花の会

「無心」に咲いた。(篆刻:無心)

20184914355.jpg
平成6年から、春、翌年の秋、翌々年の春と3年に2回続けた「三游会」が昨日、
第17回で終了した。野の花と遊ぶ「花の会」、陶芸の尾崎円哉さんと楽篆堂の「三」
だったが尾崎さんが事情で途中から抜けて、実質的には「二游会」になったけれど。
最終回は「無心」。大額の篆刻「工夫は平生にあり、席に臨んでは無分別」さながら
花の会の皆さんは開花の不順にも動じず、百野草荘の桜や椿に助けられ、尾崎さん
の花器に見事に活け切った。篆刻は新作、旧作を含めて約25点を「無」で統一した。

案内はがきに“最後の”三游会と書いて、皆さん驚かれたようだが、受付でお渡しした
お礼の言葉のとおり、大規模な野の花の発表はほとんどの花を野山から活けるだけ
いただくため、メンバーの高齢化、野山の環境の変化で、これ以上は難しいという判断
をした次第。25年近く、本当にたくさんの方々にご覧いただき、また事故もなくやって
来られたことを感謝しつつ、共同展としての三游会は幕を下ろしました。本当に有難く、
改めてお礼申し上げます。ただ、篆刻の楽篆堂は、花のような生ものではなく、石が
相手の仕事だから、まだ頭と手が元気なうちは、あと何回かは発表をするつもりです。

この3日間、これまでの1.5倍の方々とお会いしたけれど、不思議と疲れていない。
額装の篆刻のように「桜、必死に咲けば、散って悔い無し」。本当に有難うございました。

豊かな「三游会」。《篆刻:豊》

2016114123433.jpg
春、翌年の秋、翌々年春と3年に2回続けてきた楽篆堂と花の会の共同展「三游会」。
16回目《豊》は10月28~30日、千人近く、おそらく最多の方々にご来場いただいた。

花の会は夏の気候で心配もあったが、自然の生命力に助けられ、改めて野山の恵みに
感謝を深くした。楽篆堂は今回初めて花が中心の1、2階に花にちなんだ篆刻を置いて、
遅ればせながら花と篆刻のコラボができた。中2階は篆刻メインで、「人生七十古来稀」
から始まり「生狐死独」などを経て「天高気清」までの構成を試みた。篆刻教室天の会の
皆さんの作品をパネルに、技能賞、敢闘賞の2人の作品は額に入れてご覧いただいた。

『こわくてゆかいな漢字』を出版し、大阪教育大学の先生をされている張莉さんが生徒たち
と来てくださり、その若者が「大変楽しい、可愛い、創作意欲を刺激された」と言ってくれた
のはとてもうれしかった。また、ある方は奥さまが三游会に毎回のようにお越しになって
いたが亡くなってしまった。案内ハガキが奥さまの名で届きうれしかったと芳名帳に連名を
書かれたが、翌日また遺影を胸にしながら、作品を見せてくださっていたのには心を揺さ
ぶられた。続けて良かったと思った。大阪、京都、兵庫、和歌山、三重、名古屋からも来て
いただきながら、ゆっくり話も出来なかった方々、お許しください。ありがとうございました。

次は平成30年の春。老骨に残りし花こそ誠の花・・・、どんな花を咲かせられるだろうか。

遊にも、有り難う。(篆刻:羊角紋瓦当「有難」)

2015411144213.jpg
第15回三游会《和気(わき)》がお蔭様で無事終了した。名勝・大乗院という新しい
会場で、晴れたのは2日目の午後だけ、雨が降ったりしたのに、いつもと変わらぬ
大勢の方々に遠方からもお越しいただきました。誠に有り難く、お礼申し上げます。

