2017年2月

余命、2~3年。(篆刻:メ)

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長く使っていたメガネがどうも見づらい。草刈りで傷もついたので、メガネのMで
検眼して新しいレンズに替えたのだが。夜、信号の緑が四方ににじんで花びらの
ように見えた。外の信号も見ながら再検眼してレンズを替えてもらったが、信号は
三角ににじむ。新聞の文字にも濃淡がある。Mはメガネだけの問題ではないので
眼科で検診をという。眼科は「白内障(水晶体が白濁)になっているから2、3年後
に手術が必要だが、メガネレンズ自体は問題ない。眼球とレンズのズレなどでは」
と差し戻しの判断だった。その足でMに行って結果を伝え、さらに検討してもらった。

対応してくれた店員も、夜の信号のにじみに苦しんでいて、あれこれ試行している
という。夜の信号だけにこだわって矯正すると日常に支障がでるというので、多少の
にじみは我慢することにした。もうひとつの新聞の文字は最適距離が35cmと近すぎ
ていたので40cmに変えたら濃淡も消えた。メガネはそれで一件落着せざるをえない。

篆刻では100分の何ミリかの違いでも印象が変わるから、近々両用のメガネに加えて
2.5倍のヘッドルーペを使う。しかも注文篆刻を年に150個、展示会の作品約30個も
あるから、加齢と酷使のダブルダメージ。篆刻は片仮名のメだが、あと2~3年でメの
短い線はどんどん伸びて、ついには×になる。余メー2~3年というお粗末な一席です。

私は、職人か。(篆刻:職)

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私の祖父は横浜・関内の洋家具職人。父は店舗のショーケースなどを作ったが
木工職人ではある。私は横浜生まれの三代目で浜っこだが、職人なのかどうか。

たまたま読み直した永六輔の『職人』(1996年、岩波新書)は、職人たちの名言、
迷言を紹介していて、どれもが言い得て妙だ。「職人気質(かたぎ)という言葉は
ありますが、芸術家気質というのはありません。あるとすれば、芸術家気取り
です」 「褒められたい、認められたい、そう思い始めたら、仕事がどこか嘘になり
ます」 「自分の評判なんて気にするんじゃない! 気にしたからって、何の得も
ない」 「嬉しそうにマスコミのインタビューを受けている職人は職人じゃありません。
職人は自分の仕事以外で気をつかわないものです」 「健康に気をつかってる
やつに、いい仕事はできません」 「プロとアマチュアの違いですか・・・アマチュアは
失敗をごまかせません」 「メシ喰う暇があったり、ウンコする暇があったら忙しい
なんて言うもんじゃねェ」 「職人で、自分で仕事の質を落とすってことは考えられ
ません。世間や客が質を落とせって言う場合が多いです」 面白いけど、笑えない。

さて、私は職人か。展覧会の作品は別だが、お名前などの注文篆刻では、希望を
充分に聞いて形で返したい。作風や流儀を押付ける作家ではなく、職人でありたい。

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