住まい

襖を、張る。(篆刻:張)

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これを襖(ふすま)と言っていいものか、どうか。居間の襖4枚は建付けがゆがんで
いたので、家具屋の友人にベニヤで作ってもらったもの。しかも大和間で幅が広い
から、薄いグリーンの布を張って、黒い縁をつけている。その布が湿気の多い日は
ブヨブヨになるし、何よりタバコで茶色になって見苦しい。何とかしなきゃと思ううちに、
壁に壁紙でなく和紙を張ったのを見ることがあって、それに決めたが。紙はどうする?

名古屋の「紙の温度」という店は種類が多いと教えてもらい、近鉄で行って往復7時間
かかったが、タイ製の手漉きで幅96センチ、いい厚みのものがあった。さて、張り方は。
ネットで調べたら、ブログやYouTubeにあるある。それぞれ少しずつ違うので迷うことも
あったが失敗したって張り直せばいい。それなりの道具もホームセンターで揃えられた。

先の3連休で、決行。まず、布をはがしボンドのザラザラを取る。周囲に幅6センチの
紙を貼る廻りベタ。その少し内側に全面に糊をつけた下張り。それがすっかり乾いたら
上張りだが、これは紙に霧を吹いて、周囲だけに糊をつける袋張り。湿気で伸び縮して
くれる。結局、2日半で完成。紙が濡れているうちに、はみ出た周囲を切れば楽だったの
にとか、いくつか反省もあるし、シワもあるけれど、その達成感といったら尋常じゃない。
白い和紙の清浄感がたまらない。きっと、いい正月になる。だけどタバコは吸いますよ。

ガラスを割ったのは、誰だ? (篆刻:誰)

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この月曜の朝、ガレージにあった車のリアウインドウが、また割れていた。金ヅチの
ようなもの叩いたらしき割れ方で、去年に続いて2回目だから、駐在所に電話して
来てもらい、被害届も書いた。近所で恨みを買うことは無いのかなどと聞かれたが、
ある訳がない。去年はホンダに持ち込んだけれど、代車がすぐに用意できないとか、
外注で時間がかかるとかだったから、車のガラス専門店に電話した。代車はあるし、
翌朝には出来上がるというので、すぐに持ち込んだ。そこの社長が言うのには・・・

「この季節は草刈機で石を飛ばしてガラスを割ることが多い。シルバー人材センターで
草刈りに行き、自分のばかりか先方のに石を当てる事故が増える時期です」 「ん・・・ 
そういえば、昨日の午後、ガレージ回りの草刈りをした」 「それなら草刈機でという
可能性が高い。ガラスが割れるとポンと音がするけれど、草刈機の音より小さいから
気がつかない」 それにしても、2年続けて、と半信半疑で代車に乗って帰ったのだが。

去年のダイアリーを見て驚いた。前日にガレージ回りの草刈りをしているではないか。
しかも割れたガラスに気づいたのは翌朝。こうなると、2年続けて、同じ失敗をしたのだ
と思わざるをえない。そうだとしたら、草刈機のあんなに薄い刃で小さな石を飛ばして
車のリアウインドウに2回で2発命中させるなど名人芸だ! なんて言ってる場合か?

ムカデ、憎し。(篆刻:百足)

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数年前、インド人がこの田舎家に来たとき、しきりに家の中にヘビが入ってこないかと
心配していた。片言で「ヘビは入って来ない」と言えたが、「ムカデは家にも来る」とは
英語が判らないので言わなかった。いまになって調べてみたら“centipede”だそうだ。

先月21日の夕方、少し草を刈っておこうと思い作業着を着て、ムカデが入っていてはと
念入りに長靴を叩き、軍手に右手を入れたらチクッときた。手を抜いたら10センチもある
ムカデが土間に落ちて、とっさに踏んで殺したのだが。見るみるうちに人差し指が腫れて
きた。ステロイド軟膏を塗ったが、指はズキズキ痛いし、手の甲から手首の下まで腫れ
てきた。眠れないほどではなかったが微熱もあるので、朝病院に行った。ムカデの毒消し
がある訳もないので、結局はステロイドの内服薬と軟膏だけ。翌々日の再診では水ぶくれ
の水を抜いただけ。それから1週間後には腫れも引いたので薬は要らないでしょうで終了。