篆刻は彫って押して額装・軸装したのを並べるだけ、強いていえば大乗院の階段が
シンドかったけれど。花の会は皆で活けるメインの桜の開花が早すぎて染井吉野に
なった。活け込み前日は雨で、私が桜に登って伐ることになり、土間に下がっていた
レインウエアを着たのだがポケットにあった紙に驚いた。タイヤの納品書で1999年
12月5日、レース名は鈴鹿サンデーロードレース最終戦、遊のサインもある。という
ことは、あの日着ていたのだろうか。15年も気がつかず三游会の準備で見つけるとは。

遊のレース友だちだった濱口喜博さんが三游会に来てくれたので、この話をしたら彼も
不思議がったが、その後彼にも不思議なことが起きた。駐車場に停めていた彼の車の
エンジンがかかっていたというのだ。当然ドアロックしてありキーレスなのでエンジンを
切らないとロックできない車なのに。遊が挨拶代りにイタズラをしたと思ったそうだ。
会場の桜は途中で散ると思ったが3日間頑張ってくれた。三游会の案内ハガキは
最初から15年前までは遊がデザインしてくれていた。改めて遊にも有り難うと言おう。

 

世尊院から、大乗院へ。(篆刻:足下楽土)

2015716182256.jpg
このところずっと4月3~5日の「三游会」の作品デザインにかかりきりで、このブログが
お留守になってしまった。2/3ほど出来たので、ひと息ついて、会場の話を。野の花と
遊ぶ「花の会」と楽篆堂の共同展は、ちょうど20年前、平成6年4月に国際奈良学
セミナーハウスの旧世尊院を会場として、春と秋、3年に2回のペースで行ってきたが。

そのセミナーハウスが3月31日で閉館になる。周辺の知事・副知事公舎、吉城園など
一帯を再開発するためだが、奈良の一等地なので現状ではモッタイナイというばかりで、
それ以上の方向性はなく、業者からの提案待ちというお寒い話らしい。こちらも世尊院に
代わる会場を探さざるをえなくなった。結局決めたのは奈良ホテル南の名勝・大乗院。
近鉄奈良駅からの距離は倍ほどになるが、1万3千平米の庭の向こうには奈良ホテルの
屋根が見える。我々が使うのはその和風の文化館で大きな和室が二つで、茶室もある。

大乗院は平安時代に創建された興福寺の門跡寺院だが、我々が住む狭川は室町時代、
この大乗院の荘園領地だったことがあるから、これも有り難いご縁とよろこんで、新しい
会場を野の花と篆刻で十二分に活かしきってみたい。篆刻は「足下楽土」。その立つ
足もとこそが極楽なのだから。自然に恵まれたこの狭川こそ我々の極楽、大乗院も極楽と
思いを定めて、さあ、残りのデザインにとりかかろうか。あと、10点以上は頑張りたいな。

 

餅花を飾る。(写真:夢風ひろば)

2014122914659.JPG
以前、愛知県の足助(あすけ・狭川に近い笠置の戦いで後醍醐天皇を守った
弓の名手は足助重範)に行ったとき、餅花をつけた枝が土産物で売られていた。
紅白の餅花は正月飾りのひとつだが、昔は飢饉に備えての非常食でもあった。

「東大寺門前・夢風ひろば」の篆刻は楽篆堂作だが、そのステージの正月飾りを
ここ数年「花の会」がさせていただいている。メインはもちろん紅白の餅花。町の
店頭で見る餅花はほとんどが発泡スチロールだが、それでは値打ちがないから、
餅をついて持ち込み、レンジでチンしながら熱々の餅を総がかりで枝につける。
外人はもちろん日本人でも本物の餅花なんて珍しいから見物する方も多い。
枝が垂れるほどたわわに餅をつけた大きな枝を脚立に乗って青竹に差せば2階
の窓に届くほどの高さで、なかなかの壮観。この前で記念写真を撮る方もいる。

餅花の枝はヤナギ、カマツカなど年によって違うが山で伐らせてもらえる。真竹は
Oさんの竹林で、南天は業者にも出荷しているYさんの畑でと、地域の皆さんにも
支えられての正月飾り。始めはかなり大がかりな竹の造作で、友人の家具屋の
手も借りたけれど、最近は竹を使うポイントも心得て、メリハリがきいてきた。街中に
住んでいたなら、こんな大がかりなことは出来ないと、人に自然に感謝している。

