2014年12月

餅花を飾る。(写真:夢風ひろば)

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以前、愛知県の足助(あすけ・狭川に近い笠置の戦いで後醍醐天皇を守った
弓の名手は足助重範)に行ったとき、餅花をつけた枝が土産物で売られていた。
紅白の餅花は正月飾りのひとつだが、昔は飢饉に備えての非常食でもあった。

「東大寺門前・夢風ひろば」の篆刻は楽篆堂作だが、そのステージの正月飾りを
ここ数年「花の会」がさせていただいている。メインはもちろん紅白の餅花。町の
店頭で見る餅花はほとんどが発泡スチロールだが、それでは値打ちがないから、
餅をついて持ち込み、レンジでチンしながら熱々の餅を総がかりで枝につける。
外人はもちろん日本人でも本物の餅花なんて珍しいから見物する方も多い。
枝が垂れるほどたわわに餅をつけた大きな枝を脚立に乗って青竹に差せば2階
の窓に届くほどの高さで、なかなかの壮観。この前で記念写真を撮る方もいる。

餅花の枝はヤナギ、カマツカなど年によって違うが山で伐らせてもらえる。真竹は
Oさんの竹林で、南天は業者にも出荷しているYさんの畑でと、地域の皆さんにも
支えられての正月飾り。始めはかなり大がかりな竹の造作で、友人の家具屋の
手も借りたけれど、最近は竹を使うポイントも心得て、メリハリがきいてきた。街中に
住んでいたなら、こんな大がかりなことは出来ないと、人に自然に感謝している。

 

半世紀前の、「若者たち」。(篆刻:若)

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森山直太朗がフジテレビ開局55周年記念ドラマ「若者たち2014」の主題歌として
「若者たち」をカバーしている。ドラマは見る気がしなかったが、本家のザ・ブロード・
フォーとまた違ういい味だ。50年前、まだ若かった自分を思い出してキュンとする。

大学に入ってすぐ、近所の日大芸術学部のお兄さんが自分の後がまにバイトを
紹介してくれた。フジテレビの視覚効果は、雨、風、雪、炭火、蛇口の水や街の背景
を豆球で灯す電飾などが守備範囲で、もちろんその手伝い。「三匹の侍」の滝の
セットでスタジオの消火栓を開閉した話は以前書いたが、「若者たち」の千葉ロケは
消防車で雨を降らせる大がかりなものだったので助っ人に呼ばれた。結局何をする
でもなく、銚子港で船が埋まるほどのイワシに目を丸くしたりと物見遊山のようだった。
メインの夜の雨のシーンは大原。雨に濡れながら演じたのは加藤剛と佐藤オリエ。
ホースで雨を降らせるのは地元の消防団で、ここでもすることがないが、終われば
大きな旅館に俳優もスタッフも一緒に泊まる。“あァ、あの佐藤オリエと同じ屋根の
下で眠るのだ”と若者の胸がときめく。知的なのに冷たくない。美人なのに庶民的。
若者である私にとって、佐藤オリエは3歳上の憧れのお姉さんだったのだから。

あれからざっと50年。何と半世紀。私の行く道は果てしなく遠い。だのに、なぜ・・・

音楽企画センターで、コマソンを。(篆刻:音楽)

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日経新聞の11月28日の訃報欄に「越部信義氏(こしべ・のぶよし=作曲家)21日、
脳梗塞のため死去、81歳。童謡「おもちゃのチャチャチャ」やテレビアニメ「パーマン」
「マッハGoGoGo」の主題歌を作曲し、「サザエさん」の音楽なども手掛けた。」とある。

他の作品を検索してみると「紅三四郎」、「みなしごハッチ」は「音楽:越部信義・
音楽企画センター」になっている。この音楽企画センターで、私は大学1、2年の頃
アルバイトをした。地方ラジオ局が盛んにコマーシャルソング・コンテストをしていた
時代で、その作詞をした。デュボア・ヘアブラシなら♪デュ、デュ、デュボア~♪とか
書いて、入賞すれば3千円だかの小遣いが貰えた。越部さんが音楽企画センターに
欠かせない存在らしいことは知っていたが、バイトごときに接点などない。「マッハ
GoGoGo」を作詞した伊藤アキラさんは宇宙人のような顔で優しくしてくれたが、そこに
居続ければコマソン作家になりかねない。若くて広告界への夢があったから辞めた。

越部さんは三木鶏郎の冗談工房に所属したし、野坂昭如作詞の「おもちゃのチャチャ
チャ」は日本レコード大賞童謡賞を受賞した。いまにして思えば、人生にタラレバは
ないけれど、音楽企画センターで作詞家になっていたら、テレビアニメの主題歌ひとつ
くらいは書いただろうし・・・いや、私は広告から篆刻へ、この道に悔いはありません。

 

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