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篆刻ブログ 篆からの、贈りもの。

桃栗三年、柿三十五年。(篆刻:柿)

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庭で花や実を見つけて、「あ、こんなところに。写真を撮らなきゃ!」と思うのだが、
撮り忘れるだけでなく、それが何だったかが思いだせない。昨日も、そんなことが
あって、さっき篆刻を彫りながら、ふと思い出したのは、庭の「柿の実」なのだった。

柿がなって何が珍しいか。その柿の木は、ここに越してきてすぐ、子どもが小学校
高学年、柿を食べて種を飛ばして遊んだ、その種が育ったものなのだ。庭の右寄り
に生えたし単調さを破るアクセントだから、適度な高さで剪定し続けて、35年。花は
咲くけど実はならないと、あきらめていたのに、柿色の実があったのだから驚いた。
桃栗三年、柿三十五年! また忘れてはと、雨の中、傘をさして撮った。暗い写真を
パソコンで明るくして見たら、もう熟して割れも入っている。亡くなった遊の飛ばした
種か、弟の種かは判らないが、熟れて落ちるのも忍びないから摘んで仏壇に供えた。

今日は、亡くなった息子さんの名前を彫った篆刻を発送した。先日、納骨が済んで、
この28日の一周忌に仏壇に供えるという。名前を口にするだけで涙が出ると言い
ながら頼まれた篆刻だから、名前に込められたご両親の想いを私なりに形にしたの
だが、デザインをしながら何度か胸にこみ上げるものがあった。まだ1年に満たない
なら無理もないけど。日にちという薬もある。思いがけない実がなるかもしれません。

蔦屋(ツタヤ)へ、綱渡り。(篆刻:蔦)

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ありがたいご縁があって、枚方(ひらかた)T-SITEで、8月20日~26日まで、篆刻展
「言葉を、花に。」をさせていただくことになった。枚方はCCC創業の地で、蔦屋書店を
核に、床面積は代官山、湘南を抜いて最大。その4階イベントスペースをお借りする。

篆刻の額装、軸装、そして石そのものも販売するので、品番とバーコードが用意されて、
いつもとずいぶん勝手が違うけれど、9日に最終打ち合わせを終えて、いよいよ準備は
詰めに入る。篆刻を和紙に押した時期が猛暑で、印泥(肉)がべたついて手間取ったが、
なんとか裏打ちも出来上がって、それを額に収めるのだが。ここで思わぬ大問題が発生。

額縁は日本の業者がタイの工場で作っている。予定では楽々間に合うはずだったのだが、
コンテナを積んだ船が台風13号で港に接岸できない、台風が通りすぎると盆休みになり、
画材店に届くのが搬入前日の18日だという。裏打ちした印影は渡してあるし、窓を開ける
マット紙も決めてあるので、出来ることは全部済ませて、額が届いたら、即それを入れる。
夜中でもやります、と言ってくれている。搬入の19日に受け取って、その足でT-SITEに
向かうことになりそう。ただ、展示の準備は夜8時の閉店から、というのが、唯一の救い。
無事、20日の10時に開始できるか、綱渡り。蔦(つたかずら)が木にからまるのは吉祥と
されるらしいけれど、偶然8月20日は私の72歳の誕生日。ただただ吉祥を願うばかり。

ご近所の歌丸さん。(篆刻:歌)

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広告プロダクショのAZ(エージー)で新入コピーライターの私に、大幹部だか大顧問
だかの黒須田伸次郎先生が、「おまえ、いいところに住んでるなァ!」とおっしゃった。
(先生の名作は「ゴホン!といえば龍角散」) 黒須田先生は横浜国大の先生だった
らしいから、私のその頃の住所、横浜市南区永楽町が昔の歓楽街、花街だったことも
よくご存じだったのだろう。11月の酉の市で賑わう大鷲(おおとり)神社の門前町なので、
関内駅や伊勢佐木町に向かう道には夕方から赤提灯が灯る小さな店が何軒もあった。

