。カミサンは、大学ノートに記録をつけながら、大きな鉢に植え替え
たり、雑草を引き、肥料をやりと、頑張った。欲しい方にもずいぶん差し上げた。それでも
鉢植えの限界で、枯れるものもあり、水やりで名札が飛んで名無しになったりし始めた。

おととしの春から、いくら何でも鉢では窮屈そうなものを地植えしはじめた。去年の春に
植えたものは、ほとんどが咲いた。気を良くして、斜面に道をつけ、野菜用の畑もつぶし、
この4、5月は30本ほどを植えた。詳細な測量地図を拡大して、椿マップをつくり、数を
数えたら130本あった。まだ地植えしたいのが20鉢ほどある。百野草荘、またの名は
百椿荘になった。150本の椿が満開になる日まで、あと10年は元気で生きなくっちゃ!

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