なかなか、言えない。(篆刻:アリガトウ)

アリガトウ 我が家には、薬師寺のお坊さん・大谷徹奘さんの日めくりカレンダーがある。 5日は、「なかなか 言えない ありがとう なかなか わからぬ おかげさま」 10年前のきょう、鈴鹿のバイクレースで亡くなった遊と私の間も、そうだった。 父親と男の子どもがいっしょに仕事をするのは、とても大変だったから・・・。 数日前、Sさんという方からメールをいただいた。遊が大学の頃、アルバイトで ティッシュ配りをした英会話学校の方だった。私はうつ病が治って、中崎町の Aというプロダクションで働き出したのだが。バイトをしたいなら私を手伝えと、 Macを覚えさせデザインをさせた。ちょうどその頃、Sさんも同じ中崎町の広告 代理店に転職して、ばったり遊と再会したという。いっしょに飯を食べ、電話で 話したりしたが、我々がハイエスト・ハイを立上げたのを知らせなかったらしい。 Sさんが再び遊のことを知ったのは、新聞の事故の記事。数週間前に生まれた 長男の名前に「遊」を考えていたが、名字との関係で断念したところだったという。 メールには「礼儀正しくて楽しくて名前のとおり本当に素敵な男の子でした」と あった。私も、いま言おう、遊が私の子だったことに「ありがとう。おかげさま」と。 そして言おう、「遊のことをいまでも忘れない、すべての方に、ありがとう」と。
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