マムシの毒には血清があるのに、ムカデはステロイド一本やりの対症療法。ムカデをゴマ油
に漬けたムカデ油がステロイド軟膏より効いたと話したが「気のせいでしょう、内服薬も飲ん
でいるから」と聞く耳を持たない。医者の頑固さを非難しても仕方ないから、こっちがムカデに
刺されないように気をつけるしかない。ムカデ、マムシ、毒毛虫と怖いものには事欠かないが
なお余りある自然の恵みをいただいているのだから、ありがたいと思わなければ罰が当たる。

巣街化調整区域。(篆刻:巣)

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ツバメの生き残ったヒナが巣立って、ホッとした。また来られては、と古い巣を落とした
のだが。翌朝、別のツバメが梁の裏の3ヶ所で同時に土を運んで巣づくりをはじめた。

ヘビ、カラス、アライグマまで巣を襲ったのだから、ここは危険すぎる。もう死んだヒナは
見たくない。「巣街化調整区域」にして巣づくりを阻止することにした。まずCDを吊った
がダメ。「ヘビだぞー」とベルトを下げたが平気。視覚が駄目なら物理的に土が付かない
ようにサランラップを縁側と玄関の梁に貼ったら、効果があって諦めたのだが。翌朝、
梁のラップのない表で作業をはじめている。かくなる上はと厚いビニールのフィルムで
梁の裏表をくるむ。このツルツル作戦は成功に見えたが。また翌朝、縁側と玄関の間の
壁の上で巣をつくりはじめた。そこにもビニールを貼ったが、このイタチごっこを続ける訳
にもいかない。抜本的な方法はとネットで調べたら、「キラキラの防鳥テープは効果的」と
あった。金色のテープがあったから、縁側、玄関の天井の真ん中に吊ると、風に吹かれて
キラキラ。ツバメはヒサシから中に入らずUターンする。やっとこれで解決、と思いきや。

翌朝、梁と壁のビニールの重なりの三角の穴に、もうたっぷり土を入れている。夕方は
諦めるが、朝には別の一手を繰り出すツバメの執念に負けた。「巣街化共生」に変更、
ビニールの下を板で支えて援護する。ヘビ、カラス、アライグマとの戦いを、いざ再開だ。

草に泣く。(写真:百野草荘看板)

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先日の奈良シニア大学の講演で、雑草だらけの百野草(ものぐさ)荘に住んでいると
自己紹介した。日本のレタリングの先達である佐藤敬之輔氏が行き詰ってイギリスを
旅したが得るものが無く帰国、家のそばのススキの葉を見て求めていたものを発見
した逸話を紹介し、私の篆刻も植物の巧まざる姿に影響を受けているという話をした。

そうではあるが、雑草がまだ伸びきらない椿を超えるほどになったら刈らない訳にも
いかない。4月の上旬に、敷地の脇の農業用水のU字溝回りを刈ったのだが1ヶ月
たてば溝にかぶさるように草が伸びる。U字溝に金網をはった枠を置いて流れる草を
止める。それをカミサンに手伝ってもらい、溝から上げる。溝際が終われば、市道への
斜面を刈る。それで午前は終了して、ビール、昼飯、昼寝が休日のルーティーンだが。
寝覚めに刈った草の片付けを済ませ、縁側でコーヒーを飲んだら、目の前で伸び放題
のスギナが気になった。都忘れ、十二単、昼咲月見草、河原撫子、蛇の髭など、文字
通り草の根をかき分けてスギナを抜いたら6時を過ぎていた。それが8日、日曜のこと。

