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篆刻ブログ 篆からの、贈りもの。

パソコン、故障する。(篆刻:安)

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毎日新聞の仲畑万能川柳に「コンビニとラインがないと死んじまう」とあって、
いまどきの若者はと笑ったけれど。私もパソコンの故障で仮死状態が続いた。

ノートパソコンが立ち上がらなくなった。東芝PCあんしんサポートに電話で
聞くと回収修理になるという。山形の工場からメイン基板と光学ドライブの
交換で50,000円を超える見積もりが来た。いっそ新品にとも思ったが通販に
使っているから大至急修理して欲しいと頼んだ。回収が3日、戻ったのが8日。
早速電源をつないで溜ったメールを整理しはじめたがバッテリーが減り続ける。
東芝に電話で出張修理を頼んだが、また回収修理だという。今回は緊急なので
より近い千葉で修理するという。回収に来たのは10日、直って届いたのは今日
13日だから急いだのは分るが、電源コードで充電できないのは「交換したメイン
基板の故障」だと言うから、呆れはてた。どこが「あんしんサポート」なんだ。

その間、ホームページのシステム会社が篆刻の注文メールはスマホに転送される
ように、「花のブログ」はスマホのメールで投稿できるようにしてくれたけれど。
篆刻関係はもちろん、帳簿の類いも、ほとんどの情報がこのパソコンの中にある。
交換部品の保証は3ヶ月。東芝以外の安心なものに替えないと大変なことになる。

ガラスを割ったのは、誰だ? (篆刻:誰)

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この月曜の朝、ガレージにあった車のリアウインドウが、また割れていた。金ヅチの
ようなもの叩いたらしき割れ方で、去年に続いて2回目だから、駐在所に電話して
来てもらい、被害届も書いた。近所で恨みを買うことは無いのかなどと聞かれたが、
ある訳がない。去年はホンダに持ち込んだけれど、代車がすぐに用意できないとか、
外注で時間がかかるとかだったから、車のガラス専門店に電話した。代車はあるし、
翌朝には出来上がるというので、すぐに持ち込んだ。そこの社長が言うのには・・・

「この季節は草刈機で石を飛ばしてガラスを割ることが多い。シルバー人材センターで
草刈りに行き、自分のばかりか先方のに石を当てる事故が増える時期です」 「ん・・・ 
そういえば、昨日の午後、ガレージ回りの草刈りをした」 「それなら草刈機でという
可能性が高い。ガラスが割れるとポンと音がするけれど、草刈機の音より小さいから
気がつかない」 それにしても、2年続けて、と半信半疑で代車に乗って帰ったのだが。

去年のダイアリーを見て驚いた。前日にガレージ回りの草刈りをしているではないか。
しかも割れたガラスに気づいたのは翌朝。こうなると、2年続けて、同じ失敗をしたのだ
と思わざるをえない。そうだとしたら、草刈機のあんなに薄い刃で小さな石を飛ばして
車のリアウインドウに2回で2発命中させるなど名人芸だ! なんて言ってる場合か?

ムカデ、憎し。(篆刻:百足)

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数年前、インド人がこの田舎家に来たとき、しきりに家の中にヘビが入ってこないかと
心配していた。片言で「ヘビは入って来ない」と言えたが、「ムカデは家にも来る」とは
英語が判らないので言わなかった。いまになって調べてみたら“centipede”だそうだ。

先月21日の夕方、少し草を刈っておこうと思い作業着を着て、ムカデが入っていてはと
念入りに長靴を叩き、軍手に右手を入れたらチクッときた。手を抜いたら10センチもある
ムカデが土間に落ちて、とっさに踏んで殺したのだが。見るみるうちに人差し指が腫れて
きた。ステロイド軟膏を塗ったが、指はズキズキ痛いし、手の甲から手首の下まで腫れ
てきた。眠れないほどではなかったが微熱もあるので、朝病院に行った。ムカデの毒消し
がある訳もないので、結局はステロイドの内服薬と軟膏だけ。翌々日の再診では水ぶくれ
の水を抜いただけ。それから1週間後には腫れも引いたので薬は要らないでしょうで終了。

