
かつて伊丹十三が、岸恵子の元夫イヴ・シャンピを駄目監督と決め付けた。
理由は、電話のシーンで映っている受け手が相手の話をなぞるから、だった。
会話以外の手立てを探る苦心を放棄して、最も安易な手法に逃げたのだろう。
私が、P&Gの洗剤の悪名高いCMをやったのは1974年前後。ライオンや花王の
CMが絵に描いたような世界とコマーシャルソングだったから、暮らしの1シーンを
会話中心で見せるスライス・オブ・ライフという手法をとった。それはそれで効果も
あったのだが、フィリピン人のプロダクトマネージャーがやりたがるシーンがどうも
嘘っぽくて、欲求不満が続いた。そこで「ポリデント」という入歯洗浄剤のCMで、
まったく会話がないスライス・オブ・ライフを企画して、プレゼンを通した。
旅館の朝の共同洗面所。藤原釜足さんがポリデントで入歯を見るみるうちに
キレイにする。それを横の老夫婦が覗きこむ。釜足さんが鼻歌で去る。それだけ。
黒澤明監督の「七人の侍」では百姓、「生きる」では市民課係長だった釜足さん。
もちろん名脇役のCM初起用だが、日本のスライス・オブ・ライフは会話無しでも
成立すると証明できて、P&GでワーストCMに選ばれたのも気にならなかった。
篆刻は「無」で、巫女(みこ)に神が乗りうつって舞う姿。無言でも、話は伝わる。