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篆刻:使い方と楽しみ方

篆刻は、「木・牙・角・水晶・石・金などに文字などを彫刻し、文書・書画などに押して印(しるし)とするもの。」ということが出来ますが、その使い方や楽しみ方は「印(しるし)」を残す物と目的によって、大きく二分されます。

その二つとは、
A:何らかの表現の作者の「印(しるし)」として。
B:単なる個人の「印(しるし)」として。
ですが、以下にそれぞれの使い方、楽しみ方を分かりやすく解説します。

A:表現の作者の「印(しるし)」として。
◎誰の作品かを判別してもらうための「作者の印」。
書道や絵画(水彩画、墨彩画など)では、趣味で制作して、出来上がったものを自宅に飾るのが楽しみならサインや印が無くても何も問題はありませんが、仲間との発表会、グループ展など小規模でも他の方の作品といっしょの展示される場合は、誰の作品かを判別するためには、何らかのサインや印が必要になります。
この場合には、サインや印の作法や決まりは無いので、自分や仲間という狭い範囲で、その人らしい「印(しるし)」を作品のどこかに残すことで事足ります。手書きのサインだけでも、篆刻として名前だけ、名前の一文字だけ、また好きな言葉や好きな図象の印でも構いません。これが私の「印(しるし)」と決めて、他に示すことで、目的は達成されます。また、それを固定したり、持続したりという必要もありません。自分の「印(しるし)」ですから、いくつあっても、その時の気分や出来栄えで次々に変えてもいいし、それを楽しみにすることも出来るのです。

◎作者の証としての「姓名印」、「雅号印」、「落款印」。
しかし、何でも自由、気ままが許されるのには限度があります。会や教室に参加して、先生の教えを受けることで上達を目指すのなら、メンバーであることをサインや印で示す必要がありますし、そのグループ内で何らかの約束ごとに従う必要も出てきます。最低限、姓名の最低ひと文字でも、「姓名印」を用意する必要があるでしょう。
また、会や教室のなかでは上達するにしたがって雅号を申請し、授与されることがあります。その場合は、その雅号を印にして作品に押すことが当然のこととして求められます。
雅号を印にしたものは「雅号印」ですが、作品にその作者として署名に添えて雅号印を押せば、作品の完成の証として「落款印」と呼ばれます。
落款印は、「姓名」(姓だけ、名だけも可)を白文で、同じ大きさの「雅号(別号)印」を朱文で、その下に押すのが一応の作法とされています。また作品の右上に主に長方形の関防(引首)印を押す3顆(印の数)セットもかつては行われましたが、最近は朱白の2顆セットにこだわらず、また朱、白の決まりにも左右されず、また署名も無し、印ひとつで落款印とすることも無作法でもなく、おかしくも無い時代になりました。簡素、自由、軽みという時代の流れを反映していると考えられます。
書道や水彩画などでは、落款印は作品の紙に直接押すことが出来ますが、油絵でも工夫次第では篆刻を生かすことができます。たとえば、和紙に押して周りをちぎって貼ることも可能です。

B:個人の「印(しるし)」として。
◎書道や絵画など、特にアートや表現をしていない方でも、自分の「印(しるし)」としての篆刻を持つことは、大いに意味のあることです。手紙やハガキという、他者とのコミュニケーションに生かせるだけでなく、自分自身、自分だけのアイデンティティーとなるからです。
以下に個人の「印(しるし)」としての篆刻の使い方、楽しみ方をご紹介します。

① 持ち物に押す。
自分の持ち物である、ノートや本などに、自分の名前や好きな図象が刻まれた篆刻を押すのが、もっとも基本的な使い方で、所有者を個性的に知らしめる行為です。会社などでは、シャチハタの名字印を使うことで最低限の目的は済ませられますが、プライベートでは自分の趣味や好みを反映させた篆刻をオーダーして、愛用することが望まれます。個人的に所有者を示すのであれば、「姓名印」でなくても、自分の好きな言葉や図象でもその目的はかなえられますので、この篆刻は「雅印」とか「遊印」と呼ばれることがあります。
また、自分の本に所有者としての印を残す篆刻は、ずい分昔から「蔵書印」というジャンルを生み出し、洋の東西でそれぞれに発展進化し、愛好家、収集家もいます。

② 手紙、ハガキ、カードなどに押す。
他人とのコミュニケーションに使う篆刻で、もっとも一般的なのは、便りの文末に押す紅一点の印影でしょう。篆刻が無いときと、押したときを見比べれば一目瞭然、鮮やかな印象が相手に伝わります。
ハガキには絵ハガキがありますが、あらかじめ何かのメッセージをデザインしたグリーティングカードのようなものもあり、それに手書きのコメントを書き込み、なおかつオリジナルの篆刻(印)が押されていたら、いっそう心のこもったカードになります。
最近は多彩な色がそろったカラーのインクパッドもあるので、同じ篆刻でも、その時の気持ちにそった色で楽しむことが出来ます。
結婚式や披露宴の招待状にも、お二人の名前の篆刻がカラースタンプで押されているのも、なかなか華やかで心が弾みます。

③ 封筒の「封印」として押す。
お便りの文末に、署名に添えて押すばかりでなく、その便箋を入れた封筒のベロの部分に押すのは「封緘」と呼ばれ、「緘」という文字だけのものが文具店にはありますが、「龍虎&緘」などユニークなものを特注する人もあります。姓名の一文字でも、お好きな図象でも、個性的な篆刻を押せば雅味のある「封緘」になって、差出人の人柄がしのばれることでしょう。

④ シールにする。
お好きな篆刻を和紙に押して、手でちぎると、風雅な手製シールが出来上がります。それを便箋、ハガキ、封緘にと、いろいろな使い道で貼って楽しむことができます。
また、最近は印影を画像にすることで、いろいろな大きさのシールにすることも可能になりました。

⑤ メールに挿入する。
篆刻を画像にしてパソコンやスマートフォンに保存すると、メールの差出人でテキストだけではなく、篆刻の画像を挿入すれば、篆刻を押したような効果があります。味気ないメールが、人肌の雰囲気に生まれ変わります。

※篆刻の使い方、楽しみ方は無限大。
篆刻を押すことなど考えられない油絵にも、紙に押して、ちぎって貼れば落款印になるように、せっかくオリジナルの個性あふれる篆刻(雅印、姓名印、落款印、遊印)を手に入れたなら、固定観念にとらわれず、頭を柔らかくして、篆刻が生かせるところを見つけて、大いに楽しんでください。     ///

 

篆刻の制作に要る道具、要らない道具。

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篆刻は、主に石などに篆書体などの文字を彫って印を作ることで、趣味のなかでは、あまりお金がかからず、場所もとらないものだといえるでしょう。約5千年前、メソポタミアで生まれてから長い歴史を経た現在、篆刻という表現ジャンルでは、過去の因習にとらわれない新しい方法が取り入れらてはいるのですが、いまだに古い習慣を守り、教え、伝えることで、無駄な時間や経費を費やしている傾向も根強く残っています。
以下では、楽篆堂があえて篆刻の師につかず、会派にも属さず、しきたりや先入観から自由な立場で制作するなかでの経験を中心に、できるだけ多くの方に篆刻を楽しんでいただけるよう、最低限必要な道具について、また無くても困らない道具について解説します。

