2019年8月

「天からの、贈りもの。」⑪自治会に、融資を依頼。(篆刻:資)

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旧農協の倉庫に巨木アートを運びこんだのは、4月29日だが。それに先立つ20日、
手力男は狭川の自治連合会に500万円の融資を依頼している。かなりの額の特別
会計が定期預金で眠っているので、狭川の活性化に使わせてもらいたい、もちろん
定期以上の金利で返済する条件での依頼なのだが。4月の10町の自治会長会議では
一部に抵抗があり、各町に持ち帰って意見を聞き、それを集約することになった。

5月の連休5、6日に、倉庫の巨木アートを実際に見てもらい、融資の賛否の材料に
してもらおうとした。自治連合会から各町の自治会長に公開を伝えてもらったのだが、
各町の自治会長の受け取り方や理解にばらつきがあって、公開が全住民には伝わら
なかった。それでも、2日間で約80人が見に来てくれて、驚いたり、写真をとったりした
のは、大成功と言える。しかし、融資の依頼が、各町、各人に混乱を与えたことは事実。

いくつかの町では、ほとんど全員一致で、融資も賛成だったが、やむなく融資の依頼を
取り下げることにした。結果的に、資金は須蒲(すがま)孝委員長が個人で立て替える
ことになるが、須蒲さんはそういう決断をしてくれた。須蒲さんは75歳、自治連合会で
副会長、会長などを長く歴任してくれた人で、狭川を何とかしなければならない、座して
死ねないと、手力男の委員長を引き受けてくれた。余命を懸けても、という気迫だった。

「天からの、贈りもの。」➉農協倉庫に、巨木を。(篆刻:農)

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市から旧幼稚園を借りる要望書の返事が無いまま日が過ぎていく。藤井雅子さん
からは、出来れば早くという話なので。狭川のちょうど中間、県道33号線(笠置
街道)に面して奈良県農協の旧狭川支店がある。奈良寄りの東里支店に統合され、
空き家のまま10年以上経っている。農協は、ここは貸さないと一貫していたのだが、
6ヵ月、倉庫を巨木の仮置き場にと頼み込んで、月1万円で契約することができた。

4月29日、ユニック(クレーン)付きのロングボディのトラックが借りられて、いよいよ
巨木アートを島ケ原から狭川に運ぶ大作戦を決行する。木製品を大事に運ぶプロ
の米田さんと中棹さんが布団と毛布を持って来て、杉ヒノキの山仕事が得意の奥田
さん、中村建築士、私の5人が9時前に狭川を出発。ふじい宅の入口で、トラックを
停めるのに手こずったが、主な巨木アート6点は全員がチェーンブロックで台車に
積み、トラックまで引っ張り、ユニックでトラックに荷台へと、思った以上にはかどった。

トラックの運転手は、カーブを曲がりながら「5トン以上あるな」とつぶやくが、笠置の
大橋が見えた時は、「いよいよ巨木が奈良に来た」と感無量だった。笠置を抜けて、
県境の広岡から農協へ。農協の前ではたくさんの人が出迎えてくれる。トラックから
下ろし、倉庫へ、皆も手伝ってくれて、1時前には搬入が済んだ。巨木は狭川に来た!

「天からの、贈りもの。」⑨幼稚園を、借りたい。(篆刻:幼)

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旧幼稚園を記念館として借りるための、市への要望書。冒頭の「狭川地区の現状」。

①住民の減少と高齢化によるあきらめの蔓延
・狭川10町では、住民の減少と高齢化が進行し、外部からの流入はほとんどあり
ません。・「狭川の会」の農業実態調査でも、狭川の農業は10~15年で消滅する
のではないかと危惧される状況です。・秋の運動会では、転出した子ども、孫などが
驚くほど多く集まります。また、「狭川の会」が神社の秋祭りで行った「金魚すくい」は
2年目でかなりの転出した親子が来て、よろこんでくれました。・しかし、そんな彼らが
狭川に戻り、住んでくれる可能性はほとんどありません。何をしても無駄、狭川は静か
に滅んでいくだろう・・・皆がそう考え、あきらめているのが、ここ狭川の現状です。

②立地が不便、知名度がない、特産品もない
・狭川は市の北東部のドン詰まり、外から来るのはゴルフ客ばかり。・狭川といえば
「東大寺の狭川さん?」と答えるのは、ましな方。・柳生や月ケ瀬のような知名度も
特産品も無い。ほとんどが年金での農業で、田植えや稲刈も昔のような家族総出は
珍しく、ほとんどが一人での農機作業。先祖代々の土地だから辞められないのです。
それでも、他地区にある「共同で営農」という動きは、狭川ではみられません。

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