マムシの毒には血清があるのに、ムカデはステロイド一本やりの対症療法。ムカデをゴマ油
に漬けたムカデ油がステロイド軟膏より効いたと話したが「気のせいでしょう、内服薬も飲ん
でいるから」と聞く耳を持たない。医者の頑固さを非難しても仕方ないから、こっちがムカデに
刺されないように気をつけるしかない。ムカデ、マムシ、毒毛虫と怖いものには事欠かないが
なお余りある自然の恵みをいただいているのだから、ありがたいと思わなければ罰が当たる。

不常識『篆刻講座』 11:文字を引きずり廻せ。

2017424174251.jpg  「篆刻:久乃(12ミリ角)」
ずいぶん久しぶりの「不常識篆刻講座」だから「久乃」なのではないけれど。書道をされている娘さんへ、お母さんから落款印二顆(か・篆刻の数)セットのプレゼントのご依頼だった。作品に署名し、その下に白文の名前を、さらに朱文の雅号を押すことが、作品の完成=落款の作法。電話でお聞きすると、女子高生ながら応援団で、学ランを着て高下駄で通学しているという。大きな応援旗を持つ勇姿が地元の新聞にも載っている。書も豪快ですかと聞けば、確かに思い切りが良いという。篆刻のデザインは、それで決まった。「こころの芯棒として直線を活かすこと。直線以外は柔らかい、優しい曲線で、娘らしさを出すこと。」

「久」は人の後ろを棒状のもので支えて、いく久しくと願う文字。「人」の篆書体は人間の側面で、膝を少し曲げて、腕を前やや下に伸ばした形だが、第一画を斜めの直線にする。「乃」の篆書体は弓の弦をはずした象形で、弦のない弓状の曲線なのだが、あえて常用漢字のようにして、第一画の斜線を久のそれと平行にした。ここで当然、「ひとつの篆刻に篆書体と常用漢字が混ざるのは違反だ」という声があがるだろう。

いや、もうそんな下らない話は止めよう。我々は21世紀の日本に生きている。漢字、ひらがな、カタカナばかりか数字、アルファベットも使いながらコミュニケーションしている。そんな中で篆刻だけが篆書体を、それも甲骨文だけ、金文だけで構成せよをというのは時代錯誤、ナンセンスの極みではないか。「久」と「乃」という文字のすべての可能性を全部並べて、比較検討する。直観でも選んでも構わない。「乃」から生まれた「の」を選ぶ自由だってある。そうして選んだ文字の首根っこをつかんで、自分の方寸の世界に引きずり込む。そうして自分だけの何かを構築する。文字に振り回されてはいけない。主体である自分が文字を引きずり廻すのだ。そのためには、文字の生い立ちや本来の意味を熟知しなければならない。それをこの現代にどう生かしてあげようかと真剣に考えなければならない。そうすることでしか、自分らしい、自分だけの篆刻にならない、と私は思う。

『都会を滅ぼせ』は、正しい。(篆刻:滅)

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毎日新聞で倉本聰さんがコラムの最終回で『都市を滅ぼせ』(中島正著・双葉社)
を日本人必読の書と言っていたので、読んでみた。以下、順不同で抜粋する。

「都市を滅ぼさないと人類が滅ぶ。都市はあらゆる公害の元凶で、諸悪の根源」 
これが前文。「どんな田舎も二次・三次産業があり、その従事者が住んでいれば、
そこは都市」「近代化は都市化であり、便利、贅沢、安逸の追求、繁栄への進歩」 
「都市は貨幣経済の魔力で拡大する」「都市は活動のため森林、農地、農業人口、
農産物、海岸、水産資源、エネルギー・金属資源、酸素・水、電源、水源を収奪し
破壊する」「収奪して使用の後、二酸化炭素、排ガスとなり、オゾン層を破壊し、
汚排水とゴミを出し、それでも商品は氾濫し、過剰サービスを生み、ついに戦争の
元凶となる」 では、真の革命は。「都市の解体=不耕貪食の解消」しかないという。

