2013年11月

張莉さんの『「倭」「倭人」について』。その3 (写真:「漢委奴国王」印面)

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張莉(ちょうり)さんの論文『「倭」「倭人」について』の続き。さらに「邪馬臺國」の臺は
「堆」に通じるので台地にある国を示し、「その地勢は東高西低」の記述からは西に海、
東に山のある地形であり、北九州の伊都に接していたとあるから、それはおのずと
「邪馬臺國」九州説となる。また卑彌呼を「卑彌娥(ヒミガ)」とした文献に触れ、「娥」は
美しい女性を意味し「鬼道につかえ、よく衆をまどわす」という神秘性を表現した漢字
で、「娥」を音の表記だとすれば、卑彌呼の読みは「ヒミカ」と類推される、としている。

最終章は「倭国」と「日本」について。『古事記』『日本書紀』では「倭」と「日本」が元々
一系であることが前提だが。「倭国」は白村江の戦いの後に壊滅的な打撃をうけて
近畿大和勢力に併呑された。「日本」は、その近畿大和勢力が最初に名乗った国名で
ある。「やまと」は奈良地方を言う言葉。古事記での「倭」が日本書紀で「日本」となり、
ともに「やまと」と発音するのは、近畿大和勢力が自らの出自を「倭」の系統に当て
はめたからである。「倭」が「大和」に置き換えられたが、「倭(ワ)」を貴字の「和」に換え、
「大倭(たいゐ)」を意図して合成された。中国人の目と中国の文献からは「邪馬臺國
の卑彌呼」と「近畿大和勢力の日本」が同系統とはならない。以上が張莉さんの論文。

邪馬台国論争を延々と続けてきた日本の学者たちは、この説にどう答えるのだろう。

張莉さんの『「倭」「倭人」について』。その2 (写真:「漢委奴国王」蛇紐)

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張莉(ちょうり)さんの論文『「倭」「倭人」について』の続き。金印「漢委奴国王」の「委
(ゐ)」は蛇のうごめく形から生まれた文字で、委曲、うねうねと曲がる様を意味する。
中国南方や日本の倭人は蛇の入れ墨でその生命力を最大限に表現していた。この
金印と中国の雲南省で出土した金印「?王之印」の紐(印のつまみ)が共に蛇である
ことは、中国側が両地の集団を同じイメージで認識していた証しでもある。日本の
注連(しめ)縄は蛇の交尾を模したものという説もある。(張莉さんは「漢委奴国王」の
金印の一部の偽印説には一切触れておらず、文献とともに素直に受け入れている。)

張莉さんは「邪馬壹國」の「壹(イ)」は倭(ゐ)の表音だから「邪馬倭(ヰ)國」の意とし、
「邪馬臺國」は「邪馬大倭(タイヰ)國」の意と考え、「大倭國(タイヰコク)」が発音上
「タヰコク」になるのは自然とする。その「邪馬」とは、倭人が北九州を統一する前から
の北九州の呼び名で、邪馬壹國はかつて「ヤマ」と呼ばれる地方を制圧して新たに
打ち立てた倭人の国とする。「邪馬壹國」の壹が「邪馬臺國」となったのは、言われる
ような書き誤りではなく、二つの理由がある。第一に臺は臺(台)湾のように山島という
地理的状態を語るものであり、第二に臺は最も身分の低いものを表す言葉なので、
東南大海の中にある東夷の国「倭」にあえて「臺」という卑字を使った。(続く)

張莉さんの『「倭」「倭人」について』。(印影:金印「漢委奴国王」)

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奈良の出野正さんは正統の篆刻をされるが、去年春の三游会で私の篆刻を見て、
「知らず知らずに固定観念が出来ていた」と思われたそうで、今回も若い篆刻作家と
来てくださり、楽しい話ができた。出野さんの奥さんは張莉(ちょうり)さん。中国の方
だが同志社大學準教授として甲骨文・金文や『説文解字』を研究されている。今年
7月発表された『「倭」「倭人」について』という論文を出野さんからいただき、読んで
その明快さに驚いた。中国人だから日本の歴史への先入観はない。古代日本を
記した中国文献を漢字学によって素直に読んだ結果を述べている。以下、張莉さん
の論文の主旨を、出典や年号を省いて出来るだけ分かりやすく書かせていただく。

「倭人」のルーツは中国・長江の中下流の南側で、越に属した従順な民族集団だが、
呉越戦争、楚の進攻での越の滅亡、秦や漢の中国統一などで中国南部や現在の
ベトナム、ラオス、ミャンマー、タイに逃れ、またある者は朝鮮へ、朝鮮からまたは
直接日本へ渡った。それが稲作や高床式建物などを伝えた倭人であり、弥生人だ。

印影は後漢の光武帝から与えられた金印「漢委奴国王」だが、通説の「漢の倭の
奴の国王」ではなく、胸に入れ墨をする匈の人を卑下して匈奴と呼ぶように「漢の
委奴の国王」であり、百余国を統合した「倭人の国王」という意味になる。(続く)

「三游会」、三題。(篆刻:感謝)

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4日で終了した「三游会」。おかげさまで800人を超える方にお越しいただきました。

◎その中のおひとりがこの「感謝」の篆刻を見たら、体がじわーっと温かくなったと
まるで篆刻に力があったかのように言われたが。その方は数年前、交通事故で
相手を傷つけたことで長く苦しまれ、やっと以前の元気さを取り戻したから。感謝と
いう言葉をきっかけに、多くの方になぐさめられ勇気をいただいたことへの感謝の
想いが改めて大きくなったのではないか。言葉の持つ力、その起爆力を知らされた。

◎2日目の朝、会場に宅急便が届いた。開ければ日本酒、本醸造原酒・純米酒・
上撰の3本。ラベルのために篆刻を制作させていただいたのだが、商品撮影を
終えて、スタジオから直送してくださった。まだ発売前だから、篆刻の新作として
HPでの公開は出来ないが、ワインと自然食品に日本酒が加わり、篆刻のパフォー
マンス、その可能性を知っていただくことができた。きっとどれもが美酒のはず。

◎I君が元気な様子を見せてくれた。企業の広報担当、以前講師をしたコピーライター
講座で優秀な生徒だった。去年春の三游会ではマスメディアからカタログに担当が
変わって、少し落ち込んでいた。通信制の大学で勉強をはじめて、次の飛躍を目指す
と目が輝いていた。言葉の力、花や木の生命力が、多少とも助けになっただろうか。

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