もう30年も昔のことだから、時効なのだろうが。新幹線においてある雑誌だと
思うが、伊集院静のどこかの紀行文があった。足元に菱の実を見つけて
「周りを見回したが、菱の木はどこにもなかった」と書いてあった。菱は水草、
それも知らない文章家は信用できないと、以来彼の文章は読む気にもならない。
6月の半ばに、映画『斜陽』(秋原正俊監督)の切符をいただいて見にいった。
冒頭に、マムシの卵を焼く話がある。太宰は、マムシが卵を腹の中でかえして、
子ヘビで生むこと(卵胎生)を知らないのか? 私は太宰の全集を読み始めたが、
初期作品で嫌になって止めたので、『斜陽』は知らない。先日、大阪で酔った癖で
古本を買った。原作では、近所の娘に卵の大きさを聞かれて、うずらの卵くらいと
答えると、「それじゃ、ただの蛇の卵。蝮の卵じゃない」と教えられるのだが。
卵の大きさで判別しようとしたなら、やはり卵胎生を知らなかったのではないか。
私は、小説の良さは真実らしさだと思うから、田舎の常識も知らないのは致命的。
篆刻は、真の元字の「眞」。死者の匕(か)と首の倒形の県で、これ以上化すこと
のないのが真。生誕100年の死者に鞭打つようで悪いが、「小説家は森羅万象に
多情多恨であれ」は武田泰淳の言葉。真実を知ってから、美しい嘘をついて欲しい。
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真実、らしさ。(篆刻:眞)
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