A:篆刻制作に、最低限、必要な道具、材料。

1:石(印材)
印として文字などを彫る材料は印材と呼びます。最も多く一般的なのは滑石(蝋石)で、四角、長方形、丸、楕円など印面の形と大きさで選べます。ほとんどが中国からの輸入品ですが、趣味として彫るものであれば、青田石、寿山石、巴林石(ぱりんせき)などの種類にかかわらず、価格は数百円と手頃です。
石の他の印材は、印刀で彫れる木や竹のほか象牙、陶器、ガラスなども印にすることは可能です。最近では「消しゴムはんこ」というジャンルも生まれていますが、楽篆堂はこれも広い意味で篆刻と考えています。 

2:耐水ペーパーとガラス板
印材は、ほとんどの場合、印面以外は比較的きれいに磨かれていますが、印面だけは自分で平らに整えなければなりません。その時に必要なのがサンドペーパーで、少し厚手のガラス板の上に敷いてこすることで、平らにします。サンドペーパーでも耐水ペーパーを使うのは、水で濡らすことでペーパーがガラスに密着する、また粉が舞わないなどの理由だと思いますが、慣れれば水なしの状態でも可能です。
楽篆堂は、まず粗い100番で大きな凸凹を無くし、やや細かい400番で仕上げます。それより細かく磨くと印面がツルツル過ぎて、石と紙の間の印泥が滑るように感じます。
※この磨いた粉は、古歯ブラシなどで集めて溜めておくと役にたちます。半紙などに印泥で押した後、時間がたつと油分が黄色く滲んできます。印泥で押した後、裏にこの粉を付けておくと、油分を吸い取ることができます。

3:印刀
印刀は石などのやや硬い印材を彫る道具なので、最低でも1本は必要です。楽篆堂は角型両刃、幅4ミリ1本で、大きな7センチ角から小さな7ミリ角まですべての石を彫っています。丸型両刃、斜め片刃などもありますが、上達と必要に応じて増やせばいいでしょう。
中国製の合金のものが安価で多く出回っていますが、切れ味では日本製の鋼と軟鋼で鍛造したものがベストで、そんなに高価でもありません。

4:方眼紙、鉛筆、消しゴム、サインペン
文字のデザインは、5ミリか1センチの方眼紙にします。印面の大きさで枠を書いて、その中に文字を配置しますが、小さな印面の時は2倍や1.5倍とかに拡大して、のびのびとデザインすることもあります。
鉛筆は、楽篆堂はBが硬すぎず柔らかすぎず、最適だと思います。鉛筆で構成が決まったら、0.1ミリ程度の細い黒の水性サインペン(楽篆堂はUNI pin)で上から塗りながら清書します。朱文の場合は赤い部分を黒く塗り、白文の場合は彫って白くする部分を黒く塗ります。紙の上では白と黒だけですが、実際にどちらが赤く、また白くなるかくらいの識別は簡単なことです。
※日本の篆刻界では、実際の赤と白をそれぞれ朱墨と墨で布字をするという方法が一般的なのですが、実際に白くなる部分を黒い墨で塗ること自体、視覚的にも筋が通らず、楽篆堂には理解不能です。
デパートで実演する中国・西冷印社の篆刻家は石の印面に直接筆で逆文字を書いています。彼らに日本では墨と朱墨を使うといっても、意味が分からないよう「?」という顔をします。

5:トナー式コピー機
簡単でできるだけ少ない道具で、といいながらいきなりトナー式コピー機が必要という話ですが。わざわざ数万円も出して買うことはなく、ご近所のコンビニのコピー機はほとんどがトナー式ですので、利用してください。方眼紙で清書したデザイン原稿は、印面と同じ大きさで濃い目にコピーします。

6:除光液
篆刻のデザインをコピーしたら、コピー面を印面に当てて、裏からマニキュアの除光液で浸すと、        コピーの黒いトナーが印面に転写されます。ただし、コピー機のメーカーと除光液には相性があって、どんなコピー機、どんな除光液でもOKではないので、多少の試行が必要です。書道具店によっては除光液の代わりになる、黄色やオレンジのマジックインクを売っています。

7:歯ブラシ
石の印面を印刀で彫る時に出る石の粉状のゴミを掃除するためのもので、使い古しの歯ブラシで十分です。

8:印泥(いんでい)
篆刻のために作られた印肉で、水銀と硫黄を焼きしめて作った銀朱にモグサの繊維とヒマシ油を混ぜたものです。書画の作品には、中国・上海の西冷印社の「光明」、「美麗」などをお勧めしていますが、絵手紙とか普段のお便りなどでは、普通の印肉やシャチハタのスタンプ台で十分だと思います。かなり高価なうえに質的に当たり外れがあり、暑さ寒さで硬さが変わるなど、なかなか気難しいものです。

9:半紙(印箋)
篆刻、印は押して印影を楽しむものですから、半紙などの紙が必要です。篆刻には綿連紙や薄手の画仙紙が良いとされていますが、シャープな印影を好む楽篆堂は雁皮紙を使います。
枠が刷ってある既製品の印箋(いんせん)もあり、たくさん溜まったら表紙を付けて和綴じにして自分だけの印譜(いんぷ)を作ることもできます。

B:篆刻制作に不要な道具、無くても困らない道具。

10:印床(いんしょう)
印面に文字を書き込んだり(布字)、印を彫る時に、ネジやクサビで印材を固定する台のことです。一般的に初心者はこれを使う方が良いとされますが、楽篆堂は初心者のときから石は手で握って彫ることをお勧めしています。片手に石、片手に印刀であれば、石と印刀の角度を臨機応変に変えられ、石も細かく動かせますが、印床だとデスクに置いた状態なので彫る角度の自由度が低く、また印床は軽くはないので細かく動かしにくいのが難点です。

11:印褥(いんじょく)
印を紙に押すときの台で、木枠の中に皮を張り、かすかな弾力をもたせたもの。あるにこしたことはありませんが、少し厚手のガラス板に紙を2,3枚敷いても同じように捺すことができます。

12:印矩(いんく)
主に木製の直角の定規です。書の作品に白文の落款印を赤ベタ部分にムラのないよう2,3回重ね押しをするときには欠かせない道具ですが、印影でもカスレ、欠けがあるのが自然という傾向が強くなっていますから、必須の道具ではありません。印を押す場所を決めるときにも使えます。

13:墨、朱墨、硯、水滴、筆
多くの篆刻教室では、印稿を作ったり、布字をするときに墨と高価な朱墨を使い、またそのために二面の硯も購入することになりますが、トナーと除光液で転写する時には墨、朱墨、水滴、筆までが不要です。

14:手鏡
印面に墨や朱墨で布字したり、彫る途中、彫った後に、印面の逆字を鏡に写して正字で確認する時に使いますが、トナーと除光液で転写する時には不要のもので、彫った途中なら捺して紙に押してチェックする方が正確です。

