寝る、ぎゃーてい。(篆刻:羯諦)

羯諦
28日の日曜。東京は、台風一過の晴天で汗ばむほど。お堀端の出光美術館で 最終日の仙展を観た。遺愛のそら豆形「仙」朱文印が展示されていて、 それは鈕(ちゅう、印のつまみ)が象の可愛い銅の鋳印だった。この印は、 よほどお気に入りのようで、半数以上がこの落款。曲がっていたり、とんでもない 所におしたものも多い。これが遊印だとすれば、「扶桑最初禅窟」は公式印。 わが国最初の禅寺、博多の聖福寺の住職としておした白文印で、2寸以上の角。 「歌舞里画賛」にあるこの印は、なんと右に90度寝ている。画は鳥居ひとつだが、 賛から名前まで40文字以上を書いて、さて落款印。大きな石に印泥をまんべんなく 付けて、場所を定めてそっと置く。両手を当てて、体重もかけたろう。よかろうと 思って印を離したら、横向きだった。そのとき仙さんが何を思ったか。何と言ったか。 私が「篆刻 般若心経」の軸を頼まれれば、文節ごとの55顆をおすことになる。 終わりも近いころ、気が抜けるのか、この「羯諦」が横向きになったりする。 私は「ぎゃー」と叫んで、それを「諦」めて、やり直しになるのだが。達磨の画に 「達磨忌や 尻のねぶとが痛とござる」と面壁九年を茶化したような戯れ句を 書くような人だから。「是、また風流」と、皆といっしょに呵呵大笑したに違いない。
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