私の生まれは鶴見だが、住宅地で家具屋をしていたから、音の苦情もあって永楽町に
越した。すぐ隣りが真金(まがね)町で、2、3ブロック先には桂歌丸師匠の、元・妓楼
だった家がある。Wikiによれば、ご近所だった頃、歌丸師匠は真打に昇進しているが、
町内がお祝いムードになった記憶もない。『笑点』という番組も、たまには見てはいるが、
本当の大喜利ではなく、構成作家が何人もいて、本番前にそっくり同じリハーサルをする
と聞いてからは白けながら見ている程度。ご近所以外に歌丸師匠とは何のご縁もない。

昔、大阪のキャノン・ギャラリーのパーティーで、ヌードモデルが横浜・鶴見の出身という
から「私も鶴見だ」と言ったら、それがどうした?という顔をされた。この話も亡くなったと
聞いたので書いたけど、「それがどうした?」でしょうね、きっと。なにはともあれ、合掌。

アリには、驚いた。(篆刻:蟻)

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宮本武蔵は仇討に行く娘に、「その場にアリがいたら勝てる」と言ったそうだ。アリは
どこにでもいるが、冷静沈着でなければ小さなアリの存在も動きも見えないからだ。

先日、裏の坂に卯の花が散っていたのだが、そこから2メートルも上に、その花びらが
かたまって山のようになっている。そのそばにはアリの巣穴がある。目を凝らすと、アリが
花びらをそこに運んでいるのだが、山まで運ぶアリと山から穴に運ぶアリが別のようで、
中継基地をはさんで分業しているらしい。その後、雨が降って、花びらの山も腐ったように
なったが、雨上がりには花びらでなく棒状の花芯を、中継せずダイレクトに巣穴に運び
はじめた。そして今朝は、枯れた花びらを運んでいて、花芯のついた花びらも運ばれて
いた。アリが花びらや花芯を餌として貯蔵するのは、それほど不思議とも思わないけれど、
中継基地を作り、そこをはさんで2つのグループが分業している、その知恵には驚いた。

折しも熊谷守一の映画「モリのいる場所」が公開されている。熊谷は庭でアリを飽きずに
観察して、どの足からか歩き出すかを知っていたという。アリが中継基地を作ることだって
知っていただろうか。東京・板橋の熊谷守一美術館「ギャラリー榧」で個展をしてから、もう
8年がたった。熊谷の眼は慈愛にあふれているが山崎努は鋭すぎるし、樹木希林も鼻に
つくから映画は観ずに、アリの方は見続けようと思う。そうそう、熊谷は篆刻も自作した。

植物名には、漢字併記を。(篆刻:漢)

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このHPの花のブログ「百野草荘・花姿風伝」をご覧の方は、花や木の名前が漢字に
なっているのをご存知と思うが。一般のカタカナ表記では、名前が持つ意味や由来が
伝わらないからで、中国にも、このブログで日本の花の名を覚えている方がおいでで
少しはお役にたっているのかもしれない。新聞広告で「植物名には漢字併記を!」と
いう雑誌を見て早速読んでみた。『望星』 2018年6月号で、発行は東海教育研究所。

「動植物名の表記はカタカナを使う」とされたのは昭和23年の「公用文の手引き」に
よるから、戦後間もなく。昭和56年には当用漢字の廃止と常用漢字の制定があって
そこにある「桜」や「梅」は漢字を使えるが、「椿」はないので「ツバキ」と書くことになる。

だから、街路樹や公園ではカタカナ表記だけが圧倒的に多いのだが。タツナミソウは
立浪草と名付けた人に敬意を払いたくなるほど絶妙なネーミングだし。ユキモチソウは
行き持ち草と勘違いすれば江戸の飛脚に関係がと邪推したくなるが、雪餅草と書けば
何やら想像もつくし、実際に見た時の感動は倍加する。漢字は中国から来たし、中国
渡来の植物もあり、かなりの当て字も多いから、それなりの難解さや混乱もあるけれど、
漢字表記でしか伝わらない具体性やイメージの方が圧倒的に多いのだから、私の花の
ブログでは、タイトルは漢字で、本文はカタカナでという併記を、今後も続けていきます。