以上のように、篆刻は最低限、10ほどの道具、材料があればできる趣味です。また、場所的には、石を彫る時の削りカスには重さがあって遠くに飛ばないので、新聞紙半分、折込みチラシほどのスペースがあれば十分。
篆刻はお金がかからず、場所もいらない、誰でも気軽に楽しめる趣味であること、お分かりいただけたでしょうか。

 

篆刻に使う篆書、篆書体とは。

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篆刻とは「木・石・金などに印を彫ること。その文字に多く篆書を用いるから。」としましたが、その印に彫る文字=篆書とはなんでしょうか。
前回は、篆書の「篆」について説明しましたが、今回は「篆書」、また「篆書体」について解説します。
「篆書(体)」とはなにかの概説ですので、手元の資料の中で簡便で分かりやすいと思われる『淡交ムック 篆刻入門』を主に引用します。

《篆刻(篆刻に使う篆書、篆書体とは)》…目次
1:【原初の文字(らしきもの)】
2:【甲骨文】
3:【金文】
4:【甲骨文と金文】
5:【周から戦国時代の篆書】
6:【大篆】
7:【小篆】
8:【隷書】
9:【印篆】
10:【説文解字】
11:【篆書百体】
12:【篆書(体)とは】

1:【原初の文字(らしきもの)】
漢字が生まれた中国では、文字を思わせる原初的なものは4000年ほど前から存在していたといわれ、また戦後陜西省の半パ(土+皮)遺跡から6000年前の石器時代の陶片が発掘され、そこに文字様のものがあったとの報告があったけれど、文字か単なる目印なのか判然としないものでした(※1)

2:【甲骨文(こうこつぶん)】
文字が意味を表し、かつ数文字程度で文章化されていることで文字といえる最古の例が、殷の時代に現れる甲骨文で、3200年ほど前のものが知られています。
これは吉凶の卜占に用いた文字で、亀の甲羅や鹿の角、牛の肩甲骨などに鋭い刃物で文字を切りつけています。短文ですが、天の啓示を占う特殊なものですから、文章的にはかなり完成され、字形はまだ象形文字に近く、素朴な力強さがあって、造形的に大変面白いものです。(※1)

3:【金文(きんぶん)】
この甲骨文に相前後して登場するのが青銅器類に刻された文字で、金属器の文字ということから金文と呼ばれます。殷を代表する文化といえば青銅器の発明で、国家の重器・祭器ですから庶民が利用できるものではなく、そこに彫られた銘文も、民族の統率者をたたえ、あるいは先祖を祠る士族標章の類の文字がつづられています。(※1)

4:【甲骨文と金文】
殷の時代に初めて文字としての篆書(甲骨文と金文)が姿を現しますが、書体としてはまだ定まっていない不定型な時代で、同じ文字でもさまざまな表現が見られ、それだけに生き生きとした躍動感があります。また、甲骨と青銅器というように、素材と用途を異にしていたので、当然異なった表現が見られますが、一般的にいえば、下書きをして鋳るとか彫るとかして権威を象徴する銘文を加えた金文の方が重厚な表現になっています。(※1)

5:【周から戦国時代の篆書】
殷に続く周は、西周が殷の技術者を保護し、高度な技術と文明を持った殷の正統な文化や文字を継承して、特に青銅器の造形や装飾と相まって、荘重な金文の篆書を完成させます。ところが時代が下がって、東周になると、春秋から戦国時代にかけて、諸侯が乱立して治乱興亡を繰り返し、文字も地域的な分化、用途別の変化をみせて、それぞれの文化が花開き、装飾性豊かな篆書も現れるので、乱れとばかりは言えない状況でした。(※1)

6:【大篆(だいてん)】
唐初の頃、陜西省の田野から発見された太鼓様の石10個に四字句で韻を踏んだ文字が彫られていました。現存最古の石に彫った文字といわれる貴重なもので、先秦の時代に彫られたものです。その文字がいわゆる殷・周の流れを伝える篆体で、大篆あるいは籀文(ちゅうぶん)といわれる書体の代表作です。(※1)
大篆は、古代の甲骨文や金文から発展し、秦代に成立する小篆の前段階に位置する書体で、今から2500年以上前の中国・春秋戦国時代に用いられた文字です。ひとくちに大篆といっても範囲は非常に広いのですが、漢字の原初の姿をとどめていて力強く重厚でありながら、うるわしい調和がはかられていて、漢字本来の堂々とした風格が雄渾な構成に秘められ、そのため昔から多くの書家、篆刻家が大篆を愛好し、研究に励んできました。(※2)

7:【小篆(しょうてん)】
これに続くのが、全国制覇をなしとげた秦の始皇帝で、印刷をはじめとする諸制度の制定はもとより、貨幣や度量衡の統一、そして文字の統一を行います。この時に統一された文字が、いわゆる大篆に対する小篆(秦篆)で、篆書の究極の美といわれます。
大篆が荘重な感じを強調するあまり、より複雑な傾向を示したのに対して、大篆の名残りは残しつつ、通行しやすい篆書の書体を目指したのが小篆です。
古い時代には横に幅広い字形を示した篆書の書体を、小篆では縦三対横二という縦長の黄金律に近い比率に改めます。篆書のもつ宿命や特色といえる権威を象徴する記念碑的な効果を一層高めています。
そうした美しい小篆の例として喧伝されるのが「泰山刻石」であり「瑯邪台(ろうやだい)刻石」です。秦が天下を統一して三年目、始皇帝は諸国を巡遊し、同年以降都合七石を建て、文字を刻して、秦の徳を称えたもので、その後、失われ残ったのがこの二石です。(※1)

8:【隷書(れいしょ)】
漢の時代になると、肉筆の木・竹簡などを除くと「泰山刻石」のような堂々たる篆書の遺品は残っていません。それは、この時代には篆書が終わり、隷書の時代に移っていくからです。(※1)

9:【印篆】
ただ官・私印といった印章には伝統的な篆書が用いられて、典雅荘重な、いわゆる印篆という篆書体が行われてゆきます。印篆は先の小篆が縦長であったのに対して四角な字形を形づくります。方寸の世界にきちっと収まる字形です。印章に用いる篆書=印篆と呼ばれたように、印章専用の篆書体として、以後脈々と伝えられます。(※1)

10:【説文解字(せつもんかいじ)】
こうして殷代の甲骨文・金文に始まる篆書体の流れはその後、戦国時代の乱世を経て、大篆→小篆→印篆とそのスタイルを改めながら、印章という小さな世界に閉じ込められ、歴史の表舞台から消えてゆきます。後漢になると、すでに篆書が読めなくなる時代を反映し、それに危機感を覚えた許慎(きょしん)が『説文解字』(西暦100年)を著します。当時の篆書9353字を文字の源義を解明しています。(※1)

