社会

アスナロは、よろこんでいるか。(篆刻:木)

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以前、奈良公園のホテル建設反対に賛同した“Change.org”で、世界一のクリスマス
ツリーPROJECTを知って、唖然とした。富山県氷見市の樹齢約150年のアスナロを
神戸メリケンパークで、クリスマスツリーにするという。なぜ、そんなことをするのか。

生きた木では世界一だとか、阪神淡路震災の鎮魂だとか、生田神社の鳥居にする
予定だとか、フェリシモが木のグッズを販売予定(その後中止)だとか、ワイヤーに
付けたプレートの数でギネス記録を狙うとか、とにかく意図や動機が支離滅裂なのだ。

発案者の西畠清順氏はプラントハンターで、樹木のプロ。昨夜のTBS「情熱大陸」が
20周年記念番組としてこの木を選ぶ段階から記録していたから、番組企画というのが
丸見えだった。「人の心に植物を植えつけたい」「信じているのは植物の力だ」「命の
大切さを伝えたい」「大きな存在感を多くの人に伝えたい」。彼が言葉を重ねるたびに
やっていることとの矛盾が大きくなる。会場では多くの人が感動しているようだが、
“Change.org”では中止を求める人が2万人を超えた。何事にも賛否はあるだろうが。
私が知りたいのは、この巨大な植木鉢に入ったアスナロは生きているのか死んでいる
のかだ。もっと知りたいのは、海の寒風に吹かれながら、この木がよろこんでいるか
悲しんでいるか。葉加瀬太郎の後ろでライトアップされた木は泣いているように見えた。
 

東芝に、勝った。(篆刻:勝)

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東芝ノートパソコンのメイン基板を2回も修理交換したことまでは前回書いた。

それから2、3日でまたスタートアップしない。東芝は電話でセーフモードで
しか起動できないという。もうこのPCは信用できない。主なデータを外付け
ハードディスク(HD)にバックアップするというと有料サポートを紹介された。
遠隔でバックアップする間に、担当者が「過去の警告やエラーを見てみます。
これで“ディスク”が出るとマズイです」といって調べた結果は「HDに問題
があるので初期化してもデータは戻せません」。ひと通りバックアップしてから
新しいPCを買いに行く。メール設定など新PCが使えるようにして東芝に電話。

また回収で、結果はHDのトラブルが過去70回以上あったという。最初にHDが
OKだったのはテスターが読込みだけで書込みは調べないからだと呆れた話をする。
「HDを無料交換することで許してほしい」というが、もうPCを買っているし、
最初にメイン基板もHDもダメと分かれば修理しなかったと強硬に主張。最初の
50,265円は返金するが、バックアップの5,400円はお願いしたいという。最初の
ミスを認めての返金ならその途中も無い話だと、さらに主張。結局支払いゼロを
認めさせたが。真夏の怪談話でなく、こんな会社が原発を製造しているのは事実。

『都会を滅ぼせ』は、正しい。(篆刻:滅)

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毎日新聞で倉本聰さんがコラムの最終回で『都市を滅ぼせ』(中島正著・双葉社)
を日本人必読の書と言っていたので、読んでみた。以下、順不同で抜粋する。

「都市を滅ぼさないと人類が滅ぶ。都市はあらゆる公害の元凶で、諸悪の根源」 
これが前文。「どんな田舎も二次・三次産業があり、その従事者が住んでいれば、
そこは都市」「近代化は都市化であり、便利、贅沢、安逸の追求、繁栄への進歩」 
「都市は貨幣経済の魔力で拡大する」「都市は活動のため森林、農地、農業人口、
農産物、海岸、水産資源、エネルギー・金属資源、酸素・水、電源、水源を収奪し
破壊する」「収奪して使用の後、二酸化炭素、排ガスとなり、オゾン層を破壊し、
汚排水とゴミを出し、それでも商品は氾濫し、過剰サービスを生み、ついに戦争の
元凶となる」 では、真の革命は。「都市の解体=不耕貪食の解消」しかないという。

