掌に、神が降る。(篆刻:掌)

掌
「ブラブラしているなら・・・」という言葉は、前にも言ってもらった覚えがある。 広告代理店を辞めた私に声をかけてくれたのは、Mさん。コピーライターの先輩で、 剣道部の先輩でもある。剣道の後にビールをしこたま飲んで、帰りの電車の中。 あれこれ秘術を耳打ちしてくださる。小手は手首のスナップでちょんと打つ、等々。 そのまことしやかな技は、私の昇段をいささか遅らせたが、いまは触れない。 「ブラブラしているなら、ナイフでもつくらない?」というお誘い。ステンレスの板を ベルトサンダーで削り、ヤスリで仕上げる。グリップも鹿角や樹脂加工の木でつくる。 皮のケースも2本の針で縫う。そんな工程のすべてを懇切丁寧に教えてくれた。 おまけに作業場の鍵を貸してくれて、いつでもご自由に、という度量、寛容、高待遇。 私の出来が師匠を越えても「お見事」と微笑む、心の広さ、愛の深さ。これくらいで、いい? その後、「百年遅れの屯田兵」というムーブメントに共鳴して、北海道移住。新潮新書で、 養老先生の「馬鹿の壁」を追撃するばかりに「物書き道」をまい進中だが、いまだに 蕎麦包丁のケース、万年筆がよろこぶ机、蠅退治の輪ゴム・パチンコと、労作を連発。 篆刻は「掌(たなごころ)」。神が降る形の「八」、月光が入る窓の「向」、そして「手」。 自らの手でものをつくる喜びを知る人々、特にMさんには何回もの神降りを願って。
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