2016年12月

店が、無い。(篆刻:店)

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約35年前、この狭川に越して来た時は肉と果物を売る店があった。村の宴会の
たびに、そこで肉を買い、野菜は持ち寄りでスキ焼きをした。肉など誰もありがた
がらなくなって仕出し弁当に替わった頃、その店は閉まり、店の家族は奈良市内に
出て行った。残った店はただ一軒で酒、タバコ、菓子などを扱う何でも屋だったが。

18歳になれば男女問わず免許を取る時代。車で量販店に行けば、ワンストップで
安いから敵うはずもない。宅急便、郵便、クリーニングと手を拡げてみても多寡が
知れている。夏の終わりに村の集会で「10月末で商品販売は終了」と伝えられたが
「地域でただひとつの店が無くなっては大変」、「出来るだけ買い物をしよう」などと
声を上げる者はなく、予告通り販売を終了した。タバコは在庫が無くなったが、酒は
棚に残ったままホコリをかぶっている。賞味期限が切れて、廃棄するしかないだろう。

かなり前に農協の支所は閉鎖され、ATMと精米機は残ったが、利用客が少ないので
撤去が決まっている。平成28年4月1日現在、狭川地区10町の世帯数は194で、
人口は444人。0~14歳は26人、15~64歳は215人、65歳以上が203人。人口は
10年で150人近く減っている。家族の平均は2.3人。田んぼだった土地に太陽光発電
のパネルが増えている。やっと3地区の真ん中に診療所が出来たのはニュースだが。

明るい篆刻。(篆刻:游心)

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遊が「親父の趣味は剣道も篆刻も屋根の下で暗い」と言ったことがあるが。その遊が
大きな空の下、広い鈴鹿サーキットで事故死したのだから、良かったのかどうなのか。
あの日から丸17年が、今日。晴れ男だった遊にふさわしく、今日も日差しが温かい。

剣道は教えていた小学生が3人しかいないのを機に10年ほど前にやめたけれど、
篆刻はもう40年近く続けていて、趣味から本業になった。確かにインドアの仕事では
あるけれど、それが暗いのか明るいのか。先日の三游会で、出野さんという本格的な
篆刻をされる方が、「あなたの篆刻には陽気がある」と言ってくださった。「ありがとう
ございます」と笑顔で答えたが、心の中では躍り上がった。私が目指している篆刻は
まさにそうなのだから。その漢字が生まれたときの物語をまず白川先生の『字統』で
読む。その物語をいま、この時に生かしてみたい。そう考えながら文字を見つめると、
伸びたがる線、曲がりたがる場所が見えてくる。素直にそうしてあげると、その漢字が
よろこんでいるように見える。そんな篆刻は見る人にも伝わるらしい。無理やり座棺に
押し込んだような篆刻には無い、明るさ、楽しさが生まれているはず、だと思うのだが。
「方寸(3センチ四方)の世界に(のびのび)遊ぶ」ことこそが篆刻の醍醐味なのだから。

遊もきっと上から見ながら、それを知っていると思う。「親父、楽しそうにやってるな」と。

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