1:上は密に、下は疎に。

2014710175122.jpg  「幸都萬具(40×40ミリ)」

自分の篆刻を解説するのが「篆刻制作にいそしむ方々のヒントになれば」などというのは、実におこがましいけれど。篆刻教室に通いながら、篆刻の決まりごと、約束ごと、加えて先生の押し付けに息苦しくなっている方も多いのではないかという老婆心で。『篆刻の常識を見直す講座』を不定期で始めます。

誰からも教えを受けたことのない独学、青天井の風通しの心地よさを知っていただければ、まだまだ篆刻の魅力や可能性の無尽蔵に気づいていただけるのではないかと思いつつ、恥を承知で旧作のホコリを払いながら、第1回目は「幸都萬具」です。

彫ったのは35年ほど前。篆刻という遊びを知って間もなくの頃、「サイドバンク」というバーの名前を「幸いの都によろず具わる」と漢字にもじって彫ってみた。大阪・梅田の紀伊国屋書店に篆刻の手引き書が一冊しかなかったから、まったくの無手勝流。あれこれデザインするうちに、どの文字も下に流れる線があるのに気づいて、素直に伸ばしてみた。

それから10年ほどして、これを榊莫山先生に取材の合間に見せたのだから、我ながら恐ろしい。彫った後に本で知った「上は密、下は疎」という定石のひとつなのだが、莫山先生は石を見るなり「おもろいなァ、おもろいなァ」とおっしゃった。

この時「まァ、よくある手法のひとつやな」と軽くいなされていたら、私はいままで篆刻を続けていなかっただろう。「上密下疎」は上手く決まれば面白いけれど、下に伸びる線が無い文字に使えないのは言わずもがな。「常識を見直す」と言いながら定石の話で始まってしまったけれど、児戯に等しいこれを莫山先生に見せた非常識の話でお許しください。蛇足ながら「人は、ほめると育つ」。これも常識ですが。

 

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