鷹を抱いた、夜。(篆刻:辛抱)

辛抱
5年前の4月末、まだ肌寒い夜。犬の散歩の帰り、その鳥は道に落ちていた。 周りに、血が飛び散っている。暗闇で電線に激突したのか、どう見ても瀕死だった。 抱いて帰って、猫を避けて、離れにこもった。サシバという鷹の一種のようだ。 ちょうど拳からひじに収まる大きさ。30センチほどだから、まだ幼鳥なのだろう。 鼻はひしゃげて、眼球の周りにも血がにじんで輪になっていた。 鋭い爪を私のシャツを通して腕に食い込ませて、かろうじてぶら下がる。 痛いけれど、鷹の生きている証しは、その爪の力にしか残っていないのだから。 左腕にしがみつかせたまま、右の手のひらを包むように当てた。 無心で、静かに深く腹で息をして、右手から鷹の体に気を送り続けた。 これを続ければ、きっと鷹は生き返るだろう。根拠は無いが、確信はあった。 しかし、それを3時間以上も続けただろうか、私は憔悴しきってしまった。 鷹を毛布にくるんで離れに残し、母屋のベッドにもぐり込んだ。 篆刻は、「辛抱」。辛は、握りの付いた大きな針で、神事の入墨などに使う。 爪の痛さは辛抱できたが、このまま気を送り続ければ、自分の命が枯れる。 これで鷹が死んだとしても、もう仕方がないのだと思った。
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