12:【篆書百体】
『篆書百体千字文』は130種類の篆書で千字文を構成しているが、編集部によるはしがきでは、「一般に篆書は周の宣王の時代に史籀によってそれ以前の古文の用筆を改めて作られた籀文(=大篆)と秦の始皇帝の時代に書体の統一をはかって制定された小篆の二種に分けられるようである。しかし実際には、ひと言に篆書といっても象形文字に近い物から隷書の体が現れてきているものまで、誠に多種多様であり、名称上ではっきりと二種類に分類規定することは難しい。つまり篆書には、隷書以前のあらゆる書体が含まれるといっても過言ではない。」「篆書の中には実用を主とする通行書体とは別に、装飾的な意味での書体が多い。例えば幡信用に使われた虫篆、割符用の刻符篆、印章用の摹印篆など特殊な目的のみに使われた応用的な装飾文字といえる。」としています。
以下、目次に従って列記します。
太極(たいきょく)、河図(かと)、八卦文(はっけぶん)、洛書(らくしょ)、九疇(きゅうちゅう)文、蝌蚪(かと)文、穂(すい)書、龍書、鵬尾(ほうび)篆、垂雲(すいうん)篆、亀書、古文、鳥跡(ちょうせき)文、籀(ちゅう)文、鐘鼎(しょうてい)文、鸞鳳(らんぽう)書、商鍾(しょうしょう)文、菼(たん)らん(草冠+乱)文、墳(←王偏、ふん)書、説文、上方(じょうほう)大篆、麟(りん)書、虹霓(こうげい)篆、根梗(こんこう)篆、小篆、転宿(てんしゅく)篆、方直(ほうちょく)篆、倒薤(とうかい)篆、芝英(しえい)篆、衡持(こうじ)篆、刻符(こくふ)篆、彫虫(ちょうちゅう)篆、大風(だいふう)章、金釧(きんくん)書、方填(ほうてん)書、石鼓文、薇垂(びすい)篆、垂露(すいろ)篆、水紋篆、天禄文、童首(どうしゅ)篆、荻(てき)篆、覆戴(ふくたい)文、剪刀(せんとう)文、鳥篆、奇字(きじ)篆、孔方(こうほう)文、楷字、菰華(こか)篆、中正篆、華薜(かへい)篆、貂尾(てんび)篆、懸鍼(けんしん)篆、大篆、規矩(きく)文、佐書、瓔珞(ようらく)文、鼠尾(そび)文、上方小篆、華芒(かぼう)篆、魚書、填(てん)篆、虎爪(こそう)篆、華草(かそう)書、宝帯(ほうたい)篆、蝮(ふく)書、杉枝(さんし)字、雁(がん)字、古尚書、古銭文、い(水+遺)字、鳳尾(ほうび)書、方勝(ほうしょう)文、金縢(きんとう)篆、碧落(へきらく)篆、鶴書、殳(しゅ)篆、鵠頭(こくとう)書、太極篆、堰波(えんは)篆、漠草(ばくそう)篆、蚊脚(ぶんきゃく)篆、禹碑(うひ)文、剛錯(ごうさく)文、鼎(てい)小篆、南山文、秦璽(しんじ)文、王宵(おうしょう)文、托蓮(たくれん)文、ぐう絲(し)文、三台篆、精慍(糸偏)(せいおん)文、竹書、梅花篆、垂露文、斜畳(しゃじょう)篆、龍爪(りゅうそう)篆、八宝(はっぽう)文、飛白文、摹印紅(ぼいんこう)文、麦実(ばくじつ)文、薠(はん)篆、か(禾+解)葉(よう)文、行草篆、釵股(さいこ)篆、正畳(せいじょう)篆、拍子(はくし)文、金釣(きんちょう)篆、金剪(きんせん)書、繆(びゅう)書、香煙(こうえん)文、霊芝(れいし)篆、木簡文、廻鸞(かいらん)篆、銭線(せんせん)文、急就(きゅうしゅう)章、流金文、陰易(いんえき)文、柳葉(りゅうよう)篆、皇升(こうしょう)篆、天書云(てんしょうん))篆、金剪刀(きんせんとう)、鳥書、古鳥跡、象形文、罘愚(ふぐ)篆、玉箸(ぎょくちょ)篆、清濁篆、開元文、九畳篆、以上(※3)

13:【篆書(体)とは】
これまでの解説をまとめると、篆書(体)とは、狭義では「周の宣王の時代に史籀によって籀文(=大篆)と秦の始皇帝の時代に制定された小篆の二種に分けられる」が、一般的には「甲骨文、金文、大篆、小篆、さらには印篆までを篆書(体)という」ことが多い。また、篆刻家には「虫篆」を好んでする方もいるのだから、篆刻の可能性を広げるという意味においても「隷書以前のあらゆる書体が含まれる」と広義に捉えるべきでしょう。

出典:
※1 『淡交ムック 篆刻入門』淡交社 1994年 
※2 『篆刻文字(三)大篆』マール社 王超鷹著 1990年
※3 『篆書百体千字文』マール社 孫枝秀 原輯 1984年

篆刻の「篆」とは。

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これまで「篆刻とは」、「篆刻(印と印章について)」と2回に分けて、篆刻とはなにかを分かりやすくまとめてみたのですが、今回はもっとも基本的な、楽篆堂の号にもある「篆とは」の解説をしてみます。

まず、一般的な解釈として『漢和辞典』旺文社を見てみます。
〇書体の名。周の太史籀(チュウ)の作った大篆と、秦の李斯(リシ)の作った小篆とがある。「篆文」〇印章。(篆体の文字が多く使われる)〇銘文。金石にきざんだ文。(銘文には篆書を多く用いる)
残念ながら、これでは「篆」という特別な文字の意味がまったく見えてきません。他の資料を探ることにします。

①【篆】とは…白川静『字統』から
【篆】テン=書体の名として「声符は彖(たん)。彖にまるいものの意がある。〔説文〕にある「引書なり」とは、筆を引いて同じ太さで書く書法のことで、いわゆる篆文であろう。
甲骨文は契刻してしるすもので、その刻画は尖鋭なものであるが、金文の字には肥瘠破磔があって、筆意がよく示される。しかし後期の金文に至っては肥瘠を加えず、かつ結体も均斉なものとなる。この後期金文や〔石鼓文〕の書体が大篆といわれるものであり、それを整理して標準化したものが、小篆であると考えてよい。
印刻の字には多くその体を用いるので篆刻といい、また碑文などの題額にもその体を用いて篆額という。小篆の字形の直線化したものが隷、あわせて篆隷という。楷以前の字体である。
篆は筆を離さず屈曲纏繞(てんじょう)するものであるから、装飾的な字様となることがあり、呉越の地では春秋末ごろ特に鳥篆が行われた。満城漢墓の鳥篆文銅壺はその風を模したものであるが、殆ど文字としての機能を失っている。香煙のゆるく舞いのぼるさまを、篆煙という。」としています。

