2019年6月

「天からの、贈りもの。」⑥「狭川の会」から、NPOへ。(篆刻:SAGAWA)

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忠一さんと運搬するS.Tさんの話は済んだけれど、肝心の受け入れる側・狭川の
方は、ちょっと単純ではない。2年前から有志が1ヶ月に1回集まって、狭川の今を
見つめ、未来を考える「狭川の会」ができて、私も参加している。農業部会の方は、
農業の現状をアンケート調査して、その結果を反映して「草刈りお助け隊」を発足
させているが、もうひとつの生活部会の方はなかなか活動テーマが絞りきれず、神社の
秋祭りに2回、子ども相手に金魚すくいをした程度。外孫と親はよろこぶけれど、その
孫が大人になって狭川に住む可能性はほとんどゼロ。また今年も金魚すくいが議題に
なったから、神社の主祭神・天手力男命にちなんで「腕相撲大会」を勝手に立ち上げ
ようとした矢先に、この巨木アートの話が降ってわいた、という次第なのだけれど、、、

狭川の会は、自治連合会長が発起人だが、自治会の組織ではない。ではないけれど、
自治連合会の意向は無視できないという。狭川の会で具体的なカタチは農地の草刈り
お助け隊だけで、発足したばかりだから続けるという。農地の草刈りと巨木アートによる
狭川の活性化が、組織として共存できるか。それは難しいし、ややこしい。巨木アートに
よる活性化が目的の独立組織として、NPO法人を立上げることにした。名前は九頭神社の
主祭神・天手力男命(アメノタヂカラオノミコト)にちなんで、「手力男(タヂカラオ)」。

「天からの、贈りもの。」⑤忠一さんを、見舞う。(篆刻:見舞)

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明日、ふじい忠一さんを病院に訪ねるなら、何をしたらいいか。まず、半紙に筆で
「やる木、げん木」と書いて、裏打ちして、適当な額にいれた。人の数倍のやる気で
巨木を曲げた忠一さんを、見舞い、励ますには、この言葉がいいと信じたからだ。
確認書がM.Kさんと私宛になっている。神社と自治会宛てに書き直してもらうより、
狭川の活性化に使うことをM.Kさんに認めてもらえばいいと「同意書」を用意し、また
「田中個人が譲り受けるのではなく、神社と狭川の活性化のためにいただく」との
誓約書も書き、捺印した。翌日、同意書にM.Kさんの判をもらい、病院に向かった。

病床で忠一さんは、私の話を聞きながら、ウン、ウンとうなずいてくれる。「ウンウン
じゃなくて、ありがとうでしょ」とM子さんがフォローしてくれる。同意書と確認書を
渡し、持参の額を手に笑顔で写真に納まってもくれた。忠一さんがリハビリに行った
ので、ロビーでM子さんと先客で友人という奈良の額縁屋・I.Kさんと話をする。
そこへ、大柳生の材木屋・S.Tさんから電話が入った。「いま、巨木をいただくふじい
忠一さんのお見舞いに伊賀上野の病院にいる。帰りに、そちらに寄って頼みがある」
と答える。S.Tさんは、私が狭川の家を買うとき、保証人代わりになってくれた人で、
ユニック付きのトラックでの巨木運搬を快諾してくれた。さあ、これで、準備は整った。

「天からの、贈りもの。」④氏子も、賛成する。(篆刻:氏子)

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狭川・九頭神社は宮司ひとりと、9町を3ブロックにした代表・氏子総代3人で支え
らえている。4人は、毎月1日、18日に月並祭を行い、運営について協議・決定し、
それを9町の信徒総代に伝えて、協力を依頼する。3月1日に宮司が巨木アートの
話を氏子総代にする。昼過ぎに宮司が来て、4人で現物を見たい、4日に行きたいと
言ってきたのだが。相手のあることとだし、自治会の都合もある。自治連合会長にも
来てもらって、2人の前でふじいM子さんに電話をした。4日で構わないと言ってくれた
ので、神社、自治会、出張所の総勢9人で伺うことをお願いした。さて、3月4日に。

案の定、誰もが巨木のすごさに圧倒された。せっかく人数がいるからと、主な作品を
撮影し、寸法も測って、記録した。帰り道にやぶっちゃ温泉がある。食事をしながら
感想を聞くと、「神社と狭川の活性化のためにいただこう」と全員の意見が一致した。

帰って早速T.Hさんに電話をすると、ちょうどいま、ふじい夫妻から郵便で確認書が
届いたといい、すぐにファックスをくれた。「巨木アート作品及び材木等を当方の要請
により無償にて譲り渡す」。忠一さんが震えながら、奥さんはしっかり捺印してくれて
いる。私がハシゴを外されることにならないようにと竹内さんが配慮してくださったこと。
奥さんにお礼の電話を入れると「忠一に会って欲しい、明日病院で」という急展開に。

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