月曜から連休で遅れた篆刻を彫りだしたのだが歯茎が腫れて痛い。火曜もまだ腫れが
引かないので歯医者に行こうとしたら休み。無理して彫ったけれど3つとも気に入らず
彫り直しをした。草刈もほどほどに、もう無理できない歳なのだと歯の根で思い知った。

空き家、あります。(篆刻:家)

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先日、奈良市内に住むイギリスの友人が、この地区の空き家を見に来たので同行
した。築30年ほどでしっかりした木造だが、外の排水が悪く、台所の床が傷んで
いる。風呂とトイレが古い別小屋で、建て直しと下水工事が必要。敷地もそれほど
広くない。結局は見ただけに終わったが、この地区にはまだまだ空き家がある。

私が空き家探しをした35年ほど前、どの地域にも空き家はあったが、売る人など
ほとんどいなかった。「家屋敷を売るなんて、よほど金に困っているな」と言われる
のを嫌ってのこと。2、3年前に住めそうだった家が朽ち落ちているのを何軒も見た。
いまは外聞など気にせず不動産屋で売りに出すけれど、なかなか売れるものでは
ない。去年の全国空き家数は820万戸、空き家率13.5%。わざわざ不便な山間部
まで来なくても、空き家は有り余っている。更地にしにくい税制の問題もあるけれど。

住宅ばかりでなく統合された中学校や幼稚園、さらには農協の建物までが再利用の
メドもなく放置されている。再利用すれば必ずコストが発生するからだ。私はここから
片道1時間半で大阪に通勤していた。イギリス人の彼も奈良市内から東南アジアに
仕事で頻繁に出かける。時間的には不便だけれど、時間に替えられない何かを優先
するという価値転換がないかぎり、空き家は増える、過疎化も進む。特に、地方では。

 

30年目の、庭。(篆刻:庭)

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我が家には8×5メートルほどの前庭がある。約30年前に引っ越して来た時は、
きれいにジャミ石が敷かれていた。この家から大阪に通勤したが、忙しくなって
家に帰れない日も多く、庭は荒れ放題になった。雑草は嫌いではないけれど、
草が膝まで伸びたこともあって、知人がゴルフのついでに寄ったけれど引っ越した
と思って帰ったこともある。やっと本気で何とかしようとしたのは、逗子から戻って
ここを仕事場にしてから。花壇というほどではないけれど、大きい石や枕木で花を
植えるエリアを仕切った。前庭のジャミ石も敷き直したけれど、だんだん土にめり
込んでササやカヤ、スギナ、タンポポ、スミレが生えてくる。周囲の草刈りに加えて
前庭の草引きは、歳とともにきつくなる。いよいよ本気で雑草対策をしなくっちゃ!

ジャミ石を敷くだけだと元の木阿弥だから、下に雑草防止シートを敷くことにした。
ササ、カヤ、スギナも突抜けないデュポンの“ザバーン”高耐性タイプ。雑草の
根まで掘り出して引き抜く。転圧機を借りて土を締め、高低差も無くす。シートは
鋏で切ってすき間のないように敷きつめて、ピンでとめれば準備完了。ジャミ石は
1トンほどを一輪車で数えきれないほど運んで、敷き詰める。こうなるのに30年
かかった。もう草の一本たりとも許さないぞと、ビールを飲みながら心に決めた。

「板倉の家」、ガンバレ!(篆刻:板)

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この地区でも新築の家は新工法で街の家と変わらない。やっと木造で伝統工法の
家が建ったと思ったら土壁ではないのだと聞いて、大きなお世話だがガッカリした。

日経新聞が「木の家が優しさを伝える」という安藤邦広さんのコラムを連載していた。
正倉院や伊勢神宮の板倉造りが源流という板倉構法。戦乱の多かった西日本では
土蔵造りが発達したが、東北には残っている。東日本大震災直後、板倉構法で仮設
住宅をと三日三晩徹夜で図面を引き、見積もりを作った。仮設は協定でプレハブと
決まっているがプレハブ業界が量に応じられず、いわき市、会津若松市に約200戸
の板倉構法の仮設が完成。「家に帰ったようだ」と大好評だった。次は復興住宅へ。