都市を滅ぼす方法は安藤昌益の「万人直耕」、福岡正信の「国民皆農」だが、彼は
搾取機構の国家を認めないので「民族皆農」、大自然の掟だけを唯一の規範とした
縄文時代のごとき自然循環型有機農業だという。農具は野鍛冶による鎌一本だけ、
自給自足の耐乏型孤高の人間が世に満ちれば革命は成立する。「人々よ、都市
は滅ぶとも人類は滅ぼしてはならない」という主張は、すべて正論で反論できない。

我が身を、灯明に。(篆刻:燈明)

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映画が終わって、ほとんどの人が熱く拍手をしたけれど。私は、勇気ある監督を
讃えたかったが、提示された事実が重すぎて拍手できなかった。題名は「ルンタ」。

チベット人の焼身抗議の実相に迫るドキュメンタリー映画で、監督は池谷薫。案内人・
中原一博は自ら建てたルンタハウスで、チベットで拷問を受けた後にインドに逃れた
元政治犯に学習・就労の支援をしている。2009年に焼身抗議が始まると、ブログの
チベットNOW@ルンタ」で焼身者の詳細なリポートを送り続けている。チベット人が
抗議するのは中国の圧政と弾圧で、奪い取られた伝統文化と信仰生活、言語教育
政策、遊牧民の定住化、資源採掘の環境汚染、住民の移動制限など数えきれない。

2016年3月、焼身抗議者は内地(チベット自治区)の144人、外地(インド・ネパール)
の6人で150人を超えた。僧侶、中学生、名前も判らぬ老女・・・ 中国政府は焼身
をテロと呼ぶが、他の誰も傷つけず自らに火を放つ行為はテロではない。しかも、
ほとんどの焼身者は詩のように透明な遺書でも、弾圧者を非難せず、自らを灯明と
することで世界の平和、ダライラマの長寿と帰還を願って死んでいく。この徹底的な
非暴力、圧倒的な不服従の意思を支えるのは、やはり信仰なのか。神の名を借りて
自爆テロを続ける集団の対極にチベット人がいる。「格子なき牢獄」の中になのだが。

※「ルンタ」とは、経文を印刷した魔除けと祈りの旗。中央には「風」「速さ」を象徴する
馬が描かれている。

WINDOWS 7に、戻す。(篆刻:戻)

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くどいようだがWINDOWS10バージョンアップの続き。SDカードを認識しないに続いて、
音が出ない、音楽CDも取込めないことが判明。マイクロソフト(MS)の電話は通じない
から、ダメ元でPCメーカーの東芝にメールした。返事は「この機種はWIN10に対応して
いない。7に戻せ。10のままだとサポートもしない」というので、驚いた。MSは10にしろ
と急かせるし東芝はダメという。この業界は根っから狂っているが、PCは不可欠だから、
東芝の言うようにしたら20分ほどで7に戻った。不具合はゼロ、ストレスもゼロになった。

ところが、このドタバタの最中、MSのプレミアムサービスが自動更新され、約15,000円が
支払われてしまった。365日24時間、技術のプロが迅速な対応という有償サービスだが
2回ほど利用して、その後電話がいつもつながらず放っておいたもの。MSのサイトを
探しまわって「チャットで質問」を見つけた。そこでやっとプレミアムサービス用の専用電話が
判った。電話はすぐに通じて、WIN10の惨状を話す。自動更新でお金は取るのに、電話は
つながらない、解約したいと言ったら素直に応じた。電話の向こうは疲労困憊の様子だった。

「戻」は元、戸と「大」ではなく「犬」だった。戸の下に犠牲の犬を埋めて呪禁とし、これを
侵せば罪となること。MSといえども、10に対応していないPCに侵入して10にしろと
いうのは大きな罪ではないか。メディアがやっと問題にしはじめたが、遅すぎる甘すぎる。