 

「三游会」、三題。(篆刻:感謝)

20131112134435.gif
4日で終了した「三游会」。おかげさまで800人を超える方にお越しいただきました。

◎その中のおひとりがこの「感謝」の篆刻を見たら、体がじわーっと温かくなったと
まるで篆刻に力があったかのように言われたが。その方は数年前、交通事故で
相手を傷つけたことで長く苦しまれ、やっと以前の元気さを取り戻したから。感謝と
いう言葉をきっかけに、多くの方になぐさめられ勇気をいただいたことへの感謝の
想いが改めて大きくなったのではないか。言葉の持つ力、その起爆力を知らされた。

◎2日目の朝、会場に宅急便が届いた。開ければ日本酒、本醸造原酒・純米酒・
上撰の3本。ラベルのために篆刻を制作させていただいたのだが、商品撮影を
終えて、スタジオから直送してくださった。まだ発売前だから、篆刻の新作として
HPでの公開は出来ないが、ワインと自然食品に日本酒が加わり、篆刻のパフォー
マンス、その可能性を知っていただくことができた。きっとどれもが美酒のはず。

◎I君が元気な様子を見せてくれた。企業の広報担当、以前講師をしたコピーライター
講座で優秀な生徒だった。去年春の三游会ではマスメディアからカタログに担当が
変わって、少し落ち込んでいた。通信制の大学で勉強をはじめて、次の飛躍を目指す
と目が輝いていた。言葉の力、花や木の生命力が、多少とも助けになっただろうか。

救いの、桜。(篆刻:なじょにかすっぺ)

2016728163741.gif
三游会は、篆刻の楽篆堂とカミサンが主宰する「野の花と遊ぶ、花の会」の共同展。
篆刻の方はアルミフレームのビスが届いてひと安心だったが。花の方はそれどころ
ではない。余りの寒さに、花のメインになる大壺用の桜が堅く小さな蕾のままだった。
案内ハガキの写真も青竹に桜だから、来られる方も桜に期待されているだろうに・・・

自称「百野草(ものぐさ)荘」の我が庭には、染井吉野から実生の山桜まで12本ある
のだが。ワラにもすがるような思いで毎日見上げたのは、早咲きの伊豆・河津桜。
その祈りが通じたのか、搬入・活込みの前日に2、3輪が開花した。庭の大壺に
切った枝を挿して翌朝運ぶ段取りだったが。朝見て驚いた。咲いた桜に霜が降りて、
真っ白。最悪、違う枝を切って活け替える覚悟で会場に運んだ。ありがたいことに、
その日は晴れて暖かかったので、活け終えて帰る時には、開いた花は生き返り、
他の蕾も開きはじめていた。翌初日は1分咲きになり、中日は3分、最終日は5分
咲きと絵に描いたような展開。氷室神社の奈良一番桜さえ咲いていないのだから。

百野草荘のご神木にしたいくらいの河津桜はカミサンがスーパーの花屋で買った苗。
カミサンは心からの感謝を込めて陸前高田の「桜ライン311」に募金を送った。篆刻は
今回出品した東北復興の合言葉「なじょにかすっぺ」。なじょにかすっぺで、桜も咲く!

