大空に、遊ぶ。(篆刻:游心)

游心
『ヒトとサルのあいだ 精神(こころ)はいつ生まれたのか』を読み終わった私は、 空海の「遊心大空」という書を思い出した。そして、ひとつの疑問が氷解した。 吉田脩二先生は、なぜ50代前半に「こころのクリニック」をやめて、精神科医療の 現場を離れたのか。患者とともに地を這うことに背を向けたのは、なぜか。 それは、神の視座を獲得するためには、欠かせない決断だったのではないか。 人類七百万年を大空から見渡しつつ、原初の母の胎内にまで肉薄して、 ついに構築したのは「理論精神学」という壮大な仮説だった。人間の脳の 肥大化で早産される未熟な赤子が生き残るために獲得した「全能因子」。 それを核に、意識と精神の誕生、言語の獲得の謎を解いて見えてくること。 人間の歴史は発達でも滅亡でもなく、ただ「全能因子」の活動の歴史なのだと。 「現在の世界状況からいえば、嘆いたり絶望したりするよりも、まず人間とは 何かを知るべきでしょう。」 それは楽観でも悲観でもない。臨床医として接した 多くの苦悩を知るがゆえに、それに捉われず、それをも翼として、大空の高みで、 人間と精神を想いながら飛翔することこそ、「遊」の極みといえるだろう。 篆刻は、旧作「游心」。ウツ病で吉田先生にお会いできたのは、天恵だった。
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