2018年9月

桃栗三年、柿三十五年。(篆刻:柿)

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庭で花や実を見つけて、「あ、こんなところに。写真を撮らなきゃ!」と思うのだが、
撮り忘れるだけでなく、それが何だったかが思いだせない。昨日も、そんなことが
あって、さっき篆刻を彫りながら、ふと思い出したのは、庭の「柿の実」なのだった。

柿がなって何が珍しいか。その柿の木は、ここに越してきてすぐ、子どもが小学校
高学年、柿を食べて種を飛ばして遊んだ、その種が育ったものなのだ。庭の右寄り
に生えたし単調さを破るアクセントだから、適度な高さで剪定し続けて、35年。花は
咲くけど実はならないと、あきらめていたのに、柿色の実があったのだから驚いた。
桃栗三年、柿三十五年! また忘れてはと、雨の中、傘をさして撮った。暗い写真を
パソコンで明るくして見たら、もう熟して割れも入っている。亡くなった遊の飛ばした
種か、弟の種かは判らないが、熟れて落ちるのも忍びないから摘んで仏壇に供えた。

今日は、亡くなった息子さんの名前を彫った篆刻を発送した。先日、納骨が済んで、
この28日の一周忌に仏壇に供えるという。名前を口にするだけで涙が出ると言い
ながら頼まれた篆刻だから、名前に込められたご両親の想いを私なりに形にしたの
だが、デザインをしながら何度か胸にこみ上げるものがあった。まだ1年に満たない
なら無理もないけど。日にちという薬もある。思いがけない実がなるかもしれません。

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