鹿と、蛭(ヒル)。(篆刻:蛭)

蛭
先日、カミサンの「花の会」が花を摘みに行くので、運転手を兼ねてついていった。
おかげで名残りのササユリが一本あって、花のいちばんいい状態が見られた。
その奥の道には、「鹿が入るので必ず閉めてください」と書いたネットの扉が
あったのだが、昼間は農家の軽トラが通るからか、開いたままになっていた。
その先の湿地の笹の中には、私の好きなカキランがちょうど満開だったので、
何ともいえないオレンジと紫の花のアップをデジカメで撮ることができた。

ところが帰って昼の食事中、足首から血が出ている。ズボンの裾をめくったら、手の
ひらほどにベッタリと血が付いている。ミミズの皮のようなものもある。これはヒルに
違いないと血を拭いたら、確かに3ヶ所から黒っぽい血が出ていて、いくら拭いても
止まらない。1ヶ所はバンドエイドでも止まらないので、きつく包帯を巻いたほどだ。

WEBで調べたらヤマビルで、大型動物が近づくと体について血を吸うのだが、
血を固まらせない麻酔成分を出すので、痛さも痒さもないという。全国で鹿が増え、
ヤマビル被害も増加中とか。奈良公園の草ヤブから男女が血まみれで出てくる、
という笑えない話もある。篆刻は漢方薬のゑびやさん依頼の「水蛭」の部分。
しかし、私の血を吸ったヒルに言いたい。私は鹿ではなく、馬鹿なのだぞと。

三蔵法師の、声。(写真:薬師寺・花展ポスター)

2016728182741.jpg
カミサンが主宰する「野の花と遊ぶ 花の会」が、薬師寺玄奘三蔵院で花展を
させていただいた。4月6日から13日まで、雨あり風ありの長丁場だったが、
無事に終わることができたのは三蔵法師さまが守ってくださったからだと思う。

無事ではあったが、2日目に椿事が出来した。朝一番で行ってくれた当番さんの
電話で。「昨日、お客さまから看板の展の字が違う。薬師寺ともあろうところで、
間違った字を掲示するとは何たることか」と注意されたというのだ。書いたのは
私。篆刻の個展前のあわただしい時に書いたのだが、ぶっつけ本番で、2枚を
実に気持ちよく書けた。「花展」と書いた時は、少し字がうまくなったようにも感じた。

さて、書き直すかどうか。結局は7日間そのままにしておいた。それを指摘
する方も、その後はいなかった。まじまじと看板を見つめる方に、字の間違いが
ありますがお分かりになりますか、と聞いたけれど分からなかったのだし。

「字なんてそんなものです。一点、一画をおろそかにせず書くなんて、小学生の
テストだけです。文字ばかりでなく、言葉だってそんなものです。文字も言葉も、
都合がいいから使っているだけで、それ自体は真実でも本質でもないのです。」 
1347巻ものお経を漢字に翻訳した三蔵法師さまの、そんな声が聞こえた。

在るが、まま。(篆刻:在)

在
1月半ばから屋根、トイレの水洗、犬走りのモルタルと、工事が月末まで続いた。
家が小ぎれいになったら、いままで気にもしなかったあれこれが気になって、
センサーライトだ、庭の井戸用の蛇口増設だと、ちょこちょこ手を取られてしまった。

あと1ヵ月ほど、3月27日から三游会だというのに、作品がほとんど出来ていない。
お尻に火がついて、土日に急に作品を増産しかけたら、右腕が痛んで、無茶するな
と苦情を言いはじめた。腕はすこし休めて、指を使って、久しぶりのブログです。

三游会は、篆刻は楽篆堂・田中快旺ひとりだが、「花の会」の皆さんはグループ。
その「花の会」が、今回はかなり自立的に企画構成をするという。ただ、花は、
やはり野にあるようにだし。いままで以上に、ひとり一人の個性が、あるがままに
形に表れるだろうと、テーマは「在るがまま」にした。篆刻は、その「在」。

在は、神聖を示す木の標識「才」と王などの身分を表す聖器である鉞(まさかり)の
「士」で、神聖の地、神の在る所を示す、結構な文字なのだが。私の場合は、
ちょっと屋根の工事があったりで、あんまり作品が出来ませんでした。これも、
私の在るがままでして・・・という言い訳、居直りの言葉になりそうで、恐いけど。
さぁ、この1週間で、どんな「在るがまま」が生まれるのか。自分でも、楽しみ。

ページ上部へ