金内一郎の、命。(篆刻:命)

命
「一戸建てか、マンションか」が、いいコピーだと分かったのは、ずっと後のこと。 生意気盛りの若造には、「貯金は、赤い看板の三菱銀行」だって、フゥン、という感じ。 大事なボーナスキャンペーンをやらせてもらった。東京コピーライターズクラブの 会員にもしてもらった。なのに私は、「テレビがやりたい、代理店へ行く」と言い出した。 そんな勝手者に説教もせず、金内さんはいつもと変わらぬ笑顔で、許してくれた。 金内さんは、東京駅前の銀行の分室と銀座の本社を、前かがみで行き来しながら、 仕事のほとんどを仕切っていた。でも、忙しそうな素振りなど皆無。いつも笑っていた。 その合間をぬって人工透析に通っていたことを、社長以外ほとんどの人が知らなかった。 ある日、透析を待つ彼に「O型の人はいませんか」という声が聞こえた。手を挙げた。 ただちに腎臓移植の手術がはじまった。結果は、失敗。無念の死だった。 若い頃はともかく、いかにもコピー、というレトリックが嫌になった。大事なことも、 普通の言葉で語りたいと思う。「一戸建てか、マンションか」のように。しかし、ヤフーでも グーグルでも、「金内一郎 コピーライター」は検索できない。WEBの世界にも存在して いないのは悲しいが、私がコピーライターである限り、私の師は金内さんだ。 篆刻は「命」。いまでも、前かがみで歩いている。照れ笑いをすると隙っ歯が見える。
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