篆刻の制作方法
楽篆堂は「篆刻」を、どのように制作しているのか。
ここでは、作例として比較的単純な「田中」を23ミリ角の石に彫るプロセスをご紹介します。
1, 文字のデザイン
◎まず、1センチ方眼の紙に鉛筆で、資料などを参考にしながら思いつくままフリーハンドでデザインを書いていきます。
◎丸や四角を組み合わせていろいろ書き出した中から、外枠が「田」、中に「中」が入ったものを選び、細いサインペンで線を確定し、鉛筆の余計な線は消しゴムで消して仕上げます。
2, 石の印面の仕上げ
◎石を選んだら、文字を彫る印面を紙ヤスリの100番で凸凹を無くし、次に400番で平らに仕上げます。紙ヤスリは耐水ペーパーをガラスに敷いて水で濡らすと、ガラスに吸い付いて平らになりますが、慣れれば水なしでも可能です。
◎石はヤスリに近い場所をしっかり持ち、円を描くように、また一方方向にと、石によって工夫が必要です。
◎印面は400番より細かい紙ヤスリで余り平滑にしすぎると、印泥が滑るように感じるので、お勧めできません。
3, 文字の転写
◎印面に、清書したデザインを鏡に映したように反対に写します。転写の方法は人によりさまざまですが、楽篆堂はトナー式のコピー機でコピーして除光液(または黄色のマジック・インク)でカーボンを移します。
◎この方法だと、デザインの細かなニュアンスまで写せます。古くから行われている黒と朱の墨で塗ることは、あえてしていません。少し経験をすれば、朱文でも白文でも、どこが赤くなるかは分かるからです。
4, 文字を彫る
◎今回は文字を赤くする「朱文(しゅぶん)」で、文字が外枠を兼ねますので、まず文字を残すために外側を彫って落とします。(文字を白くする「白文(はくぶん)」の場合は、反対に文字の部分を彫って、文字以外を残します。)
◎写真では文字の周囲を彫り、最後の輪郭にかかっています。文字以外の不要な部分を削り落とせば、ほぼ出来上がりです。
◎石を挟む「印床」は印章屋さんが垂直に彫るための道具で、V字に彫る篆刻では使いません。石は左手でしっかり持って、印刀を持つ右手との共同作業をすると自由もきいて、便利です。(もちろん印刀が滑っても手に当たらないように。)
5, 試し押し
◎ここで、試しに印泥(いんでい・篆刻用の印肉)をつけて紙に押してみます。朱文の場合は太すぎると野暮ったいので最小限の修正をして、同時に削り残した小さな点などもきれいに取り除きます。
◎彫る深さに決まりはありませんが、続けて押しても彫り残しが影響しないように、ある程度は深めにします。
6, 印面の完成
7, 側款を彫って、完成
◎最後に、印を持ったとき見える側面に「田中」と作者の名・快旺の「快」を彫ります。印を押すときに上下左右を間違えないような工夫で、側款と呼びます。
以上で、篆刻「田中」(朱文、23ミリ角)が完成しました。
鋳造印のつくり方。
◎鋳物体験…「古印をつくろう」 参加レポート
①鋳型(印面)の制作
鋳型は、印面と持ち手のふたつあります。
まず印面の鋳型を細かな粒子の粘土を
焼いた陶版で作ります。
あらかじめ陶板いっぱいに太い線が
スタンプで押されていますが、
それが持ち手の部分の鋳型の位置で、
印の枠や文字はその内側になります。
枠は有っても無くてもいいのですが、
今回は初めてなので枠有にしました。
枠と印の文字を鉛筆で下書きします。
印面を彫る石の篆刻とは違って、
鋳物の印では逆文字にはしません。
彫る道具は、
鉄の尖った太い針のような物で
滑り止めの紐が巻いてあります。
まず、枠から彫ります。
彫った部分に錫(すず)が流し込まれて、
凸の文字になるので、
針で何回もゆっくり丁寧にこすって、
深さと幅を出します。
これでいいか先生に見ていただいたら、
まだまだ浅いと
手を加えていただきました。
印面の鋳型は、これで完成です。
②鋳造(印の鋳物)
陶板の上に、持ち手の鋳型を載せて、
ネジで締めて密着させます。
持ち手の鋳型は耐熱性のシリコンで、
何枚か重なっていて、
一番上の楕円の穴から錫を流し込みます。
コンロの鍋には錫が融けています。
これをお玉ですくい自分で流しますが、
危険なので先生が手を添えてくれます。
錫の入ったお玉を金具に乗せて、
安定させてから錫を一気に流し、
あふれる寸前で止めます。
ネジをはずすと、
印面の陶板はすぐ外れますが、
シリコンの中はまだ熱く、
密着しているので、穴から押し出して、
水につけて冷やします。
鋳型を外して、出来たばかりの印ですが、
印面の鋳型である文字の彫りの深さが
均一でないので、
文字の山には高低差があります。
サンドペーパー(180番)で、
手前から向こうへ押して、高い山を削り、
低い山にも印肉が当たるまで、
均一にします。
高い山の線は何回か削られて太くなり、
低い山はまだ細いままですが、
その太さの強弱が石の篆刻にない
「意外性のある味」になります。
これで鋳物の古印が完成です。
この「鋳物体験…「古印をつくろう」は、2020年10月3日、京都の泉屋博古館で開催されたワークショップの参加レポートです。
講師は、福岡県「芦屋釜の里」の樋口陽介氏、新郷英弘氏と泉屋博古館の方々。楽しく貴重な体験をさせていただきました。
ありがとうございました。
篆刻デザインの資料
篆刻をデザインする時に、楽篆堂が目を通す字典などの主なものをご紹介します。
中には既に絶版になったらしい書も含まれますので、あくまでもご参考までに。
比較しやすいように「美」の文字の部分を抜粋しています。
①
『字統』
白川静著、平凡社
以前彫った文字でも、
必ず最初に読むのが、これ。
文字の成立の背景が物語のように
語られています。
楽篆堂のバイブル的書物です。
②
『五体篆書辞典』
小林石寿編、木耳社
文字は常用漢字の他に正字、俗字、通字が表記され、
小篆、甲骨文、金文、印篆と書体が一覧できます。
③
『近代 篆刻字典』
中西庚南編、東京堂出版
中国明代から近代までの主要篆刻家342名の印影を
ひと文字単位で表記。
篆刻の時代による変化が読み取れます。
④
『必携 篆書印譜辞典』
蓑毛政雄編、柏書房
B6サイズで、小篆(説文古文)、
印篆、金文、甲骨の他、
その文字を含む主な作家の篆刻作品を見ることができる簡易版。
⑤
『標準 清人篆隷字典』
北川博邦編、雄山閣
清から民国までの代表的書家の篆書、隷書集。
隷書体の参考に役立ちます。