②【篆】とは…水野恵『印章篆刻のしおり』から
「印材に印文や枠等を彫りつける事を「篆刻」と言います。」としたうえで、「「篆」の字源的な意味は現在明らかではありませんが、「縁」や「椽(テン、たるき)」といった同類の言葉を集めて、それらの最大公約数的なものによる類推は可能です。そうして「彖」の仲間を集めてみると「細長い物をずっと先の方へ辿って行く」という最大公約数が見つかります。
糸を辿り(縁)、木を辿り(椽)、手を辿り(掾、エン、ふち・へり)、ということになると、竹を辿るのが「篆」のようです。ところが「縁」は糸そのものではなく布か衣服のへりを表し、「椽」は樹木でなく棰(たるき)を表し、「掾」は手そのものでなく袖口を表しますので、「篆」も生えている竹や竿ではなく、細長くて、先へ辿って行くべき竹の加工品であると考えるか、そういう加工品を先の方へ辿って行く事、と考えるのが妥当でしょう。
そこで古い竹の加工品で細長い物を思うと、竹簡が浮かびます。竹簡とは、紙が発明されるまで、今の料紙と同じ用途の具として文字を書き記すために、竹の薄板を細長く加工した物です。けれども竹簡は簡であって「篆」と言われた例は発見されていないようです。すると「篆」とは、竹簡を先の方に辿って行く事だと考えてよさそうです。竹簡を辿ると言えば、これはもう竹簡に字を書く→字を書く、以外の事ではありえません。
この解釈は一つの類推ですが、篆書という語の誕生もこの類推からなら説明がつきますし、たまたまこの仮定は最古の漢字字典である説文解字の解釈と一致します。説文解字には「篆とは印書なり」という意味の説明があります。「篆」が「文章を書く」ならば「篆刻」は「文章を書いて彫る」意となります。そして印章の場合の「引書」は印文ですから、篆刻の定義は前述のとおりとなります。」としています。

白川、水野両氏の説を総合すると「篆とは、まだ紙のない時代、竹簡に「引書」という書法で筆を引きながら同じ太さで文字(篆文)を書くこと」になります。

③【篆】とは…『大漢語林』から
また、『大漢語林』では、「【篆】①漢字の書体の名。周の宣王の太史の籀(チュウ)の作といわれる大篆(籀文チュウブンともいう)と、秦の李斯リシの作いわれる小篆とがある。多く印章に用いられる。⇒篆書。「篆書」、「篆文」②はんこ。印章。篆書を用いることが多いのでいう。」とし、その解字には「竹+彖。音符の彖(テン)は、轉に通じ、めぐらすの意味。筆を回転させるようにして書く書体の意味を表す。」とあります。

白川、水野両氏の説にこれを加味すると「篆とは、まだ紙の無い時代に、竹簡に筆を引いたり回転させたりしながらも、同じ太さで文字(篆文)を書くこと」となり、書の方法としての「篆」のイメージがより具体的になります。

④【篆】と筆の関係
では、書の方法としての「篆」を可能にした筆とは、どんなものだったのでしょうか。
曽紹杰(けつ)の『書道技法講座<篆書> 泰山・瑯邪台刻石』には、「古代の篆書というのも古人の日常の字であり、時代が移るとともに変わって違ってきたにすぎない。昔の最初の筆は竹に毛を束ねただけのもので、これで線を引いたから、篆書はどこも太さが均一で、転折のところも角ばっていないのである。後世の人の楷行草は太いところと細いところがあるので美しく見えるが、もし筆に芯がなければ様にならないであろう。今の人がこの芯のある筆を使って篆書を書こうとすれば、困難は古人よりはるかに多い。」とし、さらに「(篆書の)初学の者でうまく筆を使えない場合は、灯火で穂先を少し焼くと書きやすくなる」というアドバイスまでしています。
また「後世の毛筆は次第に精巧に作られるようになって、(中略)この種の先が尖った筆は楷行草を書くのには大変便利だが、篆書を書くにはむしろ不都合になる。」「秦篆のような穂先の出ない起筆を書くには逆入平出という蔵鋒による方法を用いなければならない。」と《蔵鋒法》を解説し、また「古い筆を溜めておいて、穂先の尖っていない筆に育てる」《旧筆平起法》を併記しています。

古代の篆書は、筆がまだ未発達で粗末な作りだったがために生まれた文字の形、文字のスタイルであったと言ってよいでしょう。

参考資料:
(1) 白川静『字統』平凡社、1994年
(2) 水野恵『印章篆刻のしおり』芸艸堂、1994年
(3) 鎌田正・米山寅太郎『大漢語林』大修館書店、1992年
(4) 曽紹杰(けつ)『書道技法講座<篆書> 泰山・瑯邪台刻石』二玄社、1987年

篆刻(印と印章について)

前回の「篆刻とは」の整理で、一般的には【篆刻】はほぼ【印、印章】とされていることが判りましたが、篆刻によって生まれる印には、使用される目的があって、それによって印の呼び方が変わってきます。
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画像は、阿部玲雅さんという書道をされる方のために楽篆堂が彫らせていただいたものですが、それぞれに使用目的と名前があります。その呼び方はあくまでも便宜的なものですが、篆刻、印の種類、カテゴリーとして成立しているものがいくつかありますので、それを整理しておきましょう。

《篆刻(印、印章)の使用目的と種類》…目次
①【落款(らっかん)】
②【落款印】
③【姓名印】
④【雅号(別号)印】
⑤【雅号】
⑥【別号】
⑦【別号印】
⑧【引首印】
⑨【関防】
⑩【遊印】
⑪【恒操印】
⑫【公印】
⑬【私印】
⑭【官印】
⑮【雅印】

①【落款(らっかん)】とは「(落成の款識(かんし)の意)書画に筆者が自筆で署名し、または印をおすこと。また、その署名や印(注:この場合は印影を指すと考えられる)。」と広辞苑(第七版)にあります。

水野恵氏によれば、『「落款」とは「落成の款識」という意味で、「落成」とは工事の出来上がり。この工事とは土木建築に限らず、技術が未発達な時代の金属器を作ることも工事であって、小さな器を作り上げた時も「落成」と言ってよい。また「款識」とは金属器に彫りつける文字のことで、文字を凹に彫った陰文を「款」と呼び、文字を凸状にした陽文を「識」と言う。そこで「落成の款識」というのは「物が出来上がったときに記された文字」になり、さらに「物を仕上げた時に作者を示す証しとして記したもの」になり、そのような習慣が書画に多いことから、書画の作者の署名、または捺印、または署名捺印の専門語のようになった。しかし、陶磁器や彫刻、漆器、染色などに作者の名を記しても「落款」でよく、「作者が自らの責任の所在を明らかにするため作品に明記するもの」を落款としてよい。それはハンコでなければならない訳でもない。』(3)とあります。

つまり「落款」とは作品の作者が責任の所在を明らかにするための署名や捺印のことで、篆刻された印(印顆)それ自体を落款と呼ぶ人がいますが、これはまったくの誤りです。

②【落款印】
広辞苑には「落款印」という言葉はないのですが、書画などの作品の作者としての落款という行為の為に使用することが明らかな印は、楽篆堂は便宜上「落款のための印」=「落款印」と呼んでいます。

「落款として押す印(落款印)」については、作者の責任を明らかにするために押すので、最低でも「姓名印」や「雅号(別号)印」のどちらか、より丁寧にするなら「姓名印」と「別号印」を上下セットで押します。

③【姓名印】印に彫る文字は「姓名」「姓のみ」「名のみ」などがあり、好みで決めることができます。その字数によって「印」「之印」などを加えてバランスをとることもあります。朱白については、対で押される「雅号(別号)印」は朱文が基本なので、「姓名印」は白文が一般的です。

