馬の、ちから。(篆刻:馬)

馬
トレーラーの横に大きく《EL RANCHO GRANDE》の文字があって、「やっぱり」と 思った。そのトレーラーの中には、興奮した元競走馬がいて、降りるのを嫌がった。 犬塚弘扮する装蹄師の老人が近づくと、馬は静かになった。大きな瞳のアップが、 この映画のベストショットだと、私は思う。映画は『風のダドゥ』。ダドゥとは、 馬の体の中から聞こえる風のうねりのような音のことで、生きることの象徴。 10年以上も前。銀婚記念にとカミサンと福岡へ行き、レンタカーのロードスターで 大分・九重町の知人を訪ねた。彼女が子どもの頃、福岡から乗馬に通った牧場が あると聞いて立ち寄ったのが《EL RANCHO GRANDE》。飛び込みで、ただ乗馬が 好き、経験少々にも関わらず、外乗を許してくれた。馬の背から見はるかす草原は、 久しぶりに走る怖さも忘させ、ただこうして在ることのうれしさを感じさせてくれた。 映画のストーリーは、生きる意味を失った少女が、馬との交流を通して、再び 生きる希望を見出すのだが。阿蘇の大自然の中、もの言わぬ草、花、風、太陽、 そして馬の存在感が、筋書きや人間関係を些細なことと感じさせてしまうのは、 皮肉だったが。しかし、それこそがアニマルセラピーの真の力。アニマルだけでない、 アニマの大いなるパワーが、清々しい涙を流させてくれた映画だった。
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