
恥ずかしながらと言いつつも、「愛語回天」の旧作はあまりに恥ずかしいから
刻み直した。といっても、回を渦巻きにした以外、独創などほとんど無いけれど。
独創といえば、「言は辛(針)+口だから、鋭く言うこと」という独創的な字源説を
ある人のホームページで見かけて驚いた。続いての「音は、口の中に点が
あるから、はっきり言わず、口の中でもごもごしている様子」には吹き出した。
言は白川静先生の『字統』では、「口はくちではなく神に誓う書を入れる器サイ。
辛はその前に置く入墨用の針で、違約したら罰を受けることを示す」とある。
私は、篆刻も篆書も、造形では大いに冒険すべきだし、自由奔放であっていい
(改めて書く)と考えるが、字源ばかりは勝手な創造が許されるものではない。
文字が成立した時代の生活と思想を集約した、文化そのものなのだから。
その人は「はっきり言わなきゃ、ただの音。」と、見出しで念まで押している。
それがご自身の生活信条であれば、何の問題もないけれど、だから漢字は
面白いとおっしゃるのは、面白すぎではないか。「意見がある時は、はっきり
明確にはきはき、鋭い発言が大切なのだ」とお書きだから、まったく同感で
はっきり申し上げるのだが。う?ん、愛語ではないなぁと、思いながらも。