「無心」に咲いた。(篆刻:無心)

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平成6年から、春、翌年の秋、翌々年の春と3年に2回続けた「三游会」が昨日、
第17回で終了した。野の花と遊ぶ「花の会」、陶芸の尾崎円哉さんと楽篆堂の「三」
だったが尾崎さんが事情で途中から抜けて、実質的には「二游会」になったけれど。
最終回は「無心」。大額の篆刻「工夫は平生にあり、席に臨んでは無分別」さながら
花の会の皆さんは開花の不順にも動じず、百野草荘の桜や椿に助けられ、尾崎さん
の花器に見事に活け切った。篆刻は新作、旧作を含めて約25点を「無」で統一した。

案内はがきに“最後の”三游会と書いて、皆さん驚かれたようだが、受付でお渡しした
お礼の言葉のとおり、大規模な野の花の発表はほとんどの花を野山から活けるだけ
いただくため、メンバーの高齢化、野山の環境の変化で、これ以上は難しいという判断
をした次第。25年近く、本当にたくさんの方々にご覧いただき、また事故もなくやって
来られたことを感謝しつつ、共同展としての三游会は幕を下ろしました。本当に有難く、
改めてお礼申し上げます。ただ、篆刻の楽篆堂は、花のような生ものではなく、石が
相手の仕事だから、まだ頭と手が元気なうちは、あと何回かは発表をするつもりです。

この3日間、これまでの1.5倍の方々とお会いしたけれど、不思議と疲れていない。
額装の篆刻のように「桜、必死に咲けば、散って悔い無し」。本当に有難うございました。

若者たちに、「篆刻」を。(篆刻:冓)

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大学は教育学部だったがコピーライターになるためだから、社会科学科を選び、教職
課程もとっていない。それが教育大学で3時間も話をすることになるとは夢にも思わ
なかった。呼んでくださったのは出野文莉(張莉)先生で、ご主人の正さんとともに私の
篆刻に理解を示してくださっている。書道の先生を目指す若者たちが、真面目に美しく
書くことに専念しているので、私の不常識な篆刻で刺激を与えたい、ということらしい。

私の篆刻の話をすればよいということだが、さて「楽篆堂・田中快旺の篆刻」とは何か。
ここまで独学、直感でやってきたが、改めて見直すことになって、とても有り難かった。
HPのイントロでも「彫って楽しい、見ておもしろい、押してうれしい」、「新しくて懐かしい
篆刻を」と書いているが、それを具体的に示さざるを得ない。近々「不常識篆刻講座」
でも説明するが、文字が生まれた時の物語を現代に生かすには、中国の清の時代の
書と篆刻の融合、いわば「運筆的篆刻」を脱却すべきと再認識したのは大きな成果。

若者たちは張莉先生も驚くほど熱心に聞いてくれて、びっしりと書かれた感想文でも
苦手だった篆刻が楽しく身近になったという声が多かった。講の「冓」は白川先生の
『字統』によれば、上下の組み紐をつないだ形だという。講義などとはおこがましいが、
50歳も年の違う若者たちと、篆刻で「知好楽」から「遊」へと共鳴できたのはうれしい。

マキタのファンになる。(篆刻:充)

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マキタの充電式剪定バリカンを買った。長いコードを2本つないでも届かない場所が
あったので、これは助かる。片手でも重くない小さい方なので、充電は25分なのに、
1時間半も使える。充電してすぐ使うとバッテーリーが痛むのだが、この充電器は
フル充電になると冷却をはじめる優れもの。ツバキの根元周りの雑草はしゃがんで
鎌で刈っていたのだが、これは片手ですぐ刈れる。草刈機でツバキを切る事故もない。

