2019年7月

「天からの、贈りもの。」⑧神社に、収蔵庫を。(篆刻:九頭神社)

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狭川・巨木ロードの中核は、天手力男命(アメノタヂカラオノミコト)をお祭りする
九頭神社。そこに巨木アートのメイン作品を新築の収蔵庫とともに置くこと。以前、
東部山間の地域おこし協力隊に一級建築士がいて、古民家再生をしたくて赴任
したが、退任したOさんを思い出して、収蔵庫の設計を打診した。彼はよろこんで
愛知から駆けつけて、素晴らしい案を出してくれたが。コンクリートの打ちっ放し、
意外性で注目されるだろうが、膨大な費用がかかる。断念して、次善の策を練る。

以前から気になっていた「板倉工法」。柱に溝を切って、横板を差し込む。さらに、
縦板を密着させると、防火構造になる。普通の木造の3倍の材木が要るために、
長野や東北など材木が豊富で、なおかつ土壁にし辛い寒冷地での工法なのだが。

まずはネットで「板倉工法 奈良」で検索してみると、工務店や建築士など、3件に
出会った。何はともあれと、メールで簡単な事情を伝えて返事を待った。翌日、中村
茂史という一級建築士から返事があって、明日は奈良の西ノ京にいるので、会って
話を聞いてくれるという。奈良で会ったが、とにかく九頭神社を見てもらい、夕方まで
話し込んだ。彼の息子さんが一条高校に通っているが、名前が「遊」と聞いて驚いた。
私の亡くなった息子も遊だから。板倉工法での設計をお願いする。快諾してくれた。

「天からの、贈りもの。」⑦狭川に、巨木ロードを。(篆刻:道)

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さて、手力男は巨木アートを使って、狭川をどう活性化するのか。まず、主祭神が
天手力男命(アメノタヂカラオノミコト)である九頭神社に収蔵庫を造って、巨木
アートを置く。九頭神社の御旅所である田部神社にも、置く。神社の向かいの丘の
上にある、空き家の旧幼稚園を市から借りて、残りの巨木を置いて「ふじい忠一
記念館」にしよう。出来ればここに忠一さんの道具やチェーンブロックなどを置いて
アトリエを再現しよう。しかし、これでは細長い狭川の真ん中に巨木アートが集中
するだけだ。奈良市内から来ても、笠置から来ても、真ん中だけを見てUターン
されたら、狭川全体の活性化にならない。そこで、奈良側の両町の県道添いの
桜の根元にも巨木を、笠置側の広岡町にも巨木を、それもベンガラを塗って雨や
日差しに耐えるようにして、モニュメント的に設置すれば、奈良から来た人は広岡
まで、笠置から来たら両町まで、巨木を見に足を延ばしてもらえるのではないか。

名付けて「狭川・巨木ロード」。これが狭川の太い背骨になれば、おいおい周辺に
点在する歴史スポットにもつなげていける。それで狭川全体の骨格が形づくれるの
ではないか。つまり、県道33号線(笠置街道)に拡がる狭川の両端を、ふじい
忠一の巨木アートでつなぐこと。手力男のやるべきことの基本は、これで定まった。

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