都市を滅ぼす方法は安藤昌益の「万人直耕」、福岡正信の「国民皆農」だが、彼は
搾取機構の国家を認めないので「民族皆農」、大自然の掟だけを唯一の規範とした
縄文時代のごとき自然循環型有機農業だという。農具は野鍛冶による鎌一本だけ、
自給自足の耐乏型孤高の人間が世に満ちれば革命は成立する。「人々よ、都市
は滅ぶとも人類は滅ぼしてはならない」という主張は、すべて正論で反論できない。

iPhoneで、「デビュー主人」。(篆刻:主人)

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ガラケーで不自由はなかったけれど、カミサンのらくらくフォンの電池がすぐ減るので
機種を見直した。ガラケーの新機種はスマホより高くつく。二人でスマホに乗換える
とお得。自宅の光ケーブルはKCNだが、固定電話はソフトバンクなので、スマホも
ソフトバンクにするとドコモよりずっとお得。店独自のキャッシュバックもあったので、
私のiPhoneSEとカミサンのシンプルスマホ3の両方とも端末代金はゼロで済んだ。

デビュー夫人になったカミサンは翌日から知り合いに電話やメールをしていたのだが、
私の方は設定ごとにアドレスもパスワードも違って訳が判らない。メールとメッセージは
どう違うのか。手引き書を買い、ショップで1時間ほど基本を教えてもらって、何とか
概要は判り、やっと主な設定も出来た。さて、次はカメラを使ってみると。シャッターで
半押しのクセがついているので、5枚、10枚の連写になってしまう。パソコンに写真を
取りこむのもiTunesだとか、いやUSBでいいとか・・・ そんな時に花の会でiPhoneの
カメラを使いこなす方がいて、指でピントや露出まで簡単にコントロールできることを
教えてもらって、驚愕した。接写でピントが合いにくいコンパクトデジカメはもう要らない。

だが、いくらiPhoneがすごくても、メールやインターネットはパソコンでやる。いつでも
スマホを近くに置いてスマホ中心に生きるのは嫌。主人は私、「デビュー主人」なのだ。

「この世界の片隅に」を観て。(篆刻:隅)

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クラウドファンディングでは森善之さんの『JAPAN GRAPH』で協力したが、この
映画もそれで完成できたのは、その可能性がまだまだ拡がりそうで素晴らしい。

広島の絵が上手なすずは周りから少しトロいと思われるような子。青年に見初め
られて昭和19年に呉に嫁ぎ、食糧難には雑草を摘んだり、竹槍訓練に参加したり
ごく普通の主婦として生きるのだが。空襲の後、不発弾を装った時限爆弾が爆発、
手を引いていた小姑の娘は亡くなり、すずも右手を失う。小姑に責められ、妹から
広島に帰ることを誘われるが、8月6日の朝、小姑はすずと和解して、すずも呉に
残ることにする。その直後、原子爆弾の閃光と衝撃が響いて、きのこ雲を目撃する。
翌年1月、廃墟になった広島ですずはこの世界の片隅で自分を見つけ愛してくれた
夫に感謝し、戦災孤児の少女を連れて、呉に戻る、というのがあらすじ。戦火の中、
悲劇はいくつもあるのだが、軍港を描いていたすずをスパイ扱いした憲兵以外悪人は
出てこないし、すべての人々が淡々とあたたかく描かれているので、声高に反戦を
謳っていないのに、巨大な悪と不幸である戦争のいまわしさが浮かび上がってくる。

いちばん感動的だったのは、エンドロールの最後にクラウドファンディングで寄付
した人々の名が延々と出るのだが、それが終わるまで誰も席を立たなかったことだ。

余命、2~3年。(篆刻:メ)

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長く使っていたメガネがどうも見づらい。草刈りで傷もついたので、メガネのMで
検眼して新しいレンズに替えたのだが。夜、信号の緑が四方ににじんで花びらの
ように見えた。外の信号も見ながら再検眼してレンズを替えてもらったが、信号は
三角ににじむ。新聞の文字にも濃淡がある。Mはメガネだけの問題ではないので
眼科で検診をという。眼科は「白内障(水晶体が白濁)になっているから2、3年後
に手術が必要だが、メガネレンズ自体は問題ない。眼球とレンズのズレなどでは」
と差し戻しの判断だった。その足でMに行って結果を伝え、さらに検討してもらった。