スマホが、叱る?! (篆刻:叱)

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去年、一日篆刻教室に来たお母さんが1歳半の子を連れてきた。最初は少し騒がし
かったけれど、突然静かになった。見ればお母さんのスマホの幼児用らしいアプリで
夢中で遊んでいた。そんな使い方もあるのかと感心したが。そんなことは序の口で、
「おにから電話」がアプリランキングで子どものしつけ、子育て部門の第1位だという。
「おに」は鬼で、言うことをきかない時、寝ない時には、鬼などが叱ってくれるらしい。

私だって「言うことを聞かないと鬼が来る」と言われた記憶もかすかにあるし、秋田の
なまはげは「悪い子はいねが~」と入って来る。探偵ナイトスクープでも《ガオーさん》に
扮したタレントが現れた。それと同じなのか、どうか。いやいや違うでしょ。鬼が来ると
言うのは親、なまはげやガオーさんは親が人に依頼している。ただ子どもにスマホを
見せるのとは違う。将来、子を叱るためにロボットを買いそうな親がいるのは恐ろしい。

このホームページはスマホに連動していたが、小さな画面のスマホ用に構成を作り
なおした。チェックのためにスマホが要るかと思ったのだが、パソコンでスマホの
画面を見る方法を教えてもらったから、替える必要がなくなった。ケータイにしても、
デスクに置いたままで、仕事が終われば電源も切っている。私もカミサンも、ずっと
ガラケーのはず。孫だって、自分で叱りますよ。(甘いから叱りはしませんけど・・・)

マムシ、溺れる。(篆刻:溺)

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またまたヘビの話で恐縮だが。カミサンが「金魚の池にヘビがいる!」と叫んだので
行ってみれば、マムシが仰向けで死んでいた。最近、マムシを見ないと思っていた
のに、台所の勝手口から2メートルほどだから最接近といえる。早速、溜め池の回り
や上の土手の草を刈って見つけやすいようにはしたが。ヘビを火バサミでつかんで
農業用水に逃がせば泳いでいく。泳ぎの上手なはずヘビが溺れて死んだのだろうか。

検索すると、まずペットのヘビの飼い方で、ヘビの太さ以上に水を入れてはいけないと
あった。ヘビは肺呼吸なので、溺れて死ぬことがあるという。これで疑問は解消したの
だが。マムシに絞って検索したら、マムシ酒の作り方が面白かった。まず、一升瓶に
マムシと水を入れるのだが、水は半分ほどに。栓を兼ねた棒を底につく長さにすると
マムシは棒にしがみついて、糞をする。棒の太さは、この糞をした水を交換するために
少しゆる目にする。これを1ヶ月以上も続けてから、やっと焼酎を入れるのだそうだ。

本土にいるヘビでは最強のマムシも溺死する。ギョロっとにらんで施主を自分の建て
たい案に追い込むらしい著名建築家は「(国立競技場みたいな)こんな大きいもの
建てたことない」のひと言で沈没した。数を頼んで自党の異論さえ抑え込みながら、
戦争法案をくわえて離さない、強くて執念深いあの総理も、いつかきっと溺れるのだ。

形容詞にも、ご用心。(篆刻:形)

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6月5日の毎日新聞に「形容詞にご用心」というコラムがあった。池澤夏樹さんが
20年以上前に原発を見学した時、広報部の文章に「固い」「丈夫な」「がんじょうな」
「厚い」という言葉が並んでいたという。そんな言葉で原発の安全神話が作られた
のだし、安保保障関連法案にも具体性のない形容詞が羅列されていて、また安保
神話を作りたいのではという話で、同感だが。「具体性のない言葉の羅列は読み手
の心理をある方向にもっていこうとする広告のコピーのようなもの。」の一節がある。

