2013年01月

城跡に、登る。(篆刻:城)

城跡に、登る。(篆刻:城)サムネイル
前・九頭神社宮司の奥西正俊氏がまとめられた『狭川の史跡と伝承』の年表では 狭川庄が成立したのは平安時代。室町時代には狭川庄の豪族として狭川氏と 福岡氏が登場する。惣領家狭川氏の下狭川城跡は前川と白砂川に挟まれた高台。 5…

傑物が、いた。(篆刻:傑)

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津本陽の小説『柳生兵庫助』には、「兵庫助が刀傷を負った時、狭川の別荘に妻と 静養して、前の川に潜って大きな鯉をつかむ」という話があるが、フィクションだろう。 手元に『武芸流派大事典』という分厚い本がある。昭和44年、新人…

剣道を、教える。(篆刻:剣)

剣道を、教える。(篆刻:剣)サムネイル
なぜ奈良市の東部山間で土地や空き家を探したか。そこには柳生があるからだ。 30歳を過ぎて剣道を始めた。理由は袴をはきたいからで、会社の剣道部に入った 次の日には竹刀と袴、道着を買った。何だって形から入るのですよ、私の場合…

子どもが、いない。(篆刻:子)

子どもが、いない。(篆刻:子)サムネイル
ルーマニアのゲオルギウという革命家は「もし世界の終りが明日だとしても、私は 今日、林檎の種をまくだろう。」と言ったそうだ。林檎は希望を意味する。中国の 『管子』には「一年の計は穀物を樹えよ、十年の計は木を樹えよ、終身の計…

木を、植える。(篆刻:木)

木を、植える。(篆刻:木)サムネイル
我が家の建つ土地は宅地なのだが広くはないから、隣接する元農地を借りている。 市道と里道(村の道)に囲まれた三角形で400坪ほど。住んですぐ人並みに トマトを植えたが、大きな赤いトマトが雑草に埋もれて見えなかった。その後、…

猿を、追う。(篆刻:猿)

猿を、追う。(篆刻:猿)サムネイル
初めて奈良に来た知人を車で迎えに行くと、窓から奈良公園の鹿を見てキャーと 叫ぶ。我々には日常的で、春日大社の神の使いというより、観光客を呼んでくれる ありがたい存在だが。柳生・笠置に向かう県道でも、夜に何度か出会って驚い…

車で、通う。(篆刻:車)

車で、通う。(篆刻:車)サムネイル
狭川地区の最寄駅はJR笠置駅だが関西本線は不便だから、大阪、京都へ通勤 するには近鉄奈良駅へ出る。バスに乗れば奈良まで40分かかり、1日8本しか ない。結局みんな18歳になると免許を取って車に乗るから、バスを利用するのは…

米を、食べる。(篆刻:米)

米を、食べる。(篆刻:米)サムネイル
20代後半、マクドナルドのCMから会社案内まで制作一切を任されていた時に 藤田田(でん)社長が目の前で「日本の主食をパンにするんだ」と豪語したのには 「そんな無茶な」と呆れた。でも、あれよあれよという間に、その通りになり…

朝日を、拝む。(篆刻:日)

朝日を、拝む。(篆刻:日)サムネイル
狭川が川に添った集落であれば、町によって陽の当たり方が違う。西狭川町は西に あるから朝日が当たるが、その向いの狭川東町は朝でも日影になる。この家を見た時、 直感的に、いや衝動的にひとりで買うことを決めてしまい、カミサンや…

川が、流れる。(篆刻:川)

川が、流れる。(篆刻:川)サムネイル
奈良市の狭川地区は、狭川両町、西狭川町、狭川東町、下狭川町、広岡町だが、 そのうち下狭川町は奈良市合併の時、従来の垣内(かいと)名を通称としたので 下狭川奥町、〃川口城戸町、〃門前町、〃上町、〃中町、〃下町がある。自治 …
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