対応してくれた店員も、夜の信号のにじみに苦しんでいて、あれこれ試行している
という。夜の信号だけにこだわって矯正すると日常に支障がでるというので、多少の
にじみは我慢することにした。もうひとつの新聞の文字は最適距離が35cmと近すぎ
ていたので40cmに変えたら濃淡も消えた。メガネはそれで一件落着せざるをえない。

篆刻では100分の何ミリかの違いでも印象が変わるから、近々両用のメガネに加えて
2.5倍のヘッドルーペを使う。しかも注文篆刻を年に150個、展示会の作品約30個も
あるから、加齢と酷使のダブルダメージ。篆刻は片仮名のメだが、あと2~3年でメの
短い線はどんどん伸びて、ついには×になる。余メー2~3年というお粗末な一席です。

私は、職人か。(篆刻:職)

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私の祖父は横浜・関内の洋家具職人。父は店舗のショーケースなどを作ったが
木工職人ではある。私は横浜生まれの三代目で浜っこだが、職人なのかどうか。

たまたま読み直した永六輔の『職人』(1996年、岩波新書)は、職人たちの名言、
迷言を紹介していて、どれもが言い得て妙だ。「職人気質(かたぎ)という言葉は
ありますが、芸術家気質というのはありません。あるとすれば、芸術家気取り
です」 「褒められたい、認められたい、そう思い始めたら、仕事がどこか嘘になり
ます」 「自分の評判なんて気にするんじゃない! 気にしたからって、何の得も
ない」 「嬉しそうにマスコミのインタビューを受けている職人は職人じゃありません。
職人は自分の仕事以外で気をつかわないものです」 「健康に気をつかってる
やつに、いい仕事はできません」 「プロとアマチュアの違いですか・・・アマチュアは
失敗をごまかせません」 「メシ喰う暇があったり、ウンコする暇があったら忙しい
なんて言うもんじゃねェ」 「職人で、自分で仕事の質を落とすってことは考えられ
ません。世間や客が質を落とせって言う場合が多いです」 面白いけど、笑えない。

さて、私は職人か。展覧会の作品は別だが、お名前などの注文篆刻では、希望を
充分に聞いて形で返したい。作風や流儀を押付ける作家ではなく、職人でありたい。

書が、判らない。(篆刻:書)

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先週の「情熱大陸」は女性書家の中塚翠涛。ルーブル美術館での展覧会に招待
されたのに驚いたが、それで二つの金賞をもらったというから、もっとビックリした。

こういう私の書道歴は小学校で教室に通い、県の教書大会に学校から選ばれて
行った程度だから、以下は素人のたわ言に過ぎないけれど。彼女の書の感想は、
「この程度の字を書く人は日本にどっさりいるだろうに」ということ。名のある書家の
篆刻も彫らせていただいているし、毎日新聞だから書の記事が多く、ほとんどに
目を通しても、私が双璧と思う良寛と会津八一をしのぐ書を見た覚えがない。まあ
ビートルズを超えるミュージシャンを知らないのと同じ話になってしまうのだけれど。

ただ面白いなあと思ったのは、彼女がルーブルのための作品を構想するにあたって
篆書体に大きく傾斜していたこと。書体に何の制限もないとき、また漢字を知らない
人々に漢字の面白さを伝えたい場合、誰もが整理されすぎた楷書ではなく、文字が
生まれたときの物語を色濃く残す篆書体の魅力にすがるのは、自然の流れなのか。

これを書く前にWikiで見たら、彼女は元モデル、現在もPR事務所所属で美人書家
が売り言葉だとか。女性書家は美人じゃないと有名になれないなんて風潮は勘弁して
欲しいけれど、金賞二つもくれたのはフランスだから美人に弱いのは仕方ないのか。

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