ハウスメーカーの家が坪70万円に高騰。板倉構法は坪60万円だが被災者の再建
費用は1,000万円が限界。そこで互助会を作り坪50万円の目標を達成した。活路は
見えたのだが。この構法は普通の家の3倍の木材を使う。運搬、乾燥、棟上げなど
人手が余計かかる。都会のボランティアや大工見習いなど外部の人材が必要になる。
しかも国は新築の家に断熱材など高い省エネ基準を義務づけようとしているらしい。

日本では木材利用こそが省エネなのだし、「里山資本主義」の根幹だ。ヒノキや杉の
山に囲まれたこの地区で、誰かが板倉の家を建てるなら手伝いに飛んでいくのだが。

※篆刻「板」は、木に手で斧を当てる形。

三和土と書いて、タタキ。(写真:土間)

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この写真は、我が家の土間。三和土と書いて、タタキと読む。土と石灰、にがりの
3つを練って、叩き固めたものだが、大正6、7年にこの家が移築された時のまま
だろうから、もう百年近い。土が削れて石の部分が浮いてきたのか、何とも奇妙な
模様になっている。たまに来るお客さんはうれしがるが、毎日この上を歩く我々には
厄介なもの。梅雨には湿気を吸って、滑ることもある。この町内で昔の土間が残る
のは我が家だけだから残したいのだが、転んで骨でも折ったらシャレにならない。

建築家の友人に桜の輪切りを敷き詰めたらとかの相談もしたが、乾燥で段差になる
木など論外、タイルも敷石も危険。味気ないけれど、コンクリートを平らに打つのが
ベストとのこと。それならば隣りが左官屋さんだから、話は早い。屋内のことだから
凍てつくこともないだろうと、まず玄関から。大事な場所だからと、夜中の2時まで
何回もコテで押さえてくれた。おかげで2日後の篆刻一日教室のお客さんたちは
出来たてのピカピカを歩き初め。第2期は風呂とトイレの前で離れにつながる土間。
猫のサバが足跡をつけたが、そのために2回コテ当てが増えて、きれいになった。

最後は、いちばん広い台所を3日にやる予定。しかし、人の足とは不思議なもので、
凸凹があった時は普通に歩けていたのに、平らになると変な違和感があるのです。

出来た! ミニ・ギャラリー。(写真:楽篆堂)

仕事場
熊谷美術館の個展での注文印などが一段落して、5月20日から母屋二階の
仕事場の大改造に取り掛かった。まずは、大阪の堂島から運んできて置いた
無粋なスチールの本棚の撤去と、それに代わる木製本棚の製作をしたのだが。
その途中で、重い事務用椅子との心中未遂事件があって、後頭部は無事だが、
右の肩甲骨あたりを打ったようで、キリを両手でもむときも、まだ肩が少し痛む。
それでも、積年の乱雑が消えていく、その快感は、少々の痛みなど忘れさせる。

肩の痛みと引換えに、いくつかの事も知った。ホームセンターが欠品を補充せず、
注文を受けてからでないと発注しない、顧客無視の体質。広告関係のコピーや
デザイン、CMの古い年鑑などは、古本屋が見向きもせず、ただ重くやっかいな
ゴミなこと。それよりも、松岡英輔氏の名著『「挫折しない整理」の極意』(新潮新書)
が、いよいよ実践に移せることがうれしい。まあ、極意といっても本棚にはつねに
空きをつくっておき、一冊増やしたら一冊捨てる、という簡単なことなのだけれど。

いや仕事場改造の主眼は篆刻額などを少し置いて、楽篆堂のミニ・ギャラリーに
することだった。本棚の側面と棚の上に10点弱が置けたから、大成功としよう。

また「努力しない生き方」は書けなかった。内容の予告なんてするんじゃなかった。

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