マキタの充電式はドライバーとクリーナがあったから剪定バリカンは3つ目。クリーナは
通販生活だけで買えるターボⅡで、2階の仕事場専用。床や階段でも軽くて便利だが
デスクのそばに置いて篆刻の彫りクズを吸うのに多用している。ゴミフィルタは紙パック
10枚が付いてきたが、メッシュのフィルタが洗えるので、もっぱらそちらを使っている。

ところが先日、メッシュフィルタを洗ったときに、ヒョイと置いたはずのゴミストッパーが
見つからない。吸い込み口とフィルタの間に入れる四角いプラスチックで、ゴムの弁が
ついている。通販生活にメールで部品購入を申し込んだら、保証期間中なのでマキタに
無償で送るよう依頼したと返事がきた。2、3日後、マキタからクロネコDM便がポストに
届いて、一件落着。マキタと通販生活にこの場を借りてお礼をします。保証期間だから
タダで送りますというのは、当たり前のことかもしれないけれど、すごくうれしかったです。

アスナロは、よろこんでいるか。(篆刻:木)

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以前、奈良公園のホテル建設反対に賛同した“Change.org”で、世界一のクリスマス
ツリーPROJECTを知って、唖然とした。富山県氷見市の樹齢約150年のアスナロを
神戸メリケンパークで、クリスマスツリーにするという。なぜ、そんなことをするのか。

生きた木では世界一だとか、阪神淡路震災の鎮魂だとか、生田神社の鳥居にする
予定だとか、フェリシモが木のグッズを販売予定(その後中止)だとか、ワイヤーに
付けたプレートの数でギネス記録を狙うとか、とにかく意図や動機が支離滅裂なのだ。

発案者の西畠清順氏はプラントハンターで、樹木のプロ。昨夜のTBS「情熱大陸」が
20周年記念番組としてこの木を選ぶ段階から記録していたから、番組企画というのが
丸見えだった。「人の心に植物を植えつけたい」「信じているのは植物の力だ」「命の
大切さを伝えたい」「大きな存在感を多くの人に伝えたい」。彼が言葉を重ねるたびに
やっていることとの矛盾が大きくなる。会場では多くの人が感動しているようだが、
“Change.org”では中止を求める人が2万人を超えた。何事にも賛否はあるだろうが。
私が知りたいのは、この巨大な植木鉢に入ったアスナロは生きているのか死んでいる
のかだ。もっと知りたいのは、海の寒風に吹かれながら、この木がよろこんでいるか
悲しんでいるか。葉加瀬太郎の後ろでライトアップされた木は泣いているように見えた。
 

創造は、思いつき。(篆刻:壮馬&ピアノ)

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五風舎の個展では「素晴らしいですね」と言ってくださる方もいて、そんな時は「いえ、
思いつきばかりで」とお答えしたのだけれど。大映京都撮影所の名録音技師だった
故・大谷巌さんが「芸術っていうのは、その場その場の思いつきだ」と言っていたと
毎日新聞で読んで、やっぱり!と膝を叩いた。私の篆刻が芸術とは言わないけれど。

篆刻は、ピアノの演奏・教育をされる方からの「ピアノと姓名を」とのご希望だったが、
名前だけの方がすっきりするのではと名字は入れないことにした。ところが、実際に
デザインしてみるとピアノのへこみが気になるし、もったいない。漢字では重いし邪魔
だけれど、カタカナなら入りそうと思いついた。書いてみたら縦の線が音符になりそう
だと、また思いついた。その思いつきをラフにして見ていただくと、「発想豊かなデザ
インですね!個性的で、遊び心があります!この案で進めてください。」とお許しが出た
ので、精度を上げてフィニッシュにかかった次第。思いつきで、こんな篆刻になりました。

思いつきといえばその場しのぎに聞こえるけれど、経験を重ねるうちに増えるアイデア
の抽斗(ひきだし)ではないか。莫山先生から聞いた「中国の篆刻家が弟子入りを頼ん
だら、師はただ空箱を突き出した。これに彫った石屑が溜まったら、またおいで。」という
話を思い出した。四の五の言わず、ただ彫る。その経験から思いつきは生まれる、はず。

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