私が初めて松下電器の新聞広告のコピーを書いた時、それは事実上の実地試験
だった。「形容詞がまったく無い」ということで合格になり、その後もコピーを書くこと
になった。だから「広告のコピー」の前に「下手な」という形容詞を加えるべきだし、
そもそも広告で形容詞を並べて読者をある方向にもっていくなど、出来る訳がない。

安保法制の話に戻れば、憲法学者3人が口をそろえて憲法違反と断罪したのは
痛快だった。そのなかの一人が「政府は後方支援というが、戦争に後ろも前もない。
そういう言葉遊びは止めていただきたい」と言ったのを聞いて、溜飲が下がった。
かつて「美しい日本」がコンセプトみたいなことを言った総理だから形容詞は当然の
こと、副詞、助詞、名詞だって疑ってかからないと、日本は大変なことになるだろう。

目まい、ふたつ。(篆刻:目)

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私の日曜の朝は優雅なのだ。ベッドで横になりながらコーヒーを飲み、タバコを喫う。
ところが一昨日は驚いた。上半身を起こした途端、視野がぐるぐると回った。とても
タバコどころではない。その日は安静にしたら目まいは無くなり、食欲も戻ったけれど。
今朝もかすかに気持ちが悪いので病院に行った。病名は良性発作性頭位めまい症。
何かの拍子で耳石が動いて回転性の目まいが起こるという。脳が原因の目まいなら、
1日経っても治らず、頭痛、嘔吐があるという。気休め程度ですがと3日分の目まいの
薬を処方されて、一件落着。サッカーの沢選手もこのBPPVだった、とネットにあった。

目まいはもうひとつ。集団的自衛権を認める閣議決定だ。数を頼みに暴走する自民党
と連立にしがみつく公明党の茶番で憲法がボロボロにされる日なのだ。こればかりは
片山虎之助の「60年70年かけて、国会の議論の中で今の解釈を確立した。9条を
頂点に自衛隊法やPKO法などが出来て、一種の慣習法の体系になった。これを根っこ
から変える。戦後の安全保障政策の重大な変更です。もっと手間をかけて国民世論を
糾合し、与野党を入れて国会で徹底的に議論して、国民の7~8割がまあ仕方がない
となるまでやらないと、国民の合意と国際的な理解がなければ持ちませんよ。」という
言葉が正論だろう。憲法改正の国民投票をしないのなら、私はネットで、NOを一票。

保健所が、消えた。(篆刻:保)

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先日、私が班長をしている隣組でちょっと厄介なことがあり、市の保健所に大変に
お世話になった。届け物もあったのでお礼かたがた訪ねた。地図を検索して場所は
すぐ分かったのだが、建物に駐車場が見つからない。あそこだと指差されたのは
「はぐくみセンター」と表示された場所。入口にいた係に「はぐくみセンターじゃなく
保健所に来たのだが」と言えば、「保健所は、はぐくみセンターの中にある」との答え。

2、3年前に愛称が決まって、保健所とあった上に愛称の方を貼ったと、ヘラヘラ笑い
ながら言う。保健所と子育て支援や生涯教育などの教育総合センターがひとつに
なって「はぐくみセンター」の愛称が生まれたらしい。しかし、ノロウィルスやインフル
エンザで困って、その撲滅を願う人が保健所に行ったのに「はぐくみセンター」では
面喰うだけじゃなくて、腹が立つんじゃないか。保健所と教育センターが一緒になった
のは市の都合でしょう。公共施設に安直に愛称を付けないでほしい。付けてもいいが、
あくまでも保健所と明示して、まだ知らない人の方が多いだろう愛称はフリガナ程度に
とどめてほしい。保健所の担当の方には、本当にここまでやってもらえるのかと頭が
下がったのだが。そんな働きの積み重ねが両者の距離を縮めてくれる。行政が愛称
さえつければ親しみやすくなるなんて考えているあいだは、まだ遠い存在ではないか。

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