もちろん、姓名印が単独で押される場合は朱文もあり得ます。
※画像の真ん中の「阿部」が、姓の2文字を彫った「姓名印」です。

④【雅号(別号)印】
「雅号印」「別号印」ともに広辞苑にはないけれども、水野恵氏は印文に雅号を刻すものは「雅号印」としています。楽篆堂も「雅号印」というカテゴリーを設けています。「別号印」も同じです。

⑤【雅号】
広辞苑では「文人・学者・画家などが、本名以外につける風雅な別名。号。」とあります。観峰流という書道の「観峰文化センター」によれば、「雅号とは、書画に用いる雅趣に富んだ名前で、本名より作品に調和して品位を高めるとともに、作者の精進努力の気運をわきたたせる」としています。

⑥【別号】とは。
広辞苑では「別につけた名号。ほかの呼び名。」

⑦【別号印】は広辞苑にありませんが、ほとんどの篆刻関連書にあります。一般的には「雅号印」が多く使われ、専門書では「別号印」がより多く使われているようです。
「別号」のあとに・山人 ・閑人 ・散人 ・道人 ・学人 ・居士 ・雅人 ・外史 ・老人 ・翁 ・女史などの別号に関係ある文字をつけることがありますが、最近ではとても少ない例と言っていいでしょう。
※画像の右の「玲雅」が、阿部さんの雅号なので「雅号印(別号印)」です。

落款に使われる印は署名の近くに押す「姓名印」「雅号(別号)印」が基本ですが、もうひとつ「関防(引首)印」を加えることがあり、さらに右下、左下に「押脚印」まで加えることもあります。「関防(引首)印」を広辞苑で調べてみましょう。

⑧【引首印】書画幅の右肩に押す印で、多くは長方形のもの。関防。
⑨【関防】①中国で関所のこと。②書画の右肩に押す印。関防印。
水野恵氏によれば、『「関防」は本来割印のことで、文章に印章をまるまる捺すよりも、元帳にかけて割印にした方が照合が容易なので生まれたが、やがて割印でなくても「関防」というようになった。関防を「冠帽」と誤ったうえに、印をつけて「冠帽印」ということがある。四角い印章を割印にすると長方形になる。日本では書画の右肩に長方形のハンコを捺す事が流行ったので、割印形ということで「関防」と気取って言ううちに、上の方に捺すから「カンボウ=冠帽」だろうと誤ったと思う。』と記しています。

引首印(関防印)の形は長方形が一般的ですが、楕円もあり、円形、瓢箪型などもあり、朱文も白文もあります。では、そこに何を彫るのでしょうか。
榊莫山氏は『ここから美の世界がはじまるという合図のようなものだから、詩や句の一節とか感懐的な言葉を彫るのが普通である。』としています。
※画像の左が「芽生」で、阿部さんのお好きな言葉を彫った「関防(引首)印」で、高さ20ミリの落款印3顆セットになります。

この「引首印(関防印)」は自分の名や号ではなく、愛好する詩句・成語などを彫った印なので、「遊印」ということもできます。広辞苑で調べてみましょう。

⑩【遊印】(遊戯の印の意)自分の名や号ではなく、愛好する詩句・成語などを彫った印。文人の落款などに用いる。
水野恵氏は、『「遊印」とは。「誰かの名前や肩書に関係のない印文の印章」で、この場合の名前は個人に限るわけではなく、法人名も含まれ、要するに「譲渡によって元の人以外の不特定の誰かの印章となりうる」印文の印章を「遊印」という。』と規定しています。

⑪【恒操印】遊印に対して特定の人(法人でも)の印章としかなりえないものについては、水野恵氏は『恒操印」という言葉を提案しています。例えば「〇〇国王之印」は誰か唯一人の国王の印ではなく、国王が交代しても新たな国王の印となり、また譲渡によって国王以外の人の印章になることもないので「恒操印」と呼ぶ。印文が姓名であれば、みな「恒操印」である。』としています。

続けて水野氏は『「恒操印」のなかで「〇〇国王之印」とか「□□課長」のように、印文が公人資格を示すものは「公印」といい、それ以外を「私印」という。』と分類しています。

念のため、広辞苑で確認してみましょう。
⑫【公印】おおやけの印。官庁公署の印。
⑬【私印】各個人または家の印章。←→官印・公印。
⑭【官印】①官庁または官吏が職務上に使用する印。公印。←→私印。

以上、【篆刻】はほぼ【印、印章】としたうえで、印の主な種類を整理しましたが、篆刻、印に関する書物やネットの記事のなかに【雅印】という言葉がかなりの数、見受けられますので、ここで検討しておきます。

⑮【雅印】は広辞苑にはありません。
榊莫山氏はこの雅印について『世に「雅印」と称する言葉が使われているが、風雅な印とか風流な人の印といった漠然とした意味で使われることが多い。字典にもあまり出てこない言葉だが、よく使われる。』(1991年)と記していますが、現在はどうも「篆刻」イコール「雅印」と呼ばれることが多いのではないかと観察されます。

書や絵に作者として押す大げさな落款印ではないけれど、手紙やハガキ、一筆箋などに、例えば名字や名前のひと文字でも印にして押す場合に、その印を何と呼んだら良いのか。誰しもが考えることでしょうし、いつしかそれが「雅印」と呼ばれるようになったことは、ごく自然なことだと思います。
かえって「雅印」という呼び方には、篆刻や印に対する愛情のようなものさえ感じます。

そこで、楽篆堂は「篆刻」イコール「雅印」とする実勢に合わせて、篆刻のカテゴリーにあえて「雅印」を加えています。

◎講演の記録「篆刻とは…楽篆堂の場合」も合わせてご覧ください。

参考資料:
(1) 榊莫山『印章教室』創元社、1991年、ISBN 4-422-73007-X
(2) 榊莫山『書の講座⑥文字を彫る』角川書店、1983年、0371-650606-946(0)
(3) 水野恵『印章篆刻のしおり』芸艸堂、1994年、ISBN 4-7538-0161-6
(4) 水野恵『日本篆刻物語・はんこの文化史』芸艸堂、2002年、ISBN 4-7538-0192-6
(5) 梅舒適・監修、金田石城・編著『篆刻のすすめ』日貿出版社、1979年 第4刷
(6) 梅舒適ほか 『篆刻百科』芸術新聞社、1994年、T1005466102601
(7) 中村淳・監修『篆刻入門』日本習字普及協会、1976年

篆刻とは

この楽篆堂のホームページは「注文篆刻の通信販売」というサイト名ですが、
さて、この「篆刻」とは何でしょうか。まず、これは何の写真だと思いますか。
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「形はちがうけれど、どれも石のようだ」「文字、アルファベットや模様が彫ってある」「赤い印肉のようなものついている」という観察の結果、一番多い答えは、きっと「石のハンコ」でしょう。
わざわざこのホームページを何らかの目的をもってご覧いただいた方なら、「4つの篆刻」と答える方が多いでしょう。「ハンコ」も「篆刻」も、どちらも間違ってはいません。
でも、世の中には「篆刻」という言葉を聞いたことがない人の方が多いのではないでしょうか。
篆刻をまったく知らない人にあえて説明するなら、「書や絵におしてある赤いもの」といえば、少しは通じるかもしれません。しかし「篆刻」と言う言葉を聞いたことがある方でも「篆」という字はなかなか書けません。それくらい「篆刻」というのは分かりにくい言葉ですし、正しい意味を理解している方はむしろ少ないかもしれません。
(写真:楽篆堂の自用印4顆で、左から「快」、「LuckTenDo」、「三つ巴」、「無為天成」)

