核と、原子力。(篆刻:核)

2016427184639.gif
居座り菅の苦し紛れの撒き菱が「脱原発」だから、代表選の争点にもならなかった。
それでいいのか。英語は核も原子力もnuclearで、日本語は言い換え・すり替えが
あると誰かが言ったが、英語でも原子力はatomic energy。やっぱり核は核でも
平和利用という意図が見えみえ。だが、本州の東半分が核物質による放射能で
汚染されたのは事実。土地も農作物も人間も被曝した。広島、長崎の次が東日本
なのに、平和宣言では原発に触れることをためらった。同じ核による被害なのに。

原子力の平和利用、安全な原発が真っ赤な嘘だったのは、甚大な犠牲によって実証
された。原発の本当のコストが隠されていると騒ぐ人がいる。まだ原発をコストで比較
しようとするのは、戦争を終結させる効率で原爆を投下したアメリカの指導者と同じだ。
核による発電を他のエネルギーと比較して論じること自体が、愚の骨頂ではないか。

原発がすべて止まれば大きな支障が出る。次の地震・津波への安全対策も必要だ。
だがそれは日本の知恵と技術で原発ゼロでも困らないエネルギーを確立するまでの
悲しい必要悪に過ぎない。篆刻は「核」。核は果実の種の部分だが、旁(つくり)の
亥(がい)は撲殺した犠牲の姿で、呪いの能力をもつ獣の象形。けっして詭弁でなく、
核による発電は科学・政治・経済が合作した呪いの怪獣である。反論の余地はない。

ページ上部へ