しかし、このホームページは「篆刻」専門サイトですから、篆刻に関わる膨大なコンテンツで構成されています。このサイト内では「篆刻とは何か」を曖昧なままにして良い訳がありません。そこで、ここでは「篆刻とは何か」を分かりやすく説明して、それに付随する言葉や意味までも解説することで、共通の理解を深め、「彫って、おして、見て、うれしい、楽しい」、「新しくて、懐かしい篆刻」の創造に貢献できればと考えています。

「篆刻」とその周辺の言葉の一般的な理解のために、以下、広辞苑(第七版)を中心に調べていきます。

《篆刻と、その関連の言葉と意味について》…目次
①【篆刻(てんこく)】
②【印】
③【判】
④【判子(はんこ)】
⑤【印章】
⑥【印鑑】
⑦【印顆(いんか)】
⑧【顆】
⑨【印影】
⑩【印材】
⑪【篆刻とは】(まとめ)

①【篆刻(てんこく)】
まず「篆刻」とは、「木・石・金などに印をほること。その文字に多く篆書を用いるからいう。」とあり、印にする素材に篆書体の文字などを彫る「行為そのもの」とされています。
ですから、ここでは一応、本来的には文字が彫られた「印そのものを篆刻と呼ぶのは正しくない」としておきましょう。

②【印】 ①しるしとするもの。特に木・牙・角・水晶・石・金などに文字などを彫刻し、文書・書画に押して証明とするもの。判(はん)。「―を押す」「―鑑」・・・ここでは「印」は「判」と同じで、「文字などが彫刻された物」とされています。また、文書に押す印と書画に押す印が同列、同等になっています。
②として「昔、中国で官職のしるしとして佩用した金石製の印章。「―綬」」の記述もありますが、印の歴史的なことなので、ここでは脇に置きます。

③【判】しるし。わりふ。花押。印鑑。「―を押す」・・・「花押」とは印を手書きに適するように工夫したもの。「印鑑」がここにあることについては、【印鑑】のところで説明します。

④【判子(はんこ)】(「はんこう(版行)」の転)印形(いんぎょう)。印判。判。認め印。「―を押す」・・・ここに「認め印」があるのは、「はんこ」が日常的な言葉であることの影響かもしれません。

⑤【印章】印。判。はんこ。

ここまで広辞苑で「印」、「判」、「判子」、「印章」を見たのですが、大まかに言えば、どれも同じ意味で「文字などが彫刻された物」として使われている言葉と言えそうです。

京都の篆刻家・水野恵氏は、「ハンコ」と同意で復捺性(何度も同じものが捺せる性質)」を持ったものを指す語は「ハンコ、はん、おしで、しるし、印、印判、印形、印章、璽(鉨)、印璽、章、記、印記、印信、朱記、条記、図記、図書、図章、関防、押、合同、宝」の23語があるとしています。

また水野氏は、「当人が、限定された記載事項を、証拠を残して証明する」行為を「示信行為」と言い、その証明を「示信」と言う。その方法であるハンコ、サイン、その他をすべて「示信の具」と言う。示信の具としてハンコを指す語が多くて煩わしいので、「印章」を特に示信の具であるものを指す言葉の代表として用いることを提案しています。(3)

ここまで、「印」に関わる「判」、「判子」、「印章」という言葉をみてきましたが、【判】のなかに「印鑑」という言葉がありました。では、印鑑は広辞苑ではどうでしょう。

⑥【印鑑】
「①関門・城門などを通過する時に提示した捺印(なついん)手形。
②あらかじめ市町村長や銀行その他取引先などに提出しておく特定の印影。印の真偽鑑定に用いる。」です。

水野氏によれば「世間ではハンコとか印章のことを「インカン」と呼ぶ人が多くいて、ハンコの専門家であるハンコ屋さんまでが印章と言わずインカンと言うことがあるけれど、これは誤りで、「印鑑」の「鑑」は見分けるしるしの意ですから、「印鑑」は「印の鑑」、「ハンコを照合するための見本となるもの」であり、具体的には「印章を登録しておく台帳」のことです。」と記しています。

このように、「印鑑」という語にはハンコとか印章というモノの意味はなかったのですが、広辞苑の最新の第七版では、「③印。印章。判。」と、モノとしての意味が加筆されています。時代の流れに中で、間違った意味がとうとう認知されてしまったのです。

ところで、「印」、「判」、「判子」、「印章」という「文字などが彫刻された物」を指すのに適当な言葉はないのでしょうか。一般的には聞きなれない言葉ですが、「印顆」という、印そのものを示す熟語が広辞苑にもあるのです。

⑦【印顆(いんか)】「印。印章。印判。判。」
⑧【顆】「丸いもの、つぶ。玉石、果実などの個数を数えるのに用いる語。」としており、篆刻も「一顆」「二顆」と数えます。落款印の白文、朱文の組合わせは「二顆組」とか、関防(引首)印が加われば「三顆セット」とかになります。

ちなみに⑨【印影】は「紙などに捺された印のあと」です。
また、木・牙・角・水晶・石・金などで、まだ文字などを彫刻される前のものは、⑩【印材】と呼ばれます。

これをまとめると、以下のようになります。
木・牙・角・水晶・石・金などの【印材】を用いて、篆書などの文字を彫ることを【篆刻】といい、出来上がったものは【印、印章、印判、判】、また最近は【印鑑】とも呼ばれるが、それらのモノを称して【印顆】という。印を数えるときは一印、二印ではなく、一顆、二顆と言う。

以上で「篆刻」とその周辺の言葉を整理しましたが、もう一度、始めの「本来的には文字が彫られた印そのものを篆刻と呼ぶのは正しくない」としたことに戻ります。

篆刻によって出来上がった「印」が押されるものに「書」や「絵」がありますが、「書」も「絵」もそれを生み出す行為を言うと同時に生み出された結果の物を指すこともあります。私たちの言葉は、往々にして「行為イコール結果」とすることの方が多いし、それに抵抗を感じる、違和感を持つことは少ないのではないでしょうか。

⑪【篆刻とは】
つまり、世間の一般的な理解では、いくら広辞苑に記されていないと言っても、【篆刻】とは印材に篆書などを彫ることであると同時に、印となった制作物、または作品それ自体を【篆刻】と呼ぶことが多いのです。もっと言えば、「紙などに捺された印のあと」イコール【印影】さえも「篆刻」とか、「篆刻作品」と呼ぶことが多いのです。

この楽篆堂のホームページでは、「篆刻」と言う言葉を、上のアンダーラインのようにあえて広義にとらえていることをお断りしておきます。

◎講演の記録「篆刻とは。…楽篆堂の場合」も合わせてご覧ください。

参考資料:
(1) 榊莫山『印章教室』創元社、1991年、ISBN 4-422-73007-X
(2) 榊莫山『書の講座⑥文字を彫る』角川書店、1983年、0371-650606-946(0)
(3) 水野恵『印章篆刻のしおり』芸艸堂、1994年、ISBN 4-7538-0161-6
(4) 水野恵『日本篆刻物語・はんこの文化史』芸艸堂、2002年、ISBN 4-7538-0192-6
(5) 梅舒適・監修、金田石城・編著『篆刻のすすめ』日貿出版社、1979年 第4刷
(6) 梅舒適ほか 『篆刻百科』芸術新聞社、1994年、T1005466102601
(7) 中村淳・監修『篆刻入門』日本習字普及協会、1976年

印を、鋳る。(鋳造印:楽)

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京都の泉屋博古館で「鋳物体験 ―古印をつくろう―」というワークショップがあった
ので、迷わず参加した。私が作る篆刻(印)は、蝋石に近い柔らかい石を印刀という
刃物で、直接彫るのだが、日本の古印といわれるものは、奈良~平安時代に青銅で
鋳造された印章をいう。これを低い融点の錫(すず)でつくるという、1時間半の体験。

印面の鋳型は、細かな粒子の粘土を焼いた素焼きで約25ミリ角の陶板。もうひとつの
持ち手の鋳型が当たる四角い部分の内側に、枠や文字を下書きしてから、鉄筆のような
もので丁寧に削る。彫った溝が印面の文字だから、逆文字にはしない。溝は谷型だから、
凸になったときに文字がしっかり現れるためには、かなりの深さを彫らないといけない。

出来上がった陶板の鋳型の上に、持ち手の長い鋳型(耐熱シリコン)を乗せて、ネジで
締めて密着させる。融けた錫をお玉ですくって、鋳型の上の穴から一気に注ぎ、あふれる
直前で止める。ネジを外すと陶板はすぐ離れるが、錫はシリコンの穴から押し出して、
水に入れて冷ます。印面の文字は凹凸がバラバラなので、高さが揃うまでサンドペーパー
(180番)で削る。上の印影が出来上がり。石の篆刻の文字の太さは、意識的に操作できる
が、鋳造印では成り行き任せ。鋳型の溝次第で太くなったり、細くなったり。線のエッジが
柔らかくて、温かい。来年もまた参加したい。それまでに古印らしい原稿を用意しておこう。

※「鋳造印のつくり方(写真と説明)」は、こちらをご覧ください。

篆刻に、救われる。(篆刻:陽子)

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「近大奈良病院の耳鼻咽喉科の教授と、篆刻を通じて長いお付き合いだった」のは
Y先生のこと。雑誌の『奈良人(naranto)』、2014年秋冬号で楽篆堂の記事を読んで
お知り合いのお医者さんの昇進や栄転のお祝いとして、篆刻を依頼していただいた
からなのだ。篆刻はお祝いラッピングにして、こちらから発送するので、毎回手書きの
添え状を書かれる。郵送してくだされば済むのに、お忙しいなか生駒の病院から、ここ
まで持ってきてくださることが多い。ご出身は吉野なので、懐かしさもあってだろうか。

Y先生に主治医として助けていただいた、そのきっかけが『奈良人』。編集長は林忠厚
さんで、彼が東大寺門前「夢風ひろば」の支配人だった時には、事実上のロゴになった
「夢風」を彫らせてもらっている。命を救ってもらったきっかけの林さんにお礼を言いた
かったけれど、すでに亡くなっていて、『奈良人』も廃刊になっている。さあ、どうしよう。

林さんには陽子さんというパートナーがいて、彼女が年賀状に、以前の「忠厚&陽子」
セット印が18ミリだったので、それより小さなものが欲しいと書いてあったのを思い出
した。前回の雰囲気は残しながら、15ミリ角で彫り直して、お贈りした。篆刻がご縁で
助けられた、そのお礼を篆刻で出来たので、話の筋が通ってスッキリした。手力男を
引退したけれど、それを見ていたかのように篆刻の注文が入ってくる。篆刻大明神!

癌に、なりました。(篆刻:癌)

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このブログ、臨時シリーズ「天からの、贈りもの。」としてNPO法人手力男の設立準備
委員会の話を2019年5月から9月まで13回続けたけれど、超多忙で、とてもブログ
どころでは無く、ずいぶん長い間休ませていただきました。その間、今年の1月20日
にはNPOとして認証され、3月15日には巨木アートの「ふじい忠一記念館」を中心に、
「木のおもちゃMOKMOC」、「オープンオフィス」の3施設をオープン。新型コロナでの
休業をはさんで、6月3日には「ギャラリー陀敏知(ダビンチ)」もオープンしたのですが、
それに先立つ5月23日に、私は扁平上皮細胞癌(口腔底癌)のと宣告を受けました。

行きつけの歯医者さんには、舌の下の荒れはタバコの吸い過ぎと言い張ったのですが、
細胞検査の結果は、癌。幸い近大奈良病院の耳鼻咽喉科の教授とは篆刻を通じて長い
お付き合いだったので、すぐに診断、検査、入院、6月16日に手術という素早い対応を
していただき、6月25日には退院しました。抗がん剤や放射線は使わず、薄い癌細胞を
削り取るという外科的手術だったので、癌としてはいちばん単純で軽微といえるようです。

もちろん禁煙して、缶ビール1日1本にしても、長年の飲酒・喫煙で細胞は正常では
なく、癌はいつ再発してもおかしくない。当然、過労・ストレスは厳禁なので、7月4日、
NPO法人手力男の理事を辞任させてもらいました。篆刻家の日々が、戻ってきました。

⑬手力男の、マークを。(画像:手力男)

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NPO法人「手力男(タヂカラオ)」の設立準備委員会を立ち上げてすぐ、マークを
思いついた。怪力の神様・天手力男命(アメノタヂカラオノミコト)にちなんで、丸の
中に力こぶを3つ巴にして、手力男3文字を上から時計逆回りに入れることにした。

基本の形は決まって、大阪の知り合いのデザイナーにフィニッシュを頼んだのだが、
どうもしっくりこない。東京のHILLS(ヒルズ)というデザイン会社は、Y.S氏と
私が、1984年に設立したもので、私が辞めてからも、パナソニックといい仕事を
続けている。ズームなど松下系のプロダクションが消えたいまも、頑張っているのは
ほとんど奇跡に近い。カメラのM.Yさんがヒルズを紹介してほしいというので、京都の
オフィスに一緒に行って、手力男とマークの話をする。社長のT.Kさんが、快く
引き受けてくれた。ギャラは、狭川のこの秋の新米30キロだから、出血大サービス
だが、都会人の彼らは大よろこび。ほどなく、どこに出しても胸を張れるマークが届いた。

担当の女性デザイナーが頑張ってくれたから、彼女にも別に新米5キロを送る約束を
した。力こぶ3つは、手力男と神社と自治会とかに決める必要はない。手力男とふじい
忠一さんと狭川とか、狭川と奈良市東部と奈良市全体とか、とにかく狭川を元気にする
ために、そのつど、目的に応じて力を合わせる